第8話 咲耶とイーリス、操縦士に迫る
「はあ!? 島に到着するまで、アイマスク付けてろですってぇえ!?」
「何だそれはッ!? そんな訳のわからんこと、秋月からは一言も聞いてないぞ!? いったいどーゆーことなんだ東雲さんッ!?」
手渡されたアイマスクを握り締め、イーリスと咲耶は、目を吊り上げて東雲に迫った。
東雲は、
(美少女二人に同時に迫られるなんざ、光栄の至り――……と言いたいところだが、おっかねー目つきで迫られても、大して嬉しくはねぇな)
などと思いながら、引きつり笑いを浮かべた。
引きつり笑いを浮かべている男の名は、東雲虎光。
秋月家の使用人で、龍生専属のボディガードをしている。(と言っても、今のところ、龍生が何者かに狙われているという事実もないので、〝雑用係〟と言ったところか)
東雲は十年ほど前から、縁(?)あって、幼馴染で大親友の鵲隼と共に、秋月家に仕えている。
見栄えのする男で、〝カッコイイ〟と評されることも多いが、空気が読めないのが玉に瑕だ。
たいていの場合、本人に悪気はないのだが。
余計な一言を発しては、しょっちゅう場の雰囲気をぶち壊している、トラブルメーカー的な存在だった。
もし、『この男のことを一言で説明せよ』という問題があったとしたら、答えの欄には、〝残念な二枚目〟と書くのが正解だろう。
それでも、性格上の問題を除けば、なかなかに有能な男ではあった。
学歴は高卒だが、在学中の成績は、常に学年トップクラス。運動神経も良く、生徒達からの人気も高かったようだ。
それらの能力を、秋月家当主の龍之助に見込まれ、ヘリコプターを操縦するために必要な、自家用操縦士免許(自動車で言うところの第一種運転免許)と事業用操縦士免許(自動車で言うところの第二種運転免許)も、二十歳の頃に取得していた。
商売をするわけではないのだから、自家用操縦士免許だけでもよかったのだが、ついでだからと、龍之助が全ての費用を払い、取得させたのだ。
事業用操縦士免許を取っておけば、この先、秋月家を離れることになったとしても、転職活動に役立つだろうとの、龍之助の考えだった。
まあ、東雲は、龍之助のことも龍生のことも、心から信頼し、敬愛しているので、秋月家を離れる気持ちなど、欠片ほどもないだろうが。
――という訳で。
秋月家に絶対的な忠誠を誓っている東雲が、『ヘリの中で着用してください』と言って、四人にアイマスクを渡したのは、当然のことながら、龍生の指示だ。
主人の言うことに、大人しく従っているだけなのだが、龍生が四人に対し、事前説明を怠ったせいで、美少女二人から詰め寄られる羽目になった。
「いやぁ~……。私はただ、坊ちゃ――いえ、龍生様からの指示に従い、行動しているだけですので。『聞いてない』とおっしゃられましても、こちらとしても、どうしたらよいものか……」
力なく笑いながら、東雲がタジタジになっていると、
「アイマスク……。あー! そー言やー、無人島のある場所って、秋月家以外の人間には知られちゃいけねーってゆー、家訓とやらがあるんだっけ? 確かそんなよーなこと、五月に別荘行った時、龍生が言ってたな。――今の今まで忘れてたけど」
以前、別荘に行った時のことを思い出し、結太が告げると、咲耶もイーリスも、同時に結太を振り返った。
「家訓!? 家訓なんかがあるのか!?」
「家訓なんて大袈裟な……って言いたいところだけど、秋月家ほどの旧家なら、あってもおかしくないわね」
咲耶はひたすら驚き、イーリスは、意外にも納得している。
やはり、秋月家ほどではないにしろ、藤島家も相当良い家柄なので、相通じるところがあったのだろうか。
「ええ。実はそうなんです。どういう理由でかは、私もよくは知らないんですが……。とにかく、島のある場所を、秋月家以外の人間には知られてはいけないんだそうで」
理由さえわかれば、大人しく指示に従い、アイマスクを付けてくれるだろう。そう考えた東雲は、ホッと息をついた。
こんなところで揉めていては、島に着くのが遅くなってしまう。
先に島に行って待っている龍生の機嫌は、かなり悪くなってしまうだろう。それは困る。
東雲は深々と頭を下げ、改めて四人に頼み込んだ。
「ここから島までは、結構時間が掛かります。アイマスクをしていては、景色も見えませんし、他のことは何も出来ず、退屈だろうとは思いますが……。重ねてお願いいたします。どうか、ヘリに乗っている間は、アイマスクを着用してください!」
四人は顔を見合わせ、しばらくの間沈黙していた。
だが、東雲に、ずっと頭を下げさせているわけにも行かない。
「わかったよ、トラさん。そーゆー事情じゃーしょーがねーもんな。するよ、アイマスク」
四人を代表して、秋月家と親交の深い、結太が返事をした。
東雲はすぐさま頭を上げ、
「ありがとな結――……っと、じゃねえ。ありがとうございます、結太様! そうしていただけると助かります!――それでは、早速島へ向かいましょう!」
明るい顔で告げてから、走ってヘリまで行き、操縦席に乗り込んだ。
四人も慌てて彼に続くと、結太は操縦席の隣に、残りの三人は、後部座席に乗り込む。そして渋々ではあるが、約束どおり、アイマスクを装着した。
「皆様。これから少々ご不便をお掛けいたしますが、ご了承ください。それから、ヘリの中では、アイマスクは絶対に外さないよう、お願いいたします」
四人が口々に、『はーい!』『了解!』などと返事をした後、ヘリは大きな音を立てて飛び立った。
四人は真っ暗な視界の中で、『この騒音じゃ、会話するのも難しいし……島に着くまで、眠っているしかないか』と、早々に目を閉じた。
しかし、やはり音が大き過ぎて、なかなか眠れそうにない。(機内にあるヘッドセットを使用すれば、一応会話は出来るのだが、『耳全体をふさがれるのは好きじゃない』とイーリスが言い張るので、却下となった)
(あー……暇だ。アイマスクしてっと、スマホも使えねーし、つまんねーなぁ……。五月に行った時は、気がついたら島にいた――って感じだったし、帰りは帰りで、脚をケガしてたから、痛みが酷くて、外の景色眺める余裕なんてなかったしなー。今回こそは、良い景色眺められるって思ってたのに、まさか、アイマスクさせられる羽目になるたぁーな。……ったく、龍生のヤツ。もっと早く言っといてくれりゃー、ワイヤレスイヤホンでも持って来て、スマホで好きな曲でも聴ーてられたのによー。完璧に見えて、時々、妙なとこで外してくんだよなー、あいつ)
そんなことをつらつらと考えながら、ムスッとしていた結太だったが。
十分もすると、騒音にも慣れたのか、次第に瞼が重くなって来た。
(うわ……。なんか……眠れそー……。騒音の中……でも、眠れ……っとか、けっこー図太ぇー……のか……な……オレ……)
結太の意識は、そこで途切れた。
他の三人は、どうしていたかと言うと……。
やはり結太同様、いつの間にか、眠りに就いていたようだった。
東雲は、妙に大人しい四人の様子が気になりはしたが、ヘリコプターは、ほんの少し体が傾いただけでも、機体が不安定になってしまうほど、操縦が難しい乗り物だ。終始、バランスを保っていなくてはならないので、一時も気が抜けない。
どんなに気になろうとも、一人一人の状態を確認することは難しかった。
(……ま、騒がれるよりゃあ、大人しくしてくれてた方が、気が散ることもなくて助かるけどな。アイマスクのせいで、目ぇ開いてんのか開いてねえのかもわかんねえが……たぶん、眠っちまってんだろ)
今日は快晴。
風も穏やかで、ヘリコプターのフライトには、絶好と言える日だった。
だが、龍生の恋人と友人を乗せているのだ。
いつも以上に、慎重に操縦しなくてはならない。
東雲は、ひたすら意識を集中し、神経をすり減らしながら、孤独なフライトを続けた。




