OBS
去り際にちらりと幾瀬に目をやると幾瀬もこちらを見ていた。慌てて目を逸らし、ごまかす様にティーカップに口を付けてアチッとか言ってる。女神……。
仕方なくシャワーを浴びに脱衣所に入ると、乾燥機が回っていた。
うちはドラム式の洗濯機ではなく、縦型の洗濯機の上に後付けで乾燥機を設置しているので、その乾燥機の丸い小窓は丁度目線の高さくらいにある。
ああ、幾瀬の服を乾かしているんだな。と、そう大して気に留めず、俺は着替えたばかりの部屋着をまた脱ぐ。
制服はさすがに入れてないだろうけどジャージとか下着とかを入れているんだろう。
「…………」
そう……ジャージとか下着とか……あと靴下か。うん。
「ダメだぞ……俺……」
何がってワケじゃないが俺はそう独り言を言っていた。
家庭用の洗濯乾燥機だ。コインランドリーで見る様なでっかい透明な扉が付いている物じゃない。小さめのブルーの色ガラス……だけど、それでも中で何かが跳ねているのは良く分かる。
この乾燥機の中で……今、ジャージとか下着とか靴下とか……あと……あと……!
「ハッ……!?」
他の洗濯物に紛れて良くは分からなかったが、ひと際輝く何かを俺の邪眼が捉えた。たまらず乾燥機にガッシとしがみ付く。
「……踊ってる!」
今のは確かに……ブルマだ!!
分かる、俺には分かるぞ。ああほら、また跳ねた。えんじ色の学校指定ジャージの陰から、紺色の三角がぴょんと跳ねて笑ってる。うふふっ、可愛いなぁ!
ああっ、また見えた! 上へ下へと忙しなく跳ねては踊る。おいおい、いくら張り切っても乾燥機の広さは限度があるんだゾ。お転婆なブルマさんだ事! OBSだ事ぉぉぉ!
俺の鼻息で乾燥機の小窓が曇って来た。ただでさえ色ガラスなのにもどかしい。
ええい、なんだこんなもの……! 窮屈だろう、今出してやるからな!
思わず乾燥機の扉を引っ掴み、ガチャリと手前に引く。途端に鳴り響く、けたたましい警告音。
ピーッ、ピーッ、ピーッ、ピーッ……!
「!」
その音に我に返り、慌てて扉を閉めてもう一度【乾燥】と書かれたスイッチを押した。幸い乾燥機はまた何事もなかった様に動き出したが、パタリパタリと……。ゆっくりこちらに向かってくる母さんのスリッパの音が聞こえた気がして、素早く脱衣。浴室に飛び込んでシャワーコックを捻った。
直後、スラリと引き戸が動く音がして母さんが浴室の俺に声を掛けた。
「奏介」
「なに」
「開けてないわよね?」
「何を」
「……」
「……」
たぶん母さんは悟ったんだろう。あの警告音は気のせいなんかじゃないって事を。しかし、俺をそれ以上責める事なくまたスラリと引き戸が閉められた音がした。ありがとう母さん……。思春期の息子を持つ母親としてその対応は神だ。
それにしても何をやってるんだよ……。俺は明らかに昨日までの俺とは違う。ブルマは俺にパワーを与える。が、しばしば惑乱させる。
早く出ようっと……。
シャワーを終えてリビングへ戻る。
「早かったのね。あっ! あー、お母さんあれだわ、ちょっとキッチンでやる事あったんだわ~! じゃあね小春ちゃん、ゆっくりしててね、乾燥機終わったら教えてあげるからね」
そう言っていそいそとリビングを後にした母さんの背中に向かい、俺は心の中で思いっきりこう叫んだ。
わざとらしいわ!
もうちょっと上手くやれないものか……いや贅沢な事を言ってはいけないな。母さんは約束通り俺と幾瀬を二人きりにしてくれて、乾燥機が終わるまでと言う時間も作ってくれたのだ。
さて……と、俺もソファーへ座る。幾瀬に警戒されない様に十分な距離を取った。間にもう一人座れるくらいの間隔だ。
「明日には……台風通過してるって」
意外にも、先に話し掛けてきたのは幾瀬だった。こっちを見ずに、膝元に乗せた自分の両手を見詰めている。
「そうなんだ」
「シャワー、先にごめんね」
「良いよ、全然。あのさ幾瀬……」
「大嶋君のお母さんってさ! すごく若いよね」
「そうかな……若作りしてるだけじゃね? そんな事よりさ……」
「親子なんだなってすぐ分かるよ、似てるもん、目元とか」
「ああ、ははっ、ちょっと垂れ目なとこ? 俺男らしい顔じゃないし似てるとは言われるわ。それでなんだけどさ……」
「ミルクティもすごく美味しかったし、お料理も得意なんじゃない?」
「……さぁ……普通だと思うけど……」
「たまにはちゃんと美味しいって言ってあげたりとか、さ、お母さん嬉しいと思うな!」
俺が今から何を言い出すのか予想しているのか、あからさまに俺からの発言をねじ伏せている。ブルマの事に付いて触れられたくないと言う思いは伝わった。伝わったがしかし、このままねじ伏せられて居るわけにはいかない。幾瀬は俺の女神なんだ。何が何でも俺のイメージを回復しておく必要がある。
「私もたまにお料理するんだけど、やっぱり食べた時に美味しいって言ってもらえると……」
「ブルマは人に見られても何も恥ずかしくないものだ! そして俺が見たのはそのブルマだ!」
幾瀬の、特にオチのない、ただの時間稼ぎトークを遮って、俺は強引に俺の言いたい事を言いきった。
「なぁああはぁあああああ~~~!」
すると……到底、人の声とは思えぬような奇怪な声を発しながら、幾瀬はソファから転がり落ち、そのまましばらく床を転がりまくってから、ソファの後ろに蹲ってしまった。
ソファの背もたれ部分を掴みながら、下を向いたまま動かなくなった幾瀬を見て俺は途方に暮れる。




