第21話 桃花、国吉についてイーリスに訊ねる
「あの……ひとつ、訊いてもいいですか?」
イーリスの話を聞き終わると、驚きの声以外は沈黙を貫いていた桃花が、恐る恐る口を開いた。
イーリスは桃花に目をやり、小さくうなずく。
「ええ、いいわよ。なーに?」
桃花は数秒ためらった後、
「このことって……国吉さんは、ご存じなんですか?」
イーリスと視線を合わせ、心配そうな顔つきで訊ねた。
国吉の名を出したとたん、イーリスの顔に暗い影が差す。
彼女はふいっと顔を背け、
「さあ、どーかしら。……一度、アタシに何か隠してることがないかって、訊いてみたことはあるんだけど……『何のことです?』って、逆に訊き返されちゃったし」
「――っ!」
「あ……っ」
イーリスの言葉で、結太と桃花は、あることを思い出した。
夜、貝殻とシーグラスを、拾い直しに行った時のことだ。
途中、誰かが近付いて来るのに気付いた二人は、とっさに灯りを消し、岩陰に隠れたのだが――。
そこに現れたのは、イーリスと国吉だった。
あの時、確かイーリスは、国吉に向かって、
「いー加減、白状しなさいよ国吉ッ! アタシに、何か隠してることがあるでしょ!?」
苛立った様子で、そのようなことを訊ねていた。
結太と桃花は、ちらりと視線を交わし、『あの時のことだ』と確認するかのようにうなずき合う。
イーリスはそれに気付くと、
「なーに? うなずき合ったりして……。国吉がどうかしたの?」
怪しむように、二人をじーっと見つめた。
「なっ、何でもねーよ!」
「は、はい。何でもないですっ」
慌てて首を振ってから、再び視線を交わしてうなずき合う二人に、スッキリしないものを感じながらも、イーリスは『まあ、いいわ』とスルーした。
「とにかく、国吉が、アタシの病気について知っててるかどーか、真相はわからないけど……。知っててもおかしくない――ってゆーか、知ってるに違いないって、アタシは睨んでるわ。だって、国吉と義父は、大学時代の先輩後輩だって聞いてるし、たまに義父の愚痴を聞いたり、相談に乗ったりするのも、仕事のひとつのようなものだって、漏らしてたことがあったもの。絶対、聞いてるに決まってる。……なのに、ああやってしらを切って……」
悔しげに唇を噛み、イーリスは両拳をギュッと握る。
「絶対、義父から口止めされてるのよ。病気のことについては、何もしゃべるなって。……まったく。チャラチャラしてるように見えて、そーゆーとこはきっちりしてるんだから。ほんっと厄介な男だわ」
「……でも、そーゆー人だからこそ、イーリスさんも信頼してるんですよね? 軽はずみに秘密を漏らしたりしない、誠実なところを……?」
桃花の言葉に『うっ』と詰まると、イーリスは頬を染め、
「ま、まあ……そりゃあ、簡単に秘密を漏らしちゃう人間なんて、側においておけるはずないけど……。義父だって、信頼のおける人間だって思ってるからこそ、何年も雇い続けてるんでしょうし……」
モゴモゴ言いつつ腕を組み、照れ臭そうにそっぽを向く。
なんだかんだで、イーリス自身も、心から信頼しているということなのだろう。
信頼しているからこそ、『正直に話してほしい』という自分の願いより、『黙っていてくれ』という義父の願い(この時点では想像に過ぎないのだが)の方を優先する国吉に、寂しさを覚えてしまうのだ。
「病気のこと、義父に直接訊くことは出来ないし……訊いたとしても、たぶん、はぐらかされちゃうと思うし。だからもう、確かめるのは諦めることにしたの。叔父さんに泣きながら頼んでたのに、渡欧する様子もないところを見ると、名医の叔父さんにすら、治せる見込みがないほど、病状が進んでしまってるってことなんでしょうしね。……とにかくこの夏は、体の限界が来るまで、めいっぱい楽しむことに決めたのよ!……最後の夏に、なるかもしれないから――」
宣言するように言い切った後、イーリスは睫毛を伏せ、ポツリとつぶやく。
結太と桃花は、彼女が余命いくばくもない状態などとは、未だ信じられなかったが……。
イーリスから聞いた、彼女の義父の様子が、冗談などではないとしたら、やはり本当のことなのだろうと、暗い面持ちでうつむいた。
それに、先ほどから何度も、イーリスの悪戯だった場合や、ドッキリだった場合を、考えてみてはいるのだが。
それでもどうしても、こんな質の悪い嘘を選ぶなどとは思えなかったし、思いたくもなかった。
確かにイーリスは、〝お騒がせ少女〟ではある。それは間違いない。
しかし、その点を考慮しても――友人たちに対して、ここまで悪趣味なドッキリを仕掛けて来るような、悪質な人間であるわけがないのだ。
結太も桃花も、そういう意味では、イーリスを心から信じていた。
結太はある決意を胸に抱くと、顔を上げ、涙ぐみそうになるのを必死に堪えながら、イーリスをまっすぐ見つめると。
「よっし、わかった! 今年の夏はみんなで――〝面片会メンバー全員〟で、思いっきり楽しんでやろーじゃねーかッ! これでもかってくれー……『もーいーや』って言いたくなるまで、遊び尽くしてやろーぜッ!」
片手を前に出して拳を握り、イーリスのために出来るだけのことをしようという決意のもとに、大声で宣言する。
桃花も慌てて顔を上げ、うっすら浮かんでいる涙を、そっと指の先で拭いつつ、大きくうなずいた。
「結太……。桃花……」
両手を胸に当て、イーリスは感動したようにつぶやく。
それからニコッと微笑むと。
「ありがとう、二人とも!……じゃあ、アタシが一番叶えたい夢を実現させるために、協力してくれるわよね?」
「おうっ、もちろんだぜ!」
「どんなことでも、喜んで協力します!」
即答する二人を見て、再び満足げに微笑んだイーリスは、
「あのね。アタシ、恋がしたい!! 人生、たった一度だけでもいいから、秋月くんと咲耶みたいに、恋人とイチャイチャしてみたいの!!」
よりいっそう声を張り上げて、キッパリと言い放った。




