Deviance World Online ストーリー7『一服』
甲板、大の字で寝転がるドレイクの横に村正は座った。
嵐は晴れ戦いは終わる、『混沌たる白亜』の完封勝利と言って良いだろう。
ドレイクの胸に隠されていたフラッグを手の内で転がしながら、ため息を吐く。
随分と無茶な戦いだったと、ここで自分も死んでいればあの男はどうするつもりだったのか。
まぁ、死なないと分かって最後の賭けに出たのだろう。
聡くそして愚かな男の選択は、確かに間違っては無い。
「アンタ、やっぱりイイねぇ。アタシを殺さず奪うに留めた、その残酷さが」
「手前の評価なんざ興味ねぇ、ただ聞きたいことは三つほどある。一つ目に黒狼が気になってた事だ、なんであの戦いを最後の最後で投げた?」
村正は淡白だった、自分の内側から湧いた疑問だけが彼の言葉となって出てくる。
そしてその疑問は黒狼が戦う前に語っていた内容であり、何故彼女はレオトールに挑まなかったのかという至極単純な内容だ。
黒狼は予想している、彼女が参戦していれば間違いなくレオトールは三十分を持ち堪えられなかったと。
水晶大陸を使用させられ、残り五分を残して敗北を喫していた。
事実はそうならなかったと言え、その答えは間違いない。
限りなく真実に等しい推測であるソレに、ドレイクは一言だけ静かに返した。
「怖かったのさ、あの怪物が持つ水晶大陸が」
「未知の能力にか? 随分と臆病だ、手前はそんな奴じゃねぇだろう」
「いいや、まさか。アタシはホンモノの水晶大陸と戦った事がある、アンタ。北方、って知っているかい?」
これまた、随分と懐かしい名前が出てきた。
北方、この世界に存在する遥か北の大地。
領主という存在が支配していた数多の大地、それを一代で纏め上げ支配した征服王に彼が抱える最高の臣下たる盟主がいた土地。
ドレイクは言葉を軽く切ると、そのまま続けていく。
「アタシはそこに行った、辿り着いたんだ。その果てで私は見た、平均レベルが100を超えた化け物どもの群れを。海の上に森を作る怪物を、そしてソイツらを捕食する水晶に覆われたバケモノを」
ドレイクは、海上戦において凡そ全てを上回る。
黒狼は速攻で甲板に乗り出し環境や戦術的有利が働きにくくしたが、船同士で戦えば簡単に負けていた。
それほどの実力があり、単純な格だけならばアルトリウスにも劣らないソレ。
それは天才の才能が為し得る特技であり、黒狼では及ばぬチカラそのもの。
それを持ち得て、及ばない。
北方とはそれだけの魔境であり、踏み入るべきでは無い世界なのだ。
「入れたのか? 手前は」
「先導者がいたからさ、平然と海上を走り奴らを切り裂いた。涼しい顔でレイドボスが現れては殺される、そんな恐怖を知ったことはあるかい? そんな怪物ですら殺せないと匙を投げたバケモノこそが水晶に覆われたモンスターさ。空気が変わったね、アレが現れた瞬間に薄ら笑いを浮かべてた先導者は凍りついたように動きを止めアタシらの船を蹴り付けたんだよ。逃げるために、その海域から離脱するためにね」
何トンある船を蹴りで動かせるというのか、明れながら話を聞く。
最も北方の化け物ならば全員出来そうなのがもっと恐ろしいのだが、少なくともあの白い傭兵は平然とやるだろう。
村正の心中を知ってか知らずか、ドレイクは話を続ける。
彼女が誰にも共有しなかったその恐怖を、恐れを。
「水晶大陸、北方の中でも最も古く恐ろしい一族が持つ規格外のスキルだってね? その話を聞いた瞬間にアタシは投げさせてもらったよ。もしも勝利を収めたとて、それを考えてなおも戦いたく無い。アタシはあの騎士王と違い準古代兵器なんか持っても居ないんだ、この生身一つで世界と向き合ってんだよ。間違えて欲しく無いね、アタシはただの人間だ」
どうしようもない憤慨であり、答え様のない苛立ち。
それは言葉にできない感情であり、言葉だけでは成立しない悲哀だ。
ドレイクは泣いていた、どうしようもなく泣いていた。
溢れる感情を抑えきれず、ただただ静かに涙を流している。
本気で、戦っていた。
だからこれ以上なく、悔しかったのだ。
「勝ちなよ、必ず。あの鬱陶しい正義の味方を殺すんだ、そうでなきゃ許さないよ」
「悪いな、ドレイク。そりゃ無理な相談だ、アルトリウスには勝てない。少なくとも、まともな勝利は得られない」
荒ぶる鷹のポーズで落下する男を見る、黒狼だ。
見事な姿勢で着地すればそのまま村正の刃を手で受け止める、ただし半ばまで刺さりながらだが。
騙していたわけではない、最初から自らをも偽っていただけだ。
黒狼は常にスペアを用意し戦いに臨んでいた、そのスペアをただの肉塊として用意しその存在をロッソ以外の誰にも悟らせず。
いや例外的にヘファイスティオンにも暴かれていただろう、本人は興味がないのか無視していたが。
「生きてた、って訳じゃなさそうだな」
「脱法を3つほど、手を抜いてた訳じゃないしさっきまでの俺はその事実を知らなかった。こうして記憶を同期させて初めてその事実を把握しているぐらいだ、『顔のない人々』もまた『超越思考加速』と同じぐらい危険なスキルだって事がよくわかる。加え過去の俺が何処まで優秀だったのかもよく理解できるよ」
「今更何の様だ、手前はさっき負けたろうが」
「聞かなきゃならない事がある、無視できない内容だ。だからそれを聞きに来たんだよ、まったく俺だってこんな真似はしたくない」
ヤレヤレとジェスチャーをしながら甲板に落ちている自分の死体を拾い上げる、先ほど作成し神の力を形とした腕を切り取りながら。
この死体はもはや死体ではない、呪いによって成立した武装の一種だ。
だからこそ自然に還元されることもなく、アイテムとしてインベントリの中に入れることもできる。
「教えてほしい、水晶大陸で知っている情報の全てを。何の情報もなしに扱うには、あのスキルは余りに危険すぎる」
「アタシに言われても困る、けどあの男は変なことを呟いていたね。『水晶大陸、この世界を食らう心象世界』って、詳しく聞こうとしてもそれ以上はだんまりだ」
「悪いな、その情報は俺にとってこれ以上ない価値を持つ。返し方が分からないぐらいだ、本当に……。ありがとう、これで俺の条件は整った」
そう言いながらインベントリを操作し、黒狼は袋いっぱいの金貨をドレイクに渡す。
持ちうる限りの金銭、その情報に対する黒狼が考える正当な対価だ。
ドレイクはソレをインベントリに入れ、そのまま消滅する。
船も直に消えるだろう、クランの所有物はクランパーティーの壊滅とともに消えるのがルールだ。
上空から垂らされるロープと降りてくる重症患者を見ながら、黒狼は村正の刀を押しのけ険しい顔を見せる。
条件は可能な限り整えた、問題となるのはやはり。
「最大の問題はお前だ、村正。キャメロット最上戦力のうち2名をお前単独で止めなきゃならない、そのためには心象世界の展開が必須だ。お前にできるか? 自分を見る覚悟は、もしできなければその時は」
「問題ない、手前にそこまで心配させるほど儂も落ちぶれちゃいないさ」
刀を納刀しインベントリに入れる、そうして垂れてきたロープを掴めばそのまま上まで登り始める。
反対に黒狼は腰を落とし、取り出したタバコに火を付ければ海の向こうからやってくる糸の矢を手でつかんだ。
ダメージが相当にある、だがそれ以上に度し難いのは。
「何キロ先から狙撃してんだよ、まったく」
「およそ3キロと言ったところか、反撃はしないのか?」
「良いことを教えてやる、常人は3キロ先の人間を殺せないんだ。それで、お前は何で降りてきた? 理由もなく降りてきたわけじゃないだろ、まさか」
「水晶大陸、その情報を私も聞きたかっただけの話だ。だが消えてしまっては仕方ない、このまま撤退することにしよう」
口にくわえた煙草を海へと捨てれば、そのままロープを掴む。
横で跳躍し黒狼を追い抜いていくへファイスティオンに呆れながら、再び襲ってきた矢を回避し息を短く吐く。
海での戦いは、これで終了した。




