第19話 結太と桃花、互いの距離の近さに緊張する
突如として海岸に響き渡った、イーリスの声。
岩陰から様子を窺っていた結太と桃花は、仰天して、肩がビクンと跳ね上がった。
その拍子に互いの肩がぶつかり、反射的に顔を見合わせると、思いきり視線が重なる。
「――っ!」
同時に、違う方向に顔を向け、
「ごっ、ごめん!」
「う、ううんっ。わたしこそっ」
何故か謝罪の言葉を口にし、真っ赤になってうつむいた。
岩陰に身を寄せ合っているこの状況を、意識してしまっているのは、どうやら、結太だけではなかったようだ。
桃花は胸元を両手で押さえ、
(はぅぅ~~~っ。どーしよーどしよーっ。さっきから心臓がバックンバックンって、苦しいよぅ~~~っ。こんな近くにいたんじゃ、心臓の音、楠木くんに聞こえちゃうかも……。ダメダメっ。早く静まって、わたしの心臓~~~~~っ)
めまいがしそうなほどの動悸を感じながら、一心に祈っていた。
(ヤベ――ッ! 伊吹さんが可愛過ぎて綺麗過ぎて、直視出来ねー!……月明かりのせいか、いつもうるうるして見える伊吹さんの目が、更にウルウルキラキラしてて、可愛さ増し増しって感じだ!……あぁあぁヤベーヤベー、ヤベーって! こんな間近で、いつも以上の可愛さこれでもかってくれー見せつけられたら、発作的に抱き締めちまう気がするっ!)
結太は結太で、ときめき値がマックスに迫るまでときめきまくり、己の理性がいつまで持つか、不安を感じ始めていた。
しかし、二人がお互いに意識しまくり、ときめきまくっている間に、イーリス達の話は、かなり進んでしまっていたらしい。
またしても、
「もーいいッ!! 教えてくれないなら、これ以上ここにいる意味もないわ!……帰るッ!!」
大声で言い放ち、ツンとそっぽを向いた後。
大股で、そして早足で、イーリスは別荘へと引き返して行ってしまった。
国吉は腰に手を当てて、遠ざかって行く彼女の背を見つめていたが。
やがて、『やれやれ』といった風に首を左右に傾け、一度大きく伸びをすると、のろのろと彼女の後を追った。
「……結局、何だったんだ……あの二人?」
「……さ……さあ……?」
呆然と二人を見送ると、結太と桃花は、自然と顔を見合わせ、フッと微笑む。
結太は別荘の方へ視線を移し、息をつくと、
「――じゃ、オレ達も戻ろっか?」
名残惜しさを感じつつ、桃花に片手を差し出した。
桃花はポッと顔を赤らめ、おずおずと彼の手を取ると、『う……うん』と小さくうなずく。
普段のヘタレな結太からは、想像出来ない行動だった。
彼はギュッと桃花の手を握り、『転ばねーよーに気を付けて』などと言いながら、先に立って歩き出す。
手を引かれ、斜め後ろからついて行く桃花の心臓は、今にもはち切れそうなほど、アップテンポなリズムを刻んでいた。
(はぅぅ~~~~。もうダメ~~~っ。もうごまかせないぃ~~~っ。心臓の音が、頭でドクンドクンって響きまくってるよぉ~~~っ。……うぅっ。バレちゃうよぉ~~~。きっともう、楠木くんにバレちゃってるよぉ~、この心臓の音ぉお~~~っ)
恥ずかしさと。気まずさと。
苦しいくらいのときめきと。涙が出そうなくらいの嬉しさと。
様々な想いがごっちゃになって、桃花の脳内は〝一人サンバカーニバル〟状態だった。
だが、しかし。
(うっわーーーっ! オレ、なんて大胆なことしちまったんだーーーっ!? こんなのっ、……こんな、手ぇ繋ぐのなんて、龍生と保科さんが学校でキスしてたって騒がれて、行ってみようってなった時、どさくさに紛れて繋いじまった――あの時以来じゃねーか!?……っくぅぅ~~~っ! あの時と変わらず、なんって小さくて柔らかくて、すっべすべな感触の肌なんだぁ~~~っ! このままずぅぅぅ~~~~~っと、繋いでいたいぜぇええええーーーーーーーッ!!)
当然、結太の脳内も心臓も、桃花に負けないくらいのお祭り騒ぎだったので。
『心臓の音がバレちゃうかも』という桃花の心配は、全くの杞憂に終わった。
別荘に着くと。
エントランスの階段前で、結太はそっと桃花の手を離した。
「じゃ、じゃあ、あの……これ」
手を繋いでいた方の手ではない、もう片方の手で、ずっと持ち続けていたポリ袋を、桃花に差し出す。
両手でそれを受け取った桃花は、
「あ……ありがとう。じゃあ、えっと……。家に帰ったら、これで記念のもの作る……ね?」
恥ずかしそうに告げると、ニコリと微笑んだ。
結太は大きくうなずいて、『うん! た――っ、楽しみにしてる!』と言って、やはり笑った。
二人で拾い集めた、貝殻とシーグラス。
桃花はこれで、どんなものを作って、プレゼントしてくれるのだろう?
彼女が作ったものならば、どんなものであっても嬉しいに決まっているが。
今から楽しみで楽しみで楽しみで仕方ない、結太なのだった。
その夜。
桃花は部屋に戻ってシャワーを浴び、髪をよく乾かしてからベッドに入った。
宣言していた通り、咲耶は早々に眠りに就いてしまっていたが、桃花はなかなか寝付けなかった。
今日一日の出来事を改めて思い返すと、ドキドキの連続で……。
結太のことを考えると、どうしても、心臓が暴れ出してしまうからだった。
一方、結太は。
部屋に戻り、シャワーを浴びて、髪を乾かしたところまでは、桃花と同じだったが――。
桃花ほど早い時間には、ベッドに入らなかった。
岩陰で密接していた時に感じた、桃花のほのかな甘い香り。
手を繋いだ時に伝わって来た、桃花の手の小ささ、肌の柔らかさ、なめらかさ。
今日感じることが出来た、桃花の全てが愛おしく、苦しいくらいにときめいて……。
枕相手に、龍生から教わった(というほどでもないが)キスの練習をしてみたり。
枕を抱き締めて、足をバタバタ、体を左右にゴロンゴロンさせてみたり。
結局、朝方まで眠れず、一人、悶々とした時を過ごす羽目になった。




