もっと、柔らかい
「想像か、した事ないけど……」
嘘だ。
「そうだな、たぶんだけど、化学繊維を使ってる様な感じだし……水着と近いんじゃないか?」
「と、思うよね!?」
幾瀬はとうとう笑顔を見せた。きっと質問の答えは間違っているのだろう、だけど幾瀬が欲しかった答えだった様だ。
「違うのか?」
満面の笑みで大きく頷く幾瀬。何だかよく分からないが幾瀬が元気を取り戻して良かったし、ブルマの感触が水着と違うと言う話も興味深いし、何これ俺今超楽しい。
「ブルマはね、水着みたいなつもりで触れるとその柔らかさにビックリするよ」
「柔らかいのか?!」
「そうなの! もちろん色んな素材のブルマがあるだろうけど、どれにしたって水着の感触とは違うわ。ブルマはもっと、柔らかい……」
柔らかい……。なんて事だ、ブルマは、もしかしたら俺の想像を遥かに超える魔性のアイテムなのかもしれない!
「もっと……聞かせてくれないか……」
こんな事を聞いたら嫌われるかもしれないと言う理性は、ブルマへの好奇心で一掃された。幸い、幾瀬は嫌な顔をせず俺に話しを聞かせてくれる。
「ブルマは柔らかい。それでいて肌にピッタリとフィットして何とも言えない安心感と、その面積の狭さから来る、見えてしまわないのかしらと言う不安感が入り混じってなんかもう……上手く言えないけど私の中で何かが分泌されてふぁあああーってなっちゃうのよ!」
なんって事だ……。ブルマをはいてそんな感覚に陥るなど……。
「おかしいよね……。分かってる……そう、私は……私はきっと、ヘンタ……!」
「幾瀬!」
さっきまで喜々としてブルマを語っていた幾瀬が、はいてもいないのに何かが分泌された様で急にまた取り乱してしまった。
俺は幾瀬の肩に両手を置いて力強く言う。幾瀬はハッと我に返ったように身を固めたが構わず続けてやるさ。
「お前は間違っていない!」
幾瀬がさっき、自分の事を何と卑下しようとしたのか分かる。だけど言わせない。何故なら幾瀬は変態などではなく、やはり正真正銘の女神だからだ。
だけど、他のブルマ経験者が幾瀬と同じ様な感覚に陥るのかと聞かれたら、たぶんそれは少数派だ。いちいち全員がふぁあああーってなっちゃうなんて事はないだろう。
だがしかし、俺に間違っていないと言われた幾瀬の顔が期待している。自分はこのままで良いの? と、俺に肯定されるのを期待している様に見える。もちろんだ幾瀬はこのままで良い。なら俺は何か言ってやらなくちゃだろ!
「ブルマは可愛い! それをはいてふぁあああーってなっちゃっても全然おかしな事じゃない! 現に俺は聞いているだけで何かが確実に分泌された! 確実にだ! まだブルマの神秘に人類が気付いていないだけでお前は何も間違ってない!」
「まだ……みんなが気付いていないだけ……」
「そうだ、気付かないままに、愚かな人類はブルマを廃止してしまったんだ」
「そ……そんな筈……」
「どうしてないって思うんだ? もし幾瀬が変態なら俺も変態って事になっちまう。たまたまここに変態が二人集まってしまっただけだろうか? 否、幾瀬がブルマの素晴らしさ、可愛さを俺に教えてくれたからだ」
演説まがいの俺の言葉を幾瀬が目をぱちくりさせながら聞いている。俺は幾瀬が相槌を打とうが打つまいが構わずに演説を続けた。思い付く限りの……でまかせを。少しは本当にそう思っているので、大袈裟に言ってやってるだけに過ぎない。
しかし、それも届いているのかいないのか、幾瀬はウンともスンとも言わない。
「ええとだから……つまり……幾瀬! お前は女神だ!」
俺がとうとうここまで言ったところで、幾瀬はとうとう……
「ふふっ」
笑った。
「何だ幾瀬、何が可笑しい。俺は……」
ようやく反応してくれた事にホッとしながらも、俺は極めて真剣なんだと続けようとしたが、その決意は幾瀬の笑顔に溶かされてしまった。
「ありがとう、大嶋君。ごめんね、優しいんだね」
「え……」
「大丈夫……良いの。ブルマが今どこの学校でも使われていないって事が何よりの答えなの。だから私はせめて一人で、誰にも見てもらえないブルマを愛でる事しか出来ない……でもそれで満足だから」
俺のでまかせに、幾瀬は気付いていた。気付いていて黙って聞いて、最後には俺の気持ちを汲み取ってくれた様だ。そんな風に笑われたら、俺はもうベタに頭をポリポリ掻いて目を逸らせる事くらいしか出来なくなってしまう。例えブルマがなくっても、幾瀬は女神なのかも知れない。
「……座れよ……。あ、カップ空だな、母さんに頼んでまた何か……」
「ううん、平気、もう十分温まったから」
「そうか……」
そして……。俺達は二人で並んで座って、乾燥機の終了音が聞こえてくるまでの間、他愛のない話をして過ごした。本当に他愛のない、ブルマとは関係のない話しだ。友城とのアホ話しに笑ってくれる幾瀬はとても可愛い。
しばらくして母さんが送って行くと頑張ったが、幾瀬は家の人に迎えに来てもらうと、母さんと幾瀬のお母さんが玄関先で少々話し込んだ。幾瀬も母親似なんだろう。目元の小じわが優しそうな、上品な雰囲気の美人である。
あらあらまぁまぁごめんなさいね、あらあらまぁまぁ良いのよそんな、長いわりにそう中身のないやりとりをしているお互いの母親の隣に立って、気まずそうに終わりを待つ俺と幾瀬。
「では、ご迷惑おかけしました。失礼致します~」
幾瀬のお母さんがそう言って話しを切り上げると、去り際に俺の顔をチラリと見てから幾瀬は帰って行った。口元には、ほんの少し笑みが見えた気がする。だから俺も、小さく手を振った。腰の辺りでこっそりだったから、気付いたかどうか知らないけど。
何だったんだろう。幾瀬とのこの時間は。間違いなく俺は俺の女神を見つけたのだが、その女神は女神故に、少なからず今現在のブルマの在り方に悩みを抱えている。そしてそれはどうしようもない事だと諦めて一人抱えている。
何とかその思いを解放してやりたいなんて、宝くじ一億円当たったら良いなと同じレベルでしか思えない俺はちっぽけだな。
でも、それが現実だ。
俺はそうして幾瀬と過ごした時間の余韻を、時に甘く時に切なく反芻し、そうだ、俺だけが分かってやれると言う特別感は悪くないと言うところへ着地した。
そう、俺だけ、俺だけで良い。そう思って眠りについた、あの、台風の夜。まさかそれが、翌日には覆される事になろうとは……。




