第7話 結太、龍生が同乗していないことにようやく気付く
桃花の『赤ちゃんみたいで可愛かった』発言に、顔を赤らめている結太を前に、咲耶は、
「『可愛い』と言われたくらいで、何を真っ赤になっているんだ?……まったく。宿題を終わらせるために数日徹夜したあげく、当日には、ボロボロの状態で車に乗り込んで来て、速攻で寝入ってしまうとは……。おまえには、学習能力というものがないのか? 前回別荘に行った時も、車中では、ずーっと眠ってたよな?」
冷たい目で結太を見据え、呆れたように言い放つ。
瞬間、結太はカッとなり、
「悪かったな、学習能力がなくてっ!――だいたい、前に行った時は、オレじゃなくて龍生が――っ」
思わず、『龍生が、薬か何かを盛ったせいで』と言いそうになったが、当の本人の姿が、車内のどこにもないことに気付き、数回目を瞬く。
「あれ……? そー言や、龍生は? 車には乗ってねーのか?……あ。前の席に乗ってるとか?」
くるりと振り返って確認するが、運転席に安田の姿が見えただけで、助手席にも、龍生は乗っていなかった。
不思議に思って顔を前に戻すと、再び咲耶が呆れ顔で。
「秋月から、何も聞いてないのか? 一度にヘリに乗れるのは、運転する東雲さんの他、四人だけだから、自分は前日に別荘に行き、あれこれ準備して待ってる――って、私には言っていたぞ?」
「えっ。……なんだ、そっか。そんなら、べつにいーんだけど。……ん? あれ? だとすると、国吉さんは? 確か、一緒に行くって話だったよな?……ん? そー言や、今朝は姿見てねーぞ? イーリス、国吉さんはどこ行ったんだ?」
そう言って隣に視線を移すと、ほんの少し前までニヤついていた顔が、不機嫌に歪んでいる。
「国吉なら、秋月くんと、秋月くん家のもう一人のボディガードさんと一緒に、昨日のうちに別荘に行っちゃったわ。お陰で、こっちは大迷惑よ。こんな大事なこと、昨日突然――しかも、電話で知らされたんだから」
唇を尖らせ、イーリスはふいっと横を向く。
結太は、『ああ。だから朝、隣から『キャーッ!!』って悲鳴が聞こえた後、バタバタと騒がしい音がしてたのか』と納得し、小さくうなずいた。
「イーリスも、そろそろ一人で起きられるよーになれよ。何でもかんでも、国吉さんに頼りきってっから、いざって時困るんじゃねーか。ちったぁ、自立しろよな。小学生じゃねーんだから」
朝が弱いイーリスは、学校がある日は必ず、国吉にモーニングコールしてもらっているらしい。
――が、それだけで起きることは、滅多にないのだそうだ。
国吉が朝食を作りに来る時間まで眠り続け、彼に叩き起こされるところから、彼女の一日が始まる……というわけだった。
イーリスは、ムッとしたように結太を睨みつけると、
「うるさいわね! 結太にはカンケーないことでしょ!? いちいち首突っ込んで来ないで――よッ!!」
『よッ!!』の言葉を発すると同時に、結太の両頬を指先で強く摘み、ギューッと横に引っ張る。
「イ――ッ!……痛ててててッ!!――はっ、放せイーリスっ!! 痛ぇーよ!! 痛ぇーーーってッ!!」
結太の言葉も意に介さず、彼女はぎゅむむと頬を摘み続け、
「フーンだっ。結太のバーカバーカっ。生意気な口利いてると、車から放り出しちゃうんだからっ。……いーい? 大人しくしてるのよ?――ほらっ。わかったら、『はい』って返事しなさい!」
八つ当たりとしか思えないことを言って、鼻先が触れるのではないかと思えるくらい、顔を近付けて睨んで来る。
あまりにも顔が近いので、桃花の手前、結太は焦った。
「わ――っ、わかったッ!! わかったから手を放せッ!! 放せってこのヤローーーーーッ!!」
とにかく早く離れてほしくて、目をつむりながら叫ぶ。
イーリスはパッと手を放し、『フフン。わかればいいのよ』と、満足げに笑った。
(――ったく! ほんっと勝手で、ムチャクチャなヤツ! これだから、〝お嬢様〟ってのは……)
ヒリヒリする頬を、両手でさすりさすりしながら、結太は横目でイーリスを盗み見る。
(……けど、初めて会った時は、もー少し可愛い――……っつーか、やたら人懐っこくて、親切な美少女って感じだったのにな。なんかすっかり、〝空気読めねー我儘お嬢様〟ってイメージに、変わっちまった気ぃするぜ)
病院で初めて会った日のことを思い返し、恨めしげに見つめていると、視線に気付いたイーリスは、たちまち眉間にしわを寄せ、
「はぁ? 何?――まだ文句あるってワケ?」
お嬢様と言うよりは、レディース暴走族の総長のごとき迫力で凄んで来る。
とっさにふるふると首を振り、正面に向き直ると、桃花が胸の前で両手を組み合わせ、心配そうに、じっとこちらを窺っていた。
(ほわぁ~……。やっぱ伊吹さん見ると、癒されるなぁ……。まるで天使。――いや。天使そのものだ。……ハァ。伊吹さん……)
一気に浮上した結太の顔は、デレっとだらしなく緩む。
そのとたん、
「結太様、皆様。そろそろ、場外離着陸場(ヘリコプターが離着陸するところ)に到着します」
運転手の安田が、前を向いたまま知らせて来た。
(いよいよか――!)
四人はそれぞれ顔を見合わせると、別荘でのバカンスへの期待からか、誰からともなく、顔をほころばせた。




