第4話 結太、秋月邸のソファで悶々とする
桃花達が水着売り場で大騒ぎしていた頃、結太は龍生の家にいた。
リビングのソファに座り、いつも以上に苦虫を噛み潰したような顔で、女中頭の宝神が淹れてくれたコーヒーを、ちびちびとすすっている。
もちろん、結太が〝苦虫を噛み潰したような顔〟をしているのは、コーヒーが不味いからではない。宝神が淹れるコーヒーが、不味いわけがないのだ。
だが、美味しいコーヒーを飲んでいても尚、そのような顔をせずにはいられない〝何か〟が、彼の身に起こった――ということなのだろう。
その理由を、既に聞かされていた龍生は苦笑して。
「いい加減、機嫌を直せよ。おまえはもともと不機嫌顔だから、気付かれないと思っているんだろうが、お福をなめるなよ? 幼い頃から知っているんだ。おまえの精神状態など、とうに見抜いているに違いない。次にお福がここへ来た時、まだそんな顔をしていようものなら、確実に質問攻めされるぞ? 覚悟は出来ているんだろうな?」
結太と違って紅茶派の龍生は、宝神に淹れてもらったダージリンのセカンドフラッシュ(夏摘み茶)を、高級茶器のティーカップに注ぎ、しみじみと味わっている。
ただ紅茶を飲んでいるだけだと言うのに、相変わらず、憎らしいくらい絵になる男だなと、結太は、更に眉間のしわを深くした。
ちなみに、余談ではあるが、秋月家で使用されている食器(特に茶器)は、高級で上質なものがほとんどだった。
外国製なら、ウェッジウッドやロイヤルコペンハーゲン、バカラやマイセン、リチャードジノリ、ミントンやロイヤルアルバートなど。国内製なら、ノリタケやナルミ、大倉陶園――陶器や磁器に詳しくない人でも、耳にしたことくらいはあるであろう、有名メーカーのものばかりだ。
その理由は、龍生の祖母や曾祖母が、揃って紅茶好きだったからと思われる。
彼女達が、紅茶だけでなく、茶器にもこだわっていたために、キッチンの食器棚には、有名メーカーのティーセットが、少なくとも、十数種類は並べられていた。(蔵には、その倍以上の茶器が眠っているが)
当主の龍之助は日本茶好きで、これらのティーセットを使用することは滅多になかった(来客があった時くらいだろう)が、龍生は、祖母や曾祖母に似て紅茶派だ。これらのティーセットを、その日の気分によって使い分けていた。
今日のティーセットは、ノリタケの〝しろつめくさ〟シリーズ。温かみのある白地の茶器に、上品なシロツメクサが素描(手描きで柄を描く技法)されている、龍生のお気に入りだ。
今は七月で、シロツメクサの開花時期は過ぎてしまっているが、お気に入りを使用するのに、季節は関係ないのだろう。結太も目にすることの多いティーセットだった。
宝神は飲み物を淹れに行く際、ほとんどと言っていいほど、結太にも、『どちらのコーヒーカップがよろしいですか?』と訊ねて来るのだが、今日も例外ではなかった。
茶器に全く興味のない結太は、毎回、『何でもいーよ』と答えている。そのたびに彼女は、ガッカリしたように目を伏せるのだ。
給仕のし甲斐がない客で、申し訳ないとは思うが、よくわからないのだから仕方がない。茶を淹れに行く背に向かい、心で『ごめん』と手を合わせるのが、いつものパターンだった。
――ということで。
結太は今日も、どこ製の、何というシリーズのものかもわからないコーヒーカップで、コーヒー以上に渋い顔をしながら、砂糖のみを入れたコーヒーをすすっていた。
渋い顔の訳はと言うと――……。
「うっせーな! しょーがねーだろっ、ムカつくもんはムカつくんだよ!……ったく、イーリスめ! 『今日は桃花と咲耶とデートなの。どう? 羨ましい?』だの、『水着を選びに行くのよ。み・ず・ぎっ。――ウフフっ。今ちょっと想像したでしょ? 桃花の可愛い水着姿、想像しちゃったんでしょ?』だの、『やーねー。イヤらし~わ~。これだから男の子ってー』だの、散々からかって来やがって!……だーっ、もーーーっ!! んなもん、羨ましーし、水着姿だって想像しちまうに決まってんだろ!! オレだって男だ!! 健全な、高校二年の男なんだッ!! 好きな子が水着選びに行くって聞かされて、何の想像もせずにいられるワケねーだろーがッ!! 悪いかチクショーーーーーッ!!」
そう叫ぶと、結太は両手で頭を抱え、ソファに座ったまま、両足をバタつかせた。
……要するに、女同士とは言え、桃花とデート出来るイーリスに嫉妬し、且つ、桃花の水着姿を想像しては、大いに心を乱されているのだ。
「あーーーーーッ!! ダメだッ!! イーリスに言われたことが気になっちまって、脳内が勝手に、伊吹さんに際どい水着あてがって見せつけて来やがるッ!! 伊吹さんの水着ファッションショー状態だぁああああっどーしてくれるコンチクショオオオオオーーーーーーーッ!!」
今度はソファに突っ伏し、右に左に、ゴロンゴロンと揺れ始めた。




