第2話 東雲、龍生と結太らの間に割って入る
ドア付近から漂って来るただならぬ気配に、東雲はハッとなって振り向いた。
先ほどまではいなかったはずの龍生が、腕組みして仁王立ちし、結太とイーリスに、氷の微笑を向けている。
結太とイーリスはと言うと、ヘビに睨まれたカエルのように固まっていた。
一般家庭のダイニングルームと比べると、かなり広いとは言え、数十メートルと離れていない室内だ。
東雲も当然、イーリスが放ったセリフも、それに対する、結太と龍生のセリフも、耳に入って来ていた。
正直言って、イーリスの放った言葉は、東雲にとっても衝撃的だったし、
(んな――っ!? ぼ、坊ちゃんと保科様が、キス以上の関係に進んでいらっしゃらないだとぉおおーーーーーッ!?……そ、そんなバカな……。じゃ、じゃあ、昨夜の保科様の、あの意味深な反応は……いったい、何だったってんだ!? ありゃどー見たって、〝初体験を済ませた後の恥じらい〟、もしくは、〝初体験を済ませた後の、独特な気まずさ〟ってな感じの反応だったろ!? そーじゃねーのか!?……だったらありゃ……。あの、坊ちゃんのことを意識しまくった態度は、何だったってんですかぁあああーーーーーっ!? 教えてくださいっ、保科様ぁあああーーーーーッ!!)
以上のようなことを、心で絶叫してもいた。
しかし、東雲の仕事は、あくまで龍生の警護、そして、あらゆることに対してのサポートだ。
仕事(朝食の支度)の最中に、『今のはいったいどーゆ―ことなんです!? 坊ちゃんと保科様が、キス以上のことはしてないって……マジな話なんですか!?』などと、結太とイーリスに迫るわけにも行かなかった。
訊きたい気持ちをどうにか堪え、黙々と仕事を続けていたわけだが……。
龍生の様子を目にしたとたん、状況が変わったことを、東雲は瞬時に察知した。
龍生が幼い頃から仕え、その側で、数々の失敗を繰り返し経験して来たからこそ、わかることだ。
主のあの表情、周りから発せられている、ひんやりとしたオーラ。
……あれは完全に怒っている。
怒りの矛先が、まだ結太のみであったなら、東雲も放って置くことが出来たのだが。
イーリスにも向けられているとなれば、このまま見過ごすわけにも行かない。
「藤島家とは、昔からの付き合いもある。そのお嬢さんをお預かりするのだからな。何かあっては、秋月家の名誉にかかわる。藤島家との関係に、ヒビが入っても困るのだ。東雲、鵲。龍生のことのみならず、他の子供達にも、しっかり目を配っておくのだぞ。……よいな?」
別荘に来る前、龍之助からも、よくよく言い聞かされている。
東雲は龍生の側まで足早に近付くと、
「おはようございます、坊ちゃん! 本日のご朝食は、アメリカンブレックファストと和朝食、どちらになさいますか? アメリカンでしたら、卵料理は目玉焼き、ゆで卵、ポーチドエッグ、スクランブルエッグ、オムレツから選んでいただく形になりますが、どちらになさいます? 付け合わせも、ベーコン、ウィンナー、ハムの三種類からお選びいただけますが、どちらに? サラダも三種類ございまして、夏野菜の欲張りサラダ、シーザーサラダ、甘~いフルーツトマトと日本製のモッツァレラチーズを使用したカプレーゼ、お飲み物はオレンジジュースとグレープフルーツジュース、紅茶、コーヒー、ミルクもございますが、どちらがよろしいですか? 和食をお選びいただきますと、主食は普通の白米の他、混ぜご飯、おにぎりやいなり寿司もお選びいただけますし、卵料理は玉子焼きか、生卵で卵かけご飯などもよろしいかと思いますが、いかがなさいますか? ああ、もちろん、アメリカンブレックファストの卵料理がよろしいのでしたら、そちらになさってもよろしいですし、どちらもお食べになりたいとのことでしたら、両方ご用意も出来ますが? さあ、どうなさいますか坊ちゃん!」
矢継ぎ早に質問し、ニッコリ笑顔で龍生の視界に入り込んだ。
いきなり割って入られ、長々と朝食メニューの説明をされ、龍生だけでなく、結太もイーリスも、唖然と東雲を見つめている。
だが、さすがに変に思ったのだろう。龍生は、朝食に対する質問には一切答えず、
「東雲、おまえ……。下手な小細工で、俺の気をそらそうと思っても、そうは行かな――」
眉間にしわを寄せ、『そうは行かないぞ』と言おうとした。
その時、
「あのぅ……。どうかしたんですか?」
桃花の声がし、ハッとして振り返ると、ドアの前で、桃花と咲耶が困り顔、不満顔で、立ち往生していた。
龍生以外の三人は、マズいと内心焦ったが、龍生は優雅に微笑み、
「いいや、どうもしないよ?――さあ、みんな好きなところに座って。東雲、支度を頼む」
まるで、何事もなかったかのように促す。
東雲は再び仕事に戻り、結太とイーリスは無言のまま着席し、桃花と咲耶も、並んでテーブルの端の席に腰掛けた。
龍生はそれを見届けると、結太の側まで来て、
「朝食が終わったら、俺の部屋に来い。いいな?」
素早く背後から耳打ちし、再び何事もなかったかのような顔をして、彼の隣の椅子に座る。
左側にイーリス、右側に龍生。
居心地悪いことこの上ない席で、結太は朝食をとる羽目になった。




