第7話 咲耶、布団越しの抱擁に赤面する
布団を被り、更に小さく体を丸めてしまった咲耶を前に、龍生は小さくため息をついた。
「……咲耶。そのままでもいい。だが……せめて、体を起こしてくれないか? 背中は、こちらに向けたままでも構わないから」
「……体を?……何でだ?」
「何で、って……。何ででも」
〝何ででも〟だと――?
……わけがわからない。
それでも、『それくらいなら、まあいいか』と、咲耶は渋々体を起こした。布団は、頭からすっぽり被ったままだったが。
「ほら。起こしてやったぞ。起こしたからって、それがいったい、何――っ」
そこで咲耶の言葉は途切れた。
途切れた理由は――後ろから龍生に抱き締められていることに、すぐに気付いたからだった。
「ちょ――っ!……なっ、何だいきなりっ? こ、こーゆーことして、ごまかそうって寸法かっ? だ、だとしたら甘いぞっ? 私は、こんなことでごまかされるような女じゃな――っ」
「ごまかす気などないよ。ただ、こうしたかっただけだ。こうして……誰にも邪魔されない場所で、思いきり咲耶を抱き締めたかった」
耳元で、熱を帯びた甘い声がささやく。
とたん、咲耶の全身は、瞬間湯沸かし器のように熱くなり、心臓は跳ね上がって、苦しいくらいに速く、激しく鼓動する。
「ば……っ、バカバカバカバカッ!! ふざけるなよこんな時にッ!!……わ、私は怒ってるんだぞッ!? こんなことして、よけい怒らせるとは思わないのかっ!? こ――っ、ここここのこのっ、あ――っ、アンポンタンめッ!!」
毎度のごとく、照れ隠しに発せられる咲耶の古めかしい貶し言葉を、龍生は余裕の笑みで受け止め、咲耶を抱く腕に、少しだけ力を込めた。
「何と言われようと構わない。これが俺の本心だ。だが……一応、あの時の説明だけはさせてくれ。俺は、咲耶の水着に呆れてなどいないよ。むしろ、『ああ、やはり』と――。咲耶の行動が、あまりにも予想通りだったから、吹き出しそうになってしまっただけなんだ」
「ふっ、吹き出すだとっ?」
「そう。思わず……ね。吹き出しそうになってしまって、慌てて顔を引き締めたんだ。笑ったりしたら、咲耶が傷付くと思ったから――。すぐに言葉が掛けられなかったのは、必死に平静を保とうとして、そこまで気が回らなかったからだよ。……だが、まさかその顔が、咲耶には〝無表情〟に見えていたとはな。結果的に、君を不安にさせて、よけい傷付けてしまっていたなんて……。君の言う通り、俺はバカだ。……本当にすまなかった……嫌な想いをさせて」
背中から、じんわりと温かさが伝わって来る。
布団越しでも温かいと感じるのは、錯覚なのか、思い込みなのか。
それとも、咲耶の心が、温かく(熱く?)なったからなのか。
何にせよ、惨めに縮こまっていた気持ちが嘘のように――、一陣の風が吹き抜け、厚い雲を蹴散らしてくれたかのように、晴れやかになった。
我ながら単純だなと、咲耶は布団に包まれたまま、クスリと笑う。
「……咲耶? もしかして、今――」
「ちっ、違うッ!! 笑ってない!! 笑ってなんかいないからなッ!!」
龍生に『笑った?』と訊かれる前に、何か言わなければと焦ったせいか、否定したつもりが、肯定したかのような返答になってしまった。
すぐさま自分の失態に気付き、咲耶は『あ――』と言ったきり固まる。
龍生はきょとんとした後、思いきり吹き出して、彼にしては珍しく、大笑いし始めた。
「う、うぅ……。そ、そんな思いきり、笑わなくてもいいだろう!? ちょっと間違えただけじゃないかッ!!」
恥ずかしくて、脳内が沸騰しそうだった。
『実際に、頭から湯気が出ているかもしれない』などと思いながら、咲耶は涙目で訴える。
頭から布団を被っていて、本当によかった。
布団にさえぎられていなかったら、真っ赤な顔で、目に涙を溜めている状態を、完全に目撃されていただろう。
その後、嫌と言うほど、からかわれていたに決まっている。
龍生は咲耶を抱き締めたまま、クスクスと笑い続けていた。
だが、急にピタリと笑い声が止み、沈黙が訪れる。
「……え?……あ……秋、月――?」
いったい、どうしたのだろう?
咲耶は心配になり、両脚をギュッと抱えていた両腕から、力を抜いた。
すると、
「ひゃ――っ!?」
抗議する暇もなく、くるりと体を回転させられ、咲耶は短く悲鳴を上げた。
間を置かずに、頭から被っていた布団を、強引にまくられる。
隠れていることに、すっかり安心しきっていた顔が、唐突に晒され、咲耶は一気に赤面した。
「ばっ、バカバカバカバカッ!! 断りもなく布団をまくるなんて、卑怯だぞッ!! いきなりこんなことして、ただで済むと思うなッ!? バカバカッ!! アホ秋月ぃッ!!」
悔しさと恥ずかしさで、再び涙が滲んで来る。
龍生は、そんな咲耶をじっと見つめ、
「……ほら。やはり泣いていた」
そう言って、片手を咲耶の頬に当てた。
咲耶は更に真っ赤になり、
「なっ、泣いてなんかいないッ!! これは――っ、これは涙なんかじゃないッ!! 涙なんかじゃなくて――っ」
「…………『なくて』?」
穏やかに訊ねる龍生の声が、見つめる瞳が……胸に迫るほど、優しい。
言おうとしていたことは、一瞬にして何処かへと消え去り、咲耶は息を呑んで、龍生をじっと見返した。
赤い顔で沈黙してしまった恋人の、ふたつの潤んだ瞳を見つめ、龍生はフッと笑みをこぼす。
「……好きだよ、咲耶」
〝愛しくて堪らない〟という想いが、伝わりますように――。
そんな願いを込め、彼女の頬を両手で包むと、龍生はゆっくりと顔を近付け、柔らかく唇を重ねた。




