第17話 結太、貝殻とシーグラスを拾いに夜の海岸に行く
龍生からの適当なアドバイスを受け取ると、結太は満足して部屋を出た。
他者から見れば、どう考えても、満足出来るようなアドバイスではなかったが、全てが未経験の結太には、あんなものでも充分だったらしい。
(そっかー。やっぱ、目は開けてていーんだな。……だよなー? 目ぇつむってたら、唇がどこにあんのかわかんなくなっちまうし。やっぱ開けとかなきゃだよなー)
龍生からのアドバイスを真に受け、一人でうんうんとうなずきつつ、リビングルームに戻ってみると。
そこに、イーリスと桃花の姿はなかった。
まあ、いつ戻るかわからない結太を、のんびりと待っているのは、退屈だったのだろう。
特に気にすることもなく、結太も二階の部屋へと移動した。
割り当てられた部屋に戻ったとたん、結太はハッと、あるもののことを思い出した。
――昼間、桃花と拾い集めた〝貝殻とシーグラス〟だ。
せっかくたくさん集めたのに、イーリスが泣きながら抱きついて来たせいで、全て砂浜に放って来てしまった。
外はすっかり暗くなっているが、拾っていた場所は、だいたい覚えている。手提げランプでもあれば、またすぐに、拾い集めることが出来るだろう。
何も、真っ暗の中探さなくても、また明日、明るくなってから拾い集めればいいではないか。
――そうも思ったが。
明日は明日で、龍生が、皆の予定を考えてくれているはずだ。今日のように、呑気に貝殻などを拾い集めている暇は、作れなくなる恐れもある。
拾い集めた貝殻とシーグラスを、今夜中に、桃花に届けに行ったら。
彼女はきっと、『ありがとう』と微笑んでくれるだろう。
結太は単純に、桃花の笑顔が見たかったのだ。
(――よし! トラさんかサギさんに、手提げタイプのLEDランプを借りに行こう!)
結太はくるりと半回転し、部屋を飛び出て、再び一階に向かった。
「え~っと。確か、この辺りだったと思うんだけどな~」
東雲から借りて来たLEDランプを、片手に掲げて周囲を照らすと、結太は目印を探した。
この島の表側の海岸は遠浅で、見渡す限り、白い砂浜が広がっているのだが。
一部にだけ、大きな岩が集中している場所があった。
昼間、結太はその辺りで、貝殻とシーグラスを拾っていたのだ。
その岩の群れさえ見つかれば、放ってしまった貝殻とシーグラスも、すぐに拾い集められるはず。結太はそう考えていた。
「――あ。あったあった! あそこだ!」
岩が密集している場所を見つけ、一気にテンションが上がる。
片手にランプ、もう片方の手には、拾った貝殻とシーグラスを入れるためのポリ袋を提げた結太は、思わず駆け出していた。
岩の手前辺りの砂浜を、ランプで足元を照らしながら進む。
簡単に見つかると思っていたが、想像と違って、目を皿のようにして砂浜を探し回っても、なかなか見つけられなかった。
「……っかしーなー。大きな岩はここにしかねーんだから、場所は、そんな間違ってねーと思うんだけど……」
ブツブツと独り言を言いながら、足を交互に上げて、砂を蹴る。
砂に埋まってしまったのだろうか、それとも、波がさらって行ってしまったのだろうかと、心配になって来た。
すると。
数メートル先、五十センチ四方ほどの範囲に、かなり大量の貝殻とシーグラスが、散らばっているのが目に入った。
「やった! あったあったあったーーーっ!」
大喜びで駆け寄り、スライディングするように、砂浜に膝をつく。
すかさず、貝殻とシーグラスを拾い集めると、広げたポリ袋に、片っ端から放り込んだ。
「やーったやったーあったったーっ♪ホイホイホイホイホーイホイっ♪」
即興のヘンテコな歌を口ずさみ、結太はやたらと上機嫌だ。
桃花に喜んでもらえると思うと、気分が高揚して来てしまったのだろう。
「ホイホイホホイノホーイホーイ♪ホホイホホホイホホーイホ――」
ヘンテコな歌が、急に途切れた。
結太の目の前に、小さくて可愛らしい足が出現したからだ。
「――っ、わああッ!?」
結太はビックリ仰天し、思いきり尻餅をつく。
同時に、頭上から聞こえたのは――、
「あ……。ごめんねごめんねっ? 驚かすつもりはなかったの!」
……可愛らしい、癒し系ボイス。
「いっ、伊吹さんっ!?」
見上げた先には、結太が持って来たものと、同じタイプのLEDランプを掲げた、桃花の姿があった。
桃花は、申し訳なさそうな顔でしゃがみ込み、まだ尻餅をついている結太に向かい、ペコリと頭を下げる。
「ホントにごめんなさいっ! まさか、ここに楠木くんも来てたなんて知らなくてっ。ホントに、驚かそうと思ったわけじゃないのっ」
何度も謝りつつ、ペコペコと頭を下げる桃花に、結太は慌てて体を起こし、
「い、いやっ! オレこそごめん! 大袈裟に驚き過ぎた!……お、オレ、伊吹さんが驚かそうと思ってしたとか、全然思ってねーからっ! だから……なっ? そんなに頭下げなくていーんだって!」
怒っていないということを、必死に言い続ける。
桃花は頭を下げるのをやめると、そうっと顔を上げ、
「……ホントに?……怒ってない……?」
「怒ってないッ!!」
キッパリ告げる結太を見て、ホッとしたように微笑んだ。
「よかった。怒ってなくて。……でも……楠木くん、どーしてここに?」
小首をかしげて訊ねられ、結太は砂浜に再び膝をつくと、前のめりになって訊ね返す。
「伊吹さんこそ! こんな夜に、どーして海なんかに?」
ここは秋月家所有の島なのだから、不審者に襲われる可能性など、まずないが。
夜に一人で行動して、怪我などをしたら大変だと、結太は真剣な顔で、桃花をじっと見つめた。
見つめられ、恥ずかしくなった桃花は、顔を熱くしながら、視線を斜め下に落とす。
「え……えと……。昼間、貝殻とシーグラス……落として来ちゃった、から……。拾いに……」
「えっ、伊吹さんも? 実はオレもなんだ。――ほらっ」
宝物を拾った子供のように、目をキラキラと輝かせ、結太はポリ袋を広げ、貝殻とシーグラスを桃花に見せた。
桃花は『あ。ホントだ』とつぶやくと、僅かに顔を上げる。
瞬間、視線が重なり、ハッと息を呑んだ二人は――。
一拍置いた後、どちらからともなく微笑んだ。




