第18話 結太と桃花、人の気配を感じ岩陰に隠れる
貝殻もシーグラスも、結太が再び集めた分で充分だろうということで、別荘に戻ろうか――ということになったのだが。
二人が立ち上がろうとした瞬間、別荘のある方角から、誰かの大きな声が聞こえて来た。結太と桃花は、ギョッとして振り返る。
すると。
声のする方角から、ふたつのライトらしき灯りが、こちら側に向かって来るのが目に入った。
まだ遠いので、ハッキリとは確認出来ないが、灯りの正体は、結太達が持っているものと同じ、LEDランプだろう。
「誰だろーな? こんな夜に、わざわざ海岸に来るなんて……」
「う、うん。……咲耶ちゃんは、今日は早めに眠りたいって言って、さっきお風呂に入っちゃったから……たぶん、違うと思うけど……」
「そっか。じゃあ、あと考えられるとすると……」
「あっ。近付いて来るよ? どーしよー? 挨拶した方がいいのかな?」
そう言って、桃花は立ち上がろうとしたが、結太は慌てて、
「ちょ! ちょっと待って、伊吹さん!」
片手で桃花の手をつかみ、軽く引っ張る。
桃花は再びしゃがみ込み、ビックリしたような顔で、『えっ? ど、どーしたの楠木くん?』と小首をかしげた。
「もし、あれがイーリスだったら、マズいって。こんなとこに二人でいるの見たら、ぜってーからかって来るし」
結太は小声で注意を促すと、自分のLEDランプを消した。
ランプを消しても、月明かりのお陰で真っ暗にはならないと、わかっていたからだ。
「えっ? どーして消しちゃうの?」
月明かりの下とは言え、夜の海は、やはり恐ろしいのだろう。桃花は心細そうに、それから、少し不思議そうに、目をパチパチさせている。
結太は、桃花にもランプを消すよう指示してから、中腰になり、ゆっくりと後ずさった。
桃花には、彼の意図するところがわからなかったが、言われた通りにランプを消した。
「ちょっと海ん中入っちまうけど、あの岩陰に隠れよう? あいつらが別荘に戻ってくまで、様子見た方がいいと思ってさ」
再び小声で伝えると、結太は少しずつ海に入った。海の深さは、ふくらはぎ半分が浸る程度だ。
彼は大きな岩影を目指し、まるで忍者のように、腰を落として歩き続けた。
結太の服装は、上はTシャツ、下はハーフパンツだが、桃花は白のブラウスに、膝下丈のスカートだ。海に入れば、濡れてしまう恐れがあった。
桃花は一瞬ためらったが、意を決したように、スカートの裾を膝の上まで引き上げると、下に落ちて来ないように、スカートの端をギュッと結んだ。
それから結太を見習って、海にそろりそろりと入り、彼の待つ岩陰まで歩を進める。
「ごめん、伊吹さん。服のことまで考えてなかった。……濡れちまったかな?」
桃花が岩に隠れたと同時に、結太は申し訳なさそうに頭を下げ、上目遣いで窺う。
慌ててふるふると首を振ると、桃花はニコリと微笑んだ。
「ダイジョーブ。濡れてないよ?……それに、ちょっとくらい濡れても平気。汚れても良い服しか、持って来てないから」
「そ……そっか。なら、まだよかったけど……」
ホッとしつつ、結太は何げなく、桃花の服に視線を移した。
ブラウスには、控えめながら、フリルとリボンが付いている。スカートの生地も上質そうだ。
結太はファッションには詳しくないし、女性服のことは、特にわからない。
だから、自信を持って言えるわけではないのだが……桃花の着ている服は、どう見ても〝汚れても良い服〟とは思えなかった。
(……もしかして、オレに気を遣わせないよーに、平気なフリしてくれてんのかな……?)
桃花の気遣いだとしたら、申し訳ないなと思いながら、彼女の横顔をじっと見つめる。
いつも可愛い桃花だが、月明かりの下で見る彼女は、〝可愛い〟以上に〝美しく〟感じられた。
――とたん、結太の鼓動は大きく、速く打ち始める。岩陰に二人並んでいることを、今更ながら意識してしまったのだ。
(ば――っ、バカか、オレ? 自分で『岩陰に隠れよう』とか言っといて、何一人で緊張してんだよ?……こ、これは、イーリスにからかわれないための、ただの緊急避難……っつーか、そんな感じで……。べつに、他意はねーんだ、他意はっ!)
必死に自分に言い聞かすが、意識してはダメだと思えば思うほど、十センチと離れていない桃花と自分との距離に、胸が高鳴る。
あと少し手を伸ばせば、肩を抱ける。もう少し屈みこめば、唇と唇を合わせることだって……。
「あっ。あれ……」
岩陰から、じっと砂浜の様子を窺っていた桃花が、小さく声を上げる。
結太はビクッと肩を揺らした後、ピンと背筋を伸ばし、気をつけの姿勢を取った。
「えっ?……ど、どーかした、伊吹さん?」
邪な想いを慌ててかき消し、桃花の視線の先に目を移す。
そこには、思った通りのイーリスと、彼女のボディガードの国吉の姿があった。
「あ~……。やっぱイーリスだったか。隠れて正解だったな……」
とっさの自分の判断は、間違っていなかったのだと、ホッと胸を撫で下ろす。
結太と桃花のLEDランプに気付かれていたら、誰かいたのではと怪しまれ、辺りを捜し回られるかと思ったが、それは杞憂だったようだ。
イーリスは、特にそんなそぶりは見せず、LEDランプを片手に、砂浜をサクサクと歩いている。
国吉は、彼女の少し後を歩き、やはり片手には、LEDランプを掲げていた。
しばらくは、二人とも何も言わず、砂浜をぶらぶらしているようだった。
しかし、ふいにイーリスが立ち止まり、
「もうっ! いー加減、白状しなさいよ国吉ッ! アタシに、何か隠してることがあるでしょ!?」
しびれを切らしたかのように、大声で国吉に問い掛けた。




