第2話 男性陣、一足先に海辺へと集合する
着替えを終え、龍生と結太は、海岸までの道をのんびりと歩いていた。
前を見ると、既に砂浜には、レジャーシートやビーチパラソル、ビーチチェア、サンシェードテントまでもが、セッティングされている。
ビーチチェアの横には、ミニテーブルが置かれ、その側には、クーラーボックスやタオル類、何やらいろいろ入っていそうな、大きめのトートバッグ。
更に、ビーチボールや大きめの浮き輪、シュノーケルまで用意されていて、二人は思わず足を止めた。
「おおっ、スゲー! 〝海と言えばコレ!〟――って感じのもんが、全部揃ってんじゃねーか!」
ほぼ完璧と言ってもいい。海の必需品ばかりだ。
結太が感嘆の声を上げると、側で控えていた東雲が、自慢げに胸を張った。
「フフン。そーだろそーだろ? スゲーだろー、結太? 坊ちゃんとご学友方のバカンスに、至らぬ点があっちゃあいけねーからな。俺とサギと国吉さんで、張り切って用意したんだぜー?」
「そっかー! あんがとな、トラさん! これだけありゃー、きっとたっぷり楽しめるよ!」
瞳を輝かせ、素直に感謝する結太に、東雲は照れ臭そうに微笑むと、
「へへっ。相変わらず可愛いヤツだなぁ、結太は。そーゆーまっすぐなとこ、嫌いじゃねーぜ」
そう言って、彼の頭をぐしゃぐしゃっと撫でた。
二人のやりとりを、腕を組みながら眺めていた龍生は、
「ご苦労だったな、東雲。鵲。――国吉さんも、ありがとうございました。この暑い中、その姿でここまで用意するのは、大変だったでしょう? 午後、特にすることがないようでしたら、水着にでも着替えて、ゆっくりなさってはいかがですか?」
国吉に休息を勧めてから、『おまえ達も、水着は持って来たんだろう?』と、東雲と鵲にも声を掛ける。
東雲ら三人は、ボディガードの正装とも言える、黒の上下のスーツ姿だ。
確かに、燦々と降り注ぐ太陽の下で、いつもの黒ずくめの服装では、見た目からして暑そうだった。
「お気遣い痛み入ります。――ですが、私はイーリスお嬢様のボディガードとして雇われている者です。遊びで参ったわけではありませんので、水着の用意などはして来ておりません。どうか、私のことはお気になさらなず、何卒、イーリスお嬢様のことを、よろしくお願いいたします」
龍生の申し出をやんわりと断り、国吉は深々と頭を下げた。
横で聞いていた東雲と鵲は、龍生の言葉に従う気満々でいた自分達を恥じ、しょんぼりと肩を落とす。
(うぅ……っ。俺としたことが、坊ちゃんのお言葉をまんま受け取って、水着に着替えに行こうとしちまってた。……そーだよな。国吉さんの言う通り、俺達は遊びに来たんじゃねーんだ。浮かれてちゃいけねーよな)
(いくら坊がお優しいからって、お言葉通り、水着に着替えようとするなんて。本当に、俺ってヤツは……。そうなんだよな。俺達の仕事は、坊や、坊の大切な方々を、いついかなる時でも、しっかりとお守りすること。水着で遊び惚けるなんて、とんでもない愚行なんだ。……国吉さん。確か、俺達と一~二歳しか違わないはずだし、一見軽そうに見えるけど……実は、しっかりした人だったんだなぁ)
二人はすっかり反省し、プロ意識の高い国吉に、尊敬の眼差しを向けた。
龍生は二人の様子から、すぐさま彼らの考えを察したらしく、軽くため息をつくと。
「国吉さんのお立場は、重々承知していますし、お仕事に対する心構えも、ご立派だとは思いますが……。正直に言わせていただくと、その暑苦しい服で目の前を行き来されるのは、勘弁願いたいのです。水着の用意がないのでしたら、せめて、もう少し涼しげな服に着替えてはいただけないでしょうか?」
龍生の重ねての申し出に、東雲と鵲はハッとする。
なるほど。我らの主は、ただ気を遣っていたわけではなかったのだ――ということに気が付いたのだ。
……まあ、確かに。
夏真っ盛りのこの時季に、真っ黒な服で目の前をウロチョロされるのは、相当鬱陶しいに違いない。
「涼しげな服、ですか。……ふぅむ、困りました。あいにく、私服の用意はして来ていないのです。替えのスーツなら、数着用意してはおりますが――」
「そうなのですか?……これはまた、ずいぶんと仕事熱心な方だ。一週間、ずっとスーツを着ているおつもりですか?」
国吉の返答に、龍生は本当に驚いたようで、目を大きく見開いている。
従者二人や、結太の前でならまだわかるが、龍生が他者の前で、大きな感情を表に出すことは滅多にない。
それを知っている結太は、『よっぽど意外だったんだな』と、龍生をチラ見しながら思っていた。
印象だけで言えば、国吉は、〝スーツを着ている〟こと以外、あまりボディガードっぽくも、真面目そうにも見えない男だ。
ヘアスタイルは、無造作ヘアとでも言うのか、毛先が右に跳ねたり左に跳ねたりと、キッチリしていないし、襟足もやや長め。髪色も、黄色味の強いダークブラウン。
見た目だけで人を判断するのは、よくないことではあるが……。
何にせよ、固い仕事をしているようには思えないのが、国吉七海という男だった。
「そうですね。先ほども申しましたように、遊びではなく、仕事で来ているわけですので。イーリスお嬢様からお呼びが掛かれば、平日休日関係なく、いつでもこの姿で対応出来るよう、日頃から心掛けております」
そう言って国吉は、営業スマイルを浮かべた。
その場にいる者達は、曖昧な笑みを返しつつ、心で『真面目か!』と総ツッコミを入れたのだった。




