第16話 結太、キス以外未経験の龍生に安堵する
龍生と咲耶が、キス以上のことはしていないと知り、結太は意外に思うと共に、ホッとしていた。
正直なところ、幼馴染である龍生が、一人だけ大人になって行ってしまうことに、寂しさも感じていたし、焦ってもいたからだ。
龍生は名家に生まれ、幼い頃から、かなり年の離れた大人達に囲まれて育ったせいか、いつも、実年齢より上に見えていた。
知識も豊富だし、常に落ち着いていてスマートだし、女性を前にしても、あがったり浮かれたり、ガッツいたりもしない。
本当に同い年なのかと首をかしげてしまうほど、結太から見たら、彼は〝大人な男〟だった。
しかし、違った。
彼も普通の男――結太と同じ、普通の高校二年の男子だった。
いつも、一歩も二歩も先を歩いているように見えていた龍生が。
今、『俺だって、咲耶が初めての人なんだ』と言って、恥ずかしそうに頬を赤らめている。
それが、結太にとっては新鮮だった。
滅多なことでは素顔をさらすことのない、彼のちょっとした素の部分を垣間見た気がして、なんだか、すごく嬉しかった。
今の龍生を、〝ギャップ萌え〟女子が目にしたなら、たちまち〝キュン死〟していたかもしれない。
(そっか。……そーだよな。龍生、あんだけモテてたのに、ガキん時から、保科さん一筋だったんだもんな。他の女子には目もくれず、一途に想い続けてたんだから……そりゃ、保科さんが〝初めての人〟に決まってっか。保科さんと付き合う前までは、付き合った経験一度もなかったのは、オレと一緒なんだ。だったら、まあ……キス以上のこと、どーやってすればいーのかなんて、わかんねーよな。……ん? でも……キスは経験済み、なんだから――……)
「なあ。キスってどーやるんだ? する時、歯とか鼻とか、ぶつかっちまったりしねーの? 女は目つむるとかって聞くけどさ、男は開いてていーのか?」
素朴な疑問を投げ掛けると、龍生は一瞬目を見開いたが、すぐに呆れた顔つきになり、軽く額に手を当てた。
「まだ訊くか……。おまえも相当しつこいな」
「……だってさ、キスは経験済みなんだろ? それ以上のことはいーからさ、キスのこと教えてくれよ。本番で失敗しちまったら、カッコ悪ぃーじゃん」
いつの間にか、膝をついていた状態から、正座に座り直した結太は、真剣な顔で龍生を見上げる。
「頼む! ちょっとした注意とか、そんなもんでもいーから教えてくれ!」
「……注意、って言われてもな……」
龍生はほとほと困り果て、背もたれに寄り掛かった。
幼馴染とは言え、何故、そんな恥ずかしいことを、わざわざ教えてやらなければいけないのだろう?
だいたい、『失敗したらカッコ悪い』からと言うが、自分だって、誰かに教えてもらったわけではないのだ。
初めてのキスは、咲耶からだったが……。
二度目のキス――自分から初めてしたキスは、どんな感じだったろうか?
……正直、キスだけならば、既に数え切れないほどしてしまっている。
どのキスが初めてだったのか……今はもう、思い出せないくらいなのだ。
(しかし……さすがに今日のキスは、咲耶には早かったらしいな。あんなに強く、近付くことすら拒否されるなんて思わなかった。……『今はまだダメ』……か。ならば、いつになったら『ダメ』ではなくなるんだ?)
今日、二人きりの別荘で咲耶とした、初めてのキスを思い返す。
……初めてと言っても、ただのキスのことではない。
大人のキスのことだ。
龍生と咲耶は、今日初めて、大人のキス――唇を重ねるだけではない、もっと深いキスを交わした。
交わした……と言っても、咲耶は受け入れる側だ。
積極的に仕掛けたのは、龍生の方だけだった。
それと言うのも。
どうやら咲耶は、大人のキスの存在を、全く知らなかったらしいのだ。
今日は、初めて知る大人のキスに、ただただ驚いて、体を固くしていた。
そしてなんと――最後には、気を失ってしまったのだ。
(恋愛事には疎い人だと、わかってはいたが……。まさか、あれほどとはな。キスで気を失う人間がいるだなどとは、思ってもいなかった。いったい、どんな育ち方をすれば、あそこまで、男女のことに無知でいられるんだろう? 今時は少女漫画でも、過激な描写が多いと聞くが……。まあ、どこに置かれていたとしても、あの手の本は、咲耶は読まないか。何せ、愛読書はプラトニック系のGL小説か、冒険小説か、推理小説……辺りだそうだからな。……だが、その手の小説にだって、ラブシーンが出て来ることはあるだろうに。……まったく。今までどんな本を読んで来たんだか……)
結太そっちのけで、咲耶のことを考えていた龍生は、『なあッ!!』と結太に大声を出されて、ようやく我に返った。
「オレのこと無視して、ボーっとしてんじゃねーよ! どーせ、保科さんのこと考えてたんだろーけどさ!」
……図星だ。
「それは違うな。おまえにアドバイスするとしたら、どう言えばいいのか考えていたんだ」
結太に見抜かれるようでは、俺もまだまだだな――などと思いつつ、一応ごまかしてみる。
結太は『えっ? 教えてくれんのか!?』と言って、瞳を輝かせた。
龍生は『相変わらず、単純な奴だ』と心でつぶやいて、
「キスするときは、顔をどちらかに傾けて、目を開けたまましろ。そうすれば、目測を誤って、鼻や歯をぶつけることもない」
一番基本的な、誰でもすぐにわかりそうな、どうでもいいアドバイスを送った。




