第12話 イーリス、遅れた結太らに文句を言う
「あっ、やーっと来た。――もう! 遅いじゃない! どーしてこんなに時間掛かったワケ!?」
海辺に着いたとたん、イラついたようなイーリスの声が飛んで来た。
イーリスと桃花は、こちら側に背を向けた状態で、砂浜に敷いたレジャーシートの上で、身を寄せ合うように座り、日傘で相合傘している。
今日も晴天だ。
真夏の太陽が燦々と照り付けている中、ビーチパラソルも用意していない砂浜で、長いこと待っているのは、相当辛かったのだろう。
悪いことしたなと思いつつも、
「しょーがねーだろ? 急いで来よーと思ったけど、トラさんが、『写真に写るなら、やっぱシャワー浴びて、汗流してさっぱりしなきゃだろ!』つって、引き返してっちまったんだから!」
結太はムスッとした顔で、隣の東雲を一瞥する。
東雲は頭を掻きつつ、ヘラヘラ笑って。
「いや~、すいませんねぇ。ヘリでひとっ走りして来たばかりだったんで、汗だくだったんですよ。モデルになるってのに、髪がベッタベタのままじゃ、みっともねえと思いまして」
イーリスは桃花に日傘を預け、すっくと立ちあがると、こちらを振り返った。
いつの間にか、水着に着替えている。昨日の水色のビキニではなく、鮮やかなオレンジ色のビキニだ。
「あら。モデルなんて、ポーズさえわかればいいのよ? 顔はそれほど重要じゃないの。汗だくだの何だのって、気にする必要なかったのに」
イーリスの一言に、東雲は、『えっ? そ、そーなんっすか?』と、いささかショックを受けているようだ。
カッコイイ写真を撮ってもらえるものと、勘違いしていたのかもしれない。
イーリスは、結太と東雲の周囲へ目を走らせ、
「それより、他の二人は? 国吉と鵲さんはどーしたの? アタシ、三人連れて来てって言ったわよね?」
約束が違うじゃないかとでも言いたげに、結太をギロリと睨む。
結太は内心で『ヒィッ』と悲鳴を上げ、慌てて、国吉から頼まれたことを伝えた。
「お弁当……。なるほどね。さすが国吉、気が利くじゃない。確かに、昼食のために別荘に戻るのも面倒だし。……いいわ。それじゃ、まずはこっちの写真から撮っちゃいましょ。――いい、桃花?」
まだ隣で座っている桃花を見やり、イーリスが告げると、桃花はビクッと肩を揺らし、
「え……。でも、あの……。イーリスさん、ホントにこれで……写真、撮るんですか……?」
恐る恐る顔を上げ、消え入りそうな声で訊ねる。
桃花は結太達に背を向け、体育座りで縮こまっているので、パーカーを羽織っている後姿しか、まだ見えていないのだが。
あの様子とセリフから考えるに、パーカーの下にはやはり、水着を着ているのだろうか?
そんなことを思いながら、結太はソワソワと落ち着かない心持ちで、二人の様子を窺う。
「当たり前でしょ? それは、桃花にしか頼めないことなんだから。……まあ、アタシが着てもよかったんだけど……サイズがねぇ、合わなかったのよ。それ、小学生用だったみたいで、家で試しに着てみた時、お尻も胸もキッツキツだったの。あんなの着てたら、数分と持たずに倒れちゃうわ」
イーリスは、そう言って肩をすくめた。
桃花は『小学生用』という漢字四文字が、相当ショックだったのか、ますます体を丸め、
「……ショウガクセイ、ヨウ……。ショウガクセイ……ショウガクセイ……ショウガク……セイ……」
同じセリフを、小声で延々とつぶやいている。
結太は、無神経なイーリスに少々腹が立ったが、ここでケンカになってはマズいと、ググッと堪えた。
イーリスは桃花に向かって手を合わせ、神社で願い事をする時のように頼み込む。
「だから……ねっ? お願いよ桃花。アタシのためじゃなく、アタシの知り合いのためだと思って、協力して? もちろん、後でお礼はするわ。知り合いから、バイト代を出してもらってもいいし。――もともと、あっちがお願いして来たことなんだから。報酬くらい、払うのは当然だもの。……そーだわ。こっちが高校生だからって、タダで使おうなんて……考えてみたら、調子が良過ぎるわよね」
途中でタダ働きに気付き、今更ながら、安易に引き受けてしまったことを、後悔し始めたらしい。
イーリスは腕組みして仁王立ちし、ブツクサと文句を言い始めた。
結太は桃花が何を着ているのかが気になり、先ほどから、チラチラと彼女を窺っているのだが。
桃花は、下に着ている服(?)がよほど恥ずかしいのか、パーカーを胸の前で重ね合わせ、小さく小さく縮こまっていた。
『ここで後悔していても始まらない』という結論に達したのか、イーリスは再び桃花に目を向けると、
「とにかく、引き受けちゃったものは仕方ないわ! お願いよ桃花! ここは、アタシの顔を立てると思って、協力してちょうだい! どーっしても恥ずかしいってゆーなら、撮ってる間は、男性達には後ろ向いててもらうとか、後ろ向いたまま、人間の壁になっててもらうとか、いろいろ考えるから! だから……ねっ? お願いよ桃花! 桃花にしか頼めないの!」
拝むように両手を合わせたまま、ペコリと頭を下げる。
ここまで言われてしまっては、桃花も、協力しないわけには行かないと、腹をくくったようだ。
そろそろと立ち上がり、思い切ったようにパーカーを脱ぐと、軽くたたんで、レジャーシートの端の方に置いた。




