第6話 咲耶、部屋にこもって布団に包まる
別荘に着くと、咲耶は、自分と桃花にあてがわれた客室目指し、一度も後ろを振り返ることなく階段を駆け上がった。
客室のドアを乱暴に開け放ち、勢いを緩めぬままベッドへ飛び込み、めくり上げた掛け布団にぐるりと包まって、体を丸める。
その姿は、傍から見ると、まるで芋虫のようだった。
「咲耶、入るぞ!」
数回のノックの後、返事も待たずに龍生が入って来る。
咲耶はますます体を丸め、頭まですっぽりと布団を被ってから、龍生に背を向けた。
彼はそれを目にすると、深々とため息をつく。
「咲耶。何を怒っているんだ? 急に駆け出して行ったりして……。俺は知らぬ間に、君を傷付けるようなことをしてしまったのか?」
状況を把握していないかのような龍生の問いに、咲耶は思わずカッとなった。
「『何を怒ってるんだ』だと!? 『傷付けるようなことをしてしまったのか』だと!?――わかっているくせに白々しい!! この水着に文句があるなら、ハッキリ言えばいいじゃないかッ!!」
龍生なら、色気のない水着を着ていようが、スク水を着ていようが、絶対気にしないと思っていたのに。
どんな水着姿であろうと、受け入れてくれると思っていたのに。
それなのに、何も言わずに、無表情で見つめているだけだなんて。声すら掛けてくれないなんてあんまりだと、咲耶は瞳を潤ませた。
「『水着に文句があるなら』――だって? 俺はべつに、文句などないが……。どうしてそう思うんだ?」
意外な返答に、咲耶は布団の中で目を見開く。
水着姿を見て無表情だったのは、〝呆れていたから〟ではなかったのか?
「も――っ、文句があったわけじゃないなら、どうしてあんな顔で、黙って突っ立ってたんだ? あんな顔、されたら……誰だって、気に入らなかったのかと思うじゃないか!」
「……『あんな顔』、って……。俺は、どんな顔をしていた? 自分の顔は確認出来ないからな。教えてもらえなければ、わかりようがない」
「な――っ!」
龍生の開き直りとも取れる言い分に、咲耶は絶句した。
たとえ確認出来なくとも、その時、どんな感情を抱いていたかさえ覚えていれば、自分がどのような顔をしていたかくらい、わかるのではないのか?
「わからない、って言うなら教えてやる!――無表情だ! 何を考えているのかさっぱりわからない顔をして、こっちをじーっと見てた! ただじーっと見てたッ!!」
責めるように言い放つと、咲耶は曲げた両脚を両腕で抱え込み、ギュッと強く抱き締めた。
Tシャツを放り投げ、水着姿になった時の、周囲の反応。
その時の光景が脳裏に蘇り、不覚にも涙が滲みそうになる。
呆れているのか、それとも、ただ驚いているだけなのか。どちらともつかない表情で、こちらを見つめる目、目、目、ばかりの中。
咲耶は、唯一味方になってくれるであろう、龍生へと視線を走らせた。
龍生なら、きっと呆れたりしない。
笑って受け入れてくれるはずだと、確信しながら。
……それなのに。
龍生は、表情こそ、他の男性達とは違っていたものの、やはり何も言わず、まっすぐに咲耶を見つめていた。
あの時の、どうにも説明しがたい失望感。
たった一人の味方にすら、見放されてしまったのかという、絶望にも似た感情が、一気に押し寄せて来る。
もしも龍生が、あそこで何か一言でも、声を掛けてくれていたなら。
――いや。笑ってさえくれていたなら。
自分も逃げ出したりすることなく、あの場で踏ん張っていられたはずだ。
そう思うと、悔しくて、恥ずかしくて、情けなくて。
どうしても、涙が溢れそうになってしまう。
「お、おまえが、何も言ってくれないからっ。この水着が、やはり、気に入らなかったんだなって、思って……だからっ」
「……咲耶」
龍生の声が近付いたと感じた瞬間。
咲耶の肩辺りに、そっと、何かが触れる感触がした。
そして、『もしかして……泣いているのか?』という、気遣わしげな声が、更に近くで響く。
「な――っ、泣いてなどいないッ!! こ…っ、この程度のことで、私が泣くわけないだろうッ!?」
慌てて言い返すが、言葉とは裏腹に、まなじりからこめかみへと、熱い涙がこぼれ落ちる。
泣くものかと思えば思うほど、次々に溢れては、涙は、咲耶の自慢の黒髪を濡らして行った。
(バカ……みたいだ。こんな……こんな、くだらないことで泣くなんて。たかが、水着に対する周りの反応が、悪かったってくらいで……。そんなちっぽけな理由で泣くなんて、本当にバカだ。大バカヤロウだ、私は……)
龍生は先ほど、咲耶の水着に文句などない――というようなことを言っていた。
それはつまり、『呆れてなどいない』ということなのだろうが……今度こそ、呆れ果てているに違いない。こんな小さなことで、いちいち大騒ぎする自分に――……。
「咲耶、すまない。俺が何も言わなかったことで、君を傷付けてしまっていたなら、謝る。何度でも謝るから……。頼む。この布団から出て、顔を見せてくれ」
今度は頭に、何かが触れる感触がした。
決して薄くはない布地越しでは、相手の体温など伝わるはずがない。それなのに、触れられた部分だけが、じんわりと温かくなった気がした。
咲耶は、その温かさにホッとしながらも、両手で抱えた膝に顔を埋め、弱々しい声で答える。
「い――、嫌だ。……絶対、顔なんか……見せてやらないっ」
今、布団から顔を出したりしたら、泣いているのがバレバレだ。
死んでも出るものかと、咲耶は更に体を丸めた。




