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81:魔性たる者達の晩餐



 無国籍創作料理店にて、お馴染み四人のペアはテーブルいっぱいに並ぶ豪勢な料理を前に、それぞれのカップル同士で席についていた。

 向かいに座っている今回の主役二人を前にして、満面なる笑顔に颯爽とした動きで右手を流れるように横へと滑らせて伸ばしながら、周囲にいる他の客達に気を使いつつ落ち着いた口調でユリアンは嬉しそうに言った。

「レグルスとミス在里(ありざと)の無事再会と、そして改めて二人の婚約を祝して! 今夜は俺からの奢りだ」

 テーブルの上には、真っ白いお皿にきゅうりやセロリ以外にも赤や黄色のパプリカも入ったカラフルなミックスピクルス、チーズとの相性が最高でバジルの葉が更に色鮮やかなアボカドとサーモンのクリームペンネ、多彩な魚介類豊富で中でも一際大きく目立つ有頭エビが自己主張するブイヤベース、やわらかジューシーでローズマリーの香りが食欲をそそるバルサミコソース骨付き子羊肉(ラムチョップ)などで、どれも素晴らしく美味しそうである。

「だ、だけど本当にいいのかユリっち。こんなにたくさんのご馳走……」

 他にもいろいろ多くの、最初の一口目をどれにしようかと悩みながらもまた別の方に目移りしてしまいそうな品数に、戸惑い尋ねる纏依(まとい)

「気にする必要はないさミス。私からの気持ちだ。どうか遠慮せずに大いに楽しんでくれ」

「無論」

 謙遜気味な纏依とは裏腹に、レグルスは傲然たる態度で受け入れる。

 そんな相変わらずの無愛想さと傲慢な態度ながらも、ユリアンはふと諭すような笑顔を彼に向けた。

「なぁレグ。お前の場合は言葉に多少なりとも遠慮さがあった方が可愛げがある」

 すると水の入ったグラスから口を離したレグルスがそれをゆっくりとテーブルに置いてから、今度は逆にユリアンを無感情さを醸し出しながら静かに諌める。

「……学生時純粋に懐いた汝に裏切られ――そんな汝の懺悔を今は斯様(かよう)にして赦し――しかしながらその汝の妹に互い振り回されて、死に掛けた汝を救出し尚且つ封印されし(それがし)は汝――貴兄に救出された……これ以上まだやはり、いい年した某に愛嬌を要求するかユリアン」

 その漆黒の双眸から真っ直ぐに見咎められ、ユリアンは翡翠の双眸をキョロキョロと泳がせた。

「OKレグ。寧ろ逆にそんなもの出されたら余計不気味に――いや、お前じゃなくなるからな。それでこそお前だレグルス」

 しっかり手痛い嫌味を含んだレグルスからの応酬に、ユリアンは嘆息と共に軽く頭を振りながら両方の掌を彼に向けて見せた。

 そこにユリアンの隣に座っていたあやめが明るい声で割って入る。

「本当なら私の手料理を振る舞ってお祝いすべきだったかも知れないのにね☆」

 そんな彼女の言葉に、ユリアンは至って自然な笑顔を向けた。

「ここがイングランドなら是非そう願いたいが、せっかくだから君も息抜きがてらに肩の力を抜いて愉しむべきだ。今まで二人の帰還を求めて我々も頑張ったのだから」

 彼の言い出しに疑問を持ったあやめは、不思議そうな表情を見せる。

「どうしてイギリスだったらいいの?」

 彼女の純粋な質問に、相変わらずユリアンは至って自然な大人の微笑を何事もないかのように湛えている。

「そりゃあ日本人であるあやめの手料理だ。そんな異国のジャパネスク料理ならきっと興味津々ながらも喜ばれるし、それに――君の手料理なら何も気付かないままに(・・・・・・・・・・)きっとイングランド人(連中)の口にも合う」

「ホント!? そうか~ぁ! じゃあ今度イギリスに行ったらそうしようっと♪」

 ユリアンのそれとない隠喩に気付かず、素直にはしゃぐあやめ。

 イギリス料理は世界的レベルで最下位と言えるほどにマズイ。それは国民達も認めていて自虐ネタにするほどだ。

 そもそも英国は昔から伝統的なまでに料理に対しては無関心であり――もっぱらお菓子作りや芸術等に偏っている――料理に時間や思考を凝らすのは人生の無駄だと言う英国人も多いくらいだ。

 不思議な事に料理は無関心だがお菓子には工夫を凝らす習性があるのは、本来英国では昔は昼食が存在しなく午後の紅茶を代用にしていた為で、その風習から自ずと英国人が料理にまで砂糖を多く使用してとんでもない味に仕上げてしまうのはそうした発祥が原因でもある。

 更に述べると、本来の風味や食感が分からなくなるほどの食材の過剰加熱――茹で過ぎや黒くなるまでの揚げ焼き――や一切の味付けをせずに食べる直前の当人任せなどといった丸投げ状態が、世界常識劇場とも言えるほどの英国料理のマズさを確固たるものにしたようだ。

 そんな国なのだからひょっとして、あやめの手料理に誰も疑いを持つまいと言うユリアンの心理に隠された皮肉であったのだが、そんな彼の心情たる気配と共に言葉だけでもつまりそう言う意味なのだとすぐに把握したレグルスは、ボソリと呟いた。

母国の伝統料理(・・・・・・・)を常時頂けるとは何とも羨ましいですな」

 彼お得意の皮肉である事は明らかなのだが、今やもうすっかり慣れきってしまっているユリアンは澄ました顔で答える。

「まぁ俺自身が料理担当を引き受けている意味では、確かにその通りだな。今度お前にも俺の“母国伝統料理”を是非ご馳走してやろうレグ。さぞかし懐かしがる事請け合いだぞ」

「生憎ながら日本(こちら)に長らく在住した恩沢にて味覚レベルが向上しましてな。最早母国料理などたる野蛮食は(それがし)の口には合わぬやも知れぬが、ローストビーフかスコッチエッグであらば食ってやらんでもない」

 言いながらレグルスは、鶏肉のアーモンドロールをナイフで刻むとフォークに刺して口に運んだ。

 それはクコの実と干しプルーンを溶かしバターとハチミツで混ぜ合わせてから生ハムで包み、塩コショウで下味して薄く広げた鶏肉でその生ハム包みを巻き、細かく砕いたアーモンドを衣に油で揚げた料理だ。

 英国人に言わせるところの、“手の込んだ料理は人生と時間の無駄”なる侮辱対象ではあるが実際に食べてみれば、英国人に衝撃を与えるほどの美味さである事は間違いないだろう。

 それに悠然と舌鼓打っているレグルスの言う、ローストビーフとスコッチエッグは唯一まともな料理として食べれる英国料理だ。――詳しく言えばまだ他にも数える程度くらいはあるが(植民地時代に得た他国料理を母国料理としてアレンジした逆輸入料理)

 するとレグルスの隣に座ってかぼちゃのポタージュを口にしていた纏依が、今度はフォークに刺したプチトマトのハチミツマリネを口に放り込みながら会話に参入する。

「何でも以前、レグがハーブとニンニクを使ったウサギ肉のシチューが食べたいって言ってたから、今度作ってやろうと思ってるんだよ」

 それにレグルスがさらりと付け加える。

「その時はポットロースト・パートレッジの煮込み野菜添えも所望したいところではありますな」

「あ? ポットロースト……何?」

「ポットロースト・パートレッジ。イングランドで食されるヤマウズラのことだ」

「そうか、ああ、いいけど……ウサギにヤマウズラにしろ日本では手に入りにくいだろうから、探して入手しねぇとな。日本に生息しているそこら辺のとは明らかに違うだろうから」

 食事の手を進めながらもレグルスと纏依が平然と他の料理の話をしている中に、ユリアンも話題に入ってきた。

「私が育った家での家庭料理でのシチューと言うと、ウサギではなくハトがもっぱら大人気だったんだよミス。なので私はハトのシチューが好みで――」

 途端、まだユリアンの話が終わらないうちに賺さずレグルスが口を挟んだ。

「ウサギのシチューを貴兄の為にむざむざ譲る気は毛頭ない。唯一(それがし)が好む母国料理なのだからな。それを我が妻になろうという女に作ってもらえるのだ。――尤も、この間に起きた事態のせいで当人はその確約をすっかり忘失しておられたようだが」

 途中、もれなく含まれた自分への嫌味に纏依は、手を伸ばしていた真鯛のカルパッチョに刺したフォークを動揺して皿の上で思わず滑らせる。構わずレグルスは話を続ける。

「その西欧であるイングランドの料理を遠く離れたこの日本でわざわざだ。何ゆえ貴兄の希望を纏依に伝える必要がある。貴様は己の女であるご友人殿――いや、うむ、……ミス星野に作って貰えば好かろう。加えて何でも手法がイギリス料理並みとあらばさぞかし伝統料理に近づけよう」

 途中、あやめに対しての初めて受け入れた呼び方にすべく少し口ごもりながらも、皮肉はしっかり付け加えるのを忘れない辺りが彼らしい。

 不味い英国のグダグダな調理法イコール、最早料理とは呼べないまでに被爆化するあやめの“食べれない手料理”を勝手に同一するレグルス。

「俺はただ自分の好みを言っただけだろう。別にミスを取って喰おうってわけじゃあないのだから、そう怒るなレグルス」

 口調は静かで単調ながらも、しっかり怒気が含まれている様子のレグルスの意見を、苦笑して気軽にあしらえるようになったユリアン。徐々にではあるが、遠い昔のような先輩後輩たる義兄弟に等しい関係に戻りつつあるようだった。

「イギリスではハトとかウサギを食べるなんて、今初めて知りました。……もふもふウサちゃん、可哀相……」

 小皿に取り分けた魚介のパエリアを食べながらそう言ってきたあやめは、スプーンを唇に当てながら少し悲しそうな顔をする。

 だがしかし、日本人も元々はタヌキやクマも食していたわけで、それを知らぬ今の若者はクマさんのヌイグルミだのと愛着を示しているのが実情だ。

 そんなあやめへ隣にいるユリアンが、縦半分に割られたオマールエビの蒸し焼きの身をフォークでほぐしながら答える。

「いや、ペット用ではなく食用だから猫以上に大きいウサギなんだあやめ。だが最近ではそんなイングランドでもウサギやハト料理は珍しくなってきている。若者が手軽さを好むせいでね。我々世代から言わせると昔懐かしい家庭料理なのさ」

(それがし)は満足に家庭料理を味わった記憶がないがな」

 そうもれなく呟くように付け加えてきたレグルスに、隣の纏依がさりげなく言葉を返す。

「だから俺が今後レグのリクエストに応えて作っていくのを、新たな家庭料理にすればいいじゃん」

「纏依……」

 彼女の言葉に感銘を受けたレグルスは、ふとそんな纏依へと顔を向ける。同じく彼女もレグルスへと顔を向けて、テーブルの向かいにいる二人の存在を他所に見詰めあうレグルスと纏依。

 だったが、そんな二人の雰囲気をこちらあやめも他所にしてあっさりと一蹴しながら、愛するユリアンに嬉しそうに声を弾ませてきた。

「じゃあじゃあ~、私もユーリの大好きなハトのシチューを作ってあげるから今度公園で、一緒にハト捕まえよう!?」

「いや、あやめ、ハトは公園のではとてもじゃないが不味いし衛生上食べられるものではない。だから食用のハトが別にいるからそれを……いや、だがしかし……その、気持ちは……嬉しいよ。本当に、うん……」

 笑顔を引き攣らせながら後半、苦しそうに答えるユリアンに纏依は面白そうにクスクスと笑うのだった。

 こうして久し振りに楽しい晩餐の時間はたちまち過ぎていった。

 特にすっかりユリアンを赦し、これまでは騒がしいだけでしかなかったあやめの存在も受け入れて、心から愛する纏依を取り戻して以前まで孤立していた心の陰鬱なる重圧も、どこか軽く感じられるようになったレグルスにとってはそれはそれは長らく得られなかった、そして大人になって初めて感じられた楽しさであった。

 また等しく纏依も彼と全く同一の気持ちだった。

 こんなに食事が心から楽しく、そしてまた美味しいと感じられたのは一体、いつ以来だったことだろうか……。

 互いの同じ感情は自然にフィーリングしあい、相変わらず無表情の中にもこれまでと違い穏和さを含む漆黒の目のレグルスと、纏依は視線を交えて至福を味わうのだった。


 駐車場にて。

「今度は共に酒を飲み交わそうレグ。大人になってまだお前と一度も杯を交えた事がない」

 自分の赤茶色の愛車(アテンザ)の運転席側のドアの前で、ユリアンが車の向こうにいるレグルスに声をかけた。

 レグルスも同じく自分の漆黒の愛車(クラウン)の運転席側のドアの前で首肯する。

「うむ、構わぬ。異論ない。(それがし)も満足な酒の相手を求めていたところゆえ」

 そうしてチラリとアルコールが飲めない(飲めるけど三口で寝込む)助手席側のドアの前にいる纏依へ一瞥を寄こした。その彼からの視線に纏依は少しだけ顔を顰めて見せる。

「その時は私も是非~☆」

 挙手の姿勢でピョンピョン飛び跳ねながら話に入ってきたあやめを、ユリアンが軽く受け流す。

「男同士ゆっくりと味わった後にでも、あやめもいずれになるがね」

 あやめは酒豪並みに酒には強いが、ピークに達すると駄々っ子ニャンニャンになってしまうのが少々難点でもある。


 こうしてそれぞれのカップルは車に乗り込むと、クラクションを挨拶代わりにその場解散にて帰路へと至るのだった。





 大変長らくお待たせしました。

 戻ってきたレグルスから早速ハリセンで頭をはたかれまくりながら書き上げましたので、どうぞお許しくださいw

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