第16話 結太、不用意な一言で女子の反感を買う
昼食後に、面片会のメンバーで話し合った結果、〝午後は一時間の休憩の後、各自水着に着替えて海岸に集合〟ということになった。
結太は休憩の話が出た時に、
「休憩一時間? そんなに必要かー? 十分くらいでジューブンじゃねーの?」
軽い気持ちで口にしてしまったのだが、そのとたん、
「はあ!? 何言ってるのよ結太!? 男と違って、女にはイロイロと準備する時間が必要なのっ! そんなことも知らないの? それに、昼食後すぐじゃ、お腹が……」
「そーだぞ楠木! 腹が出た状態で、私達に水着姿になれと言うのか!? 冗談は顔だけにしろ!」
ものすごい形相のイーリスと咲耶に責められ、結太はタジタジとなった。
しかし、ここでやり込められてしまっては、桃花の手前、カッコ悪過ぎる。
結太は勇気を振り絞り、反撃を試みた。
「腹が出た状態……って、そんなの、一時間程度休んだくれーで、へこむもんでもねーだろ? 消化して出すまでには、もっと時間掛か――っ」
言い掛けて早々、結太はハッとなって口をつぐんだ。二人がより一層、恐ろしい顔つきになったことに気付いたからだ。
……が、時すでに遅し。
二人は結太に対し、一斉攻(口)撃を開始した。
「はぁああああッ!? 結太ったら、つくづくサイテーね!! レディに向かって、〝出す〟とは何よ〝出す〟とはッ!? あなたには、デリカシーってものがないの!?」
「まったくだ!! おまえはサイテーだ楠木ッ!! 〝出す〟などと、女に対して言うことじゃないだろう!? おまえがそんなだから、いつまで経っても誰からも告白のひとつすらされないんだッ!!」
「そーよそーよッ!! 結太なんか、この先誰からも、相手になんてされないんだからッ!!」
「おまえのよーな迂闊で不躾で無神経で頭の回転の悪いうすらバカは、一生一人でいるがいいッ!!――いや! いっそ闇に滅してしまえ、このとんとんちきがッ!!」
散々罵った後、二人はフンっとそっぽを向き、ダイニングから出て行った。
二人の剣幕に、オロオロと見守っているしか出来なかった桃花も、慌てて後を追う。
一方的にまくし立てられ、呆然と立ち尽くしていた結太は、数秒の沈黙の後。
「なあ、龍生――」
「なんだ?」
「……オレ、あそこまで責められなきゃいけねーよーなこと、言ったっけ……?」
抑揚のない調子での質問に、龍生は小さくため息をつき、
「まあ、あそこまで怒るほどのことかと訊かれれば、『そうは思わない』――と答えてやりたいところだが……。〝女性に対し、デリカシーがない〟という点においては、うなずくしかないだろうな」
「う――っ。そ、そっか……」
結太よりは、遥かに女性に対しての見識が広い龍生が言うのだ。たぶん、その通りなのだろう。
またしても余計なことを言い、二人を怒らせてしまったのかと、結太はすぐさま反省した。
反省した上で、咲耶に言われたことのうち、引っ掛かっていた部分を改めて思い返し、
「……でもさ。『闇に滅してしまえ』――ってのは、どーゆー意味なんだ? 『闇落ちしろ』ってことか? それとも……死んじまえってこと? あと、〝とんとんちき〟って何?」
龍生にならわかるだろうかと、一応訊ねてみる。
「さあ――? 『闇に滅してしまえ』の意味は、なんとなくわかる気はするが……。『とんとんちき』の方は、俺にもよくわからないな。雰囲気からすると、たぶん、マヌケとかアホとか、そういう類の言葉だとは思うが。……咲耶は、数年前に亡くなられたお祖父さんの影響で、時代劇が好きだそうだからな。たまに、聞き覚えのない言葉を口走ることがあるんだ。今のも、その内のひとつじゃないか?」
「へえ。……時代劇……」
そう言えば、前にもチラッと、そのようなことを耳にしたかもしれない。
国吉にも、『〝これにて一件落着〟って、言ってみてくれないか?』と、目を輝かせながら訊ねていたし……。
お祖父さんの影響とは言え、今時、時代劇が好きだなどとは、ずいぶんとシブい趣味だなと、結太は感心してうなずいた。
「とにかく、エキサイトしている時の咲耶の言葉は、気にしない方がいい。俺も、あの程度のことはしょっちゅう言われている。あれは、彼女なりの照れ隠しなんだ」
「照れ隠しぃ!?――あれがぁ!?」
思わず、裏返りそうな高めの声が出た。
それでも龍生は、落ち着いた様子で結太を一瞥すると。
「ああ、そうだ。恥ずかしくなると、子供っぽい貶し言葉を投げつけて来る。そこで相手が怯んでいるうちに、逃げ出そうとするんだ。……フッ。可愛いだろう? 真っ赤な顔をして、涙目で睨みつけて来る咲耶を見ると、ゾクゾクするんだ」
「――へっ?……〝ゾクゾク〟?」
龍生の口から飛び出した意外な言葉に、結太の目はまん丸く見開かれた。
彼は何故か、恍惚とした表情で、どこか遠くを見つめ、
「そう。ゾクゾクと、だ。――あの表情を目にすると、どこであろうとすぐさま抱き寄せて、思いきり抱き締めたくなる。あまりにも可愛過ぎて……」
過去の出来事でも思い出したのか、クスリと微笑む。
結太は『へ、へえ……』と相槌を打ちながらも、
(睨まれてゾクゾクするってことは、龍生はMなのか?……いや。涙目になってるの見て、ゾクゾクするんだから……S?)
素朴(?)な疑問が脳裏を掠め、結太は首を捻った。
(……けど、涙目に〝ゾクッと〟したことはねーけど、〝ドキッと〟したことなら……まあ、あるよな? 伊吹さん、泣いてるわけじゃねーのに、いつも、ウルウルした目してるし……。あの目でジィーっと見つめられると、ドキドキどころかバクバクしちまって、妙に落ち着かねー気持ちになっちまうんだよなー……)
そこで結太は、桃花が実際に涙を見せた時のことを思い出す。
――桃花が咲耶と間違えられ、二人組の男によって、攫われてしまった日のことだ。
龍生の専属運転手の安田のお陰で、すぐに救出することは出来たが……。
手首と足首に巻かれていた粘着テープをはがし終えたとたん、桃花は結太に抱きついて来た。
そしてしばらくの間、震えながら泣きじゃくって――……。
(あの時の伊吹さん、すげー頼りなげに見えたっけ……。普段も、小柄で華奢な体つきだから、弱々しくは見えんだけど、そーゆーのとはまた違って……。どー説明していーのかわかんねーけど、オレ……『この人を守りたい』って、『守らなきゃ』って、強く思ったんだよな)
今も、その想いは変わっていない。
桃花は、見た目よりもずっと強いということも、わかってはいるのだが……。
それでも『守りたい』という願いは、少しも揺らがぬまま、結太の心に宿っている。
「――おい。いつまでそんな顔をしているんだ? 咲耶も、本気で怒っているわけじゃない。照れ隠しだと言っただろう? 集合する頃には、怒っていたことすらすっかり忘れて、ケロッとしているさ。恋人の俺が言うんだ。少しは信じろ」
結太の顔が曇っているのは、咲耶達のことを気に病んでのことと思ったのだろう。柔らかな口調で語り掛け、龍生は、結太の肩にポンと手を置く。
ハッと我に返った結太は、
(ヤベ…っ。龍生のヤツ、オレが暗くなってんのは保科さんのせいだって、誤解してんな?)
慌てて『ダイジョーブだ。もー気にしてねーよ』と答え、ニヘラと笑う。
龍生は、『そうか? ならいいが』と返した後、
「では、そろそろ部屋に戻るか。――と言っても、俺達は水着に着替えることくらいしか、することはないが……。ああ、そうか。俺は日焼け止めを塗っておかなくてはいけないんだった。日焼け止めは、どこに仕舞ったんだったか……」
そうつぶやくと、足早に入口へと向かう。
龍生は肌が弱い方なので、なるべくなら、日焼けはしたくないのだそうだ。
結太も、決して強い方ではないが、『男はやっぱ、白いよりも、日焼けした黒っぽい肌の方が、モテたりすんのかな?』などと思いつつ、のろのろと龍生の後を追った。
第2章はここまでとなります。
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