第1話 結太、イーリスから〝昨夜の結果〟を訊かれる
一階のダイニングルームに、一歩足を踏み入れた時だった。
既に着席していたイーリスと、結太は思いきり目が合った。
彼女は自分の横の席を指差し、
「結太! ここよ、ここ! こっちに来て、私の隣に座りなさい!]
何故か、命令口調で座る場所を指定して来た。
結太は思い切り眉間にしわを寄せ、『はあ? なんでだよ?』と、不満そうに口をとがらせる。
座る場所は、特に決まっていないはずだ。昨日だって、皆それぞれ、好きなところに座っていた。
……まあ、桃花と咲耶は、百パーセント隣同士になるわけだが。
「いーから、早くこっち来て! 昨夜の結果、まだ聞かせてもらってないでしょ? 隣じゃないと、内緒話出来ないけど……あの話、みんなに聞かれちゃってもいーの?」
「な――っ、ば……ッ!」
結太は慌てて、ダイニングルーム全体を見回す。
従者三名が、テーブルセッティングなどをしている最中だったが、桃花も咲耶も、そして龍生も、まだ来ていない様子だ。
結太はホッと胸を撫で下ろしてから、イーリスをギリッと睨みつけた。
「おいっ! 朝っぱらから、大声で何言ってんだよ!? 龍生達がまだ来てなかったから、よかったようなものの……。聞かれてたら大変だぞ!?」
龍生ももちろんだが、咲耶に、例の賭けの話を知られたらと思うと……。
考えただけで、結太の背筋に冷たいものが走った。
だが、イーリスは少しも気にしていないようだ。ケロッとした顔で肩をすくめると。
「やーねぇ。誰も来てないってわかってたから言ったんじゃない。アタシだってバカじゃないわ。例の話を、あのバカップルに聞かれたら、とんでもないことになる……ってことくらい、承知してるわよ」
「あーそーかよ。……ったく。しょーがねーな」
ブツクサとつぶやきながら。
結太は渋々、イーリスの隣の椅子を引き、ドカッと腰を下ろした。
出来ることなら、桃花の隣に座りたかったのだが。
咲耶同様、イーリスも怒らせると厄介そうなので、我慢我慢の結太なのだった。
「――で? 結果はどーだったの? 秋月くんから、何か聞き出せた?」
座ったとたん、イーリスは前のめりになって、結太の耳に口を寄せて来た。
結太は『う――っ』と詰まり、しばらくの間考え込む。
昨夜は、桃花とドキドキの時を過ごせたことで、すっかり忘れてしまっていたのだが……。
そう言えば、イーリスと賭けをしていたんだったと、彼女に声を掛けられたと同時に思い出した。
ずっと忘れたままでいたかった……とゲンナリする。
昨夜結太は、龍生に『ヤッてない』ことを教えてもらい、キスのアドバイス(と言えるほどのことではないが)も受けた。
しかし、昨夜イーリスは、
『キス以上の関係になった』って秋月くんから訊き出した上に、結構詳しい内容――どうやって咲耶をその気にさせたのか、とか……とにかく、『キス以上の関係になった』って情報以上のことを訊き出せたら、アタシの勝ち。『キス以上の関係になった』ってことすら訊き出せなかったら、結太の勝ち。『キス以上の関係になった』ってことのみを訊き出せたら、桃花の勝ちよ』
……というようなことを言っていた。
『キス以上の関係になった』ということを訊き出せたら……ということに、果たして、『ヤッてない』ことを教えてもらったことは、当てはまるのか?
結局、結太が訊き出せたのは、『ヤッてない』――『キス以上の関係になっていない』ということなのだから……。
つまり、どういうことになるのだろう?
「ちょっと、結太ってば! 黙り込んでないで、さっさと結果を伝えなさいよ!……あ。嘘ついたらダメよ? 訊いたのに訊いてないとかって言ったら、絶対ダメなんだから! 男に二言はない。――そうでしょ?」
沈黙する結太に、しびれを切らしたのだろう。イーリスが耳元で訴える。
結太は『めんどくせーな』と思いながらも、
「訊ーたことは訊ーたよ。……で、一応……教えてももらった」
ムスッとして、目をそらしながら答える。
イーリスは両手をパンと打ち、
「教えてもらえたのね!?――やった! じゃあ、勝ちはアタシか桃花ってことよね!」
満足そうにうなずくが、結太はブルブルと首を横に振った。
「いや。それが、そーハッキリとも言えねーんだ」
「え?……何それ? どーしてハッキリ言えないのよ? 教えてもらえたんでしょ?」
「……まあ、それはそーなんだけど、さ……。オレが教えてもらったのは、『キス以上の関係になった』……ってことじゃねーんだ。その逆なんだ」
「……は? その逆?……逆って何よ?」
「だから、その……」
結太はそっと、ドアへと視線を走らせる。
……大丈夫。まだ誰も来ていない。
「オレが龍生から教えてもらったのは……二人がまだ、『ヤッてない』……ってこと、だったんだ……」
結太の言葉に、イーリスはきょとんとする。
それから少しずつ、少しずつ、少しずつ……意味を理解し、表情が驚きへと変わって行き……。
数秒後。
イーリスは勢いよく椅子から立ち上がり、
「えええええーーーーーッ!?……嘘でしょ!? 咲耶と秋月くん、付き合って二ヶ月以上経つのに……まだキス以上の関係に進んでないのぉおおおーーーーーッ!?」
ダイニングルームどころか、廊下にまで響き渡りそうなほどの声で叫んだ。
「ばっ、バカッ!! 大声出すなよっ、外に聞こえちま――っ」
再びドアに視線を移したとたん、結太はビクッとして固まる。
先ほどまで閉じていたはずのドアが、開いていた。
そして、開いたドアの前には、仁王立ちした龍生が……。
「……おはよう、藤島さん。朝から、よくあんな大声が出せるね。元気があり余っているのかな?……それから結太――」
久々の王子様スマイル(ただし、目は全然笑っていない)でイーリスに声を掛けた後、龍生は結太に顔を向け、
「今、藤島さんに何を話していたのか、俺にも教えてくれないか?……なあ? 当然、教えてくれるだろう?」
この真夏にブリザードかと思えるほどの冷たいオーラを発し、有無を言わせぬ口調で訊ねた。




