変なあれ
「幾瀬! お前大丈夫か?」
あんな別れ方をされて気まずいと言う思いをふっ飛ばして、俺が思わず声を掛けたのは幾瀬の様子がどうも尋常ではないと感じたからだ。
後ろ姿で分かる程ずんと肩を落とし、傘もささずに、雨風に抵抗する様子も一切見せずに、ふらふらと歩いているのだ。雨が降り出してからずっとこの調子なのだとしたら、走り去った幾瀬に俺が追い付いてしまうのも無理はない。
「おっ……大嶋……くん!」
呆然と歩いていたであろう幾瀬は振り返り、俺の名を呼ぶとすぐに近くの電信柱の後ろに身を隠した。全然隠しきれてないけど。てかもう遅いんだけど。
「大丈夫! 大丈夫だから!」
電信柱にしがみ付いて断固顔を見せようとはしない幾瀬。ずぶ濡れの制服のスカートの下にはジャージを履いている。さらにその下にはきっとブルマも履いている。さぞブルマも濡れているのではないだろうか。いやそんな事より……。
「お前、今日絶対降るの分かってただろ、傘持ってないのか? 持ってても濡れるだろうけど……」
「持ってる!」
「じゃあ何でささないんだよ、ダメでも傘が壊れるまではさし続けてしまうのが雨の日の日本人の心理じゃないか」
「今私は普通の日本人じゃないもの!」
「どう言う事だよ……」
「ほっといて!」
そう言ってようやく顔を向けた幾瀬を、俺は到底放っておく事なんて出来ないと思った。
これはどう考えても……俺のせいなんだろう。
不可抗力とは言えブルマを俺に見られてしまったあの瞬間から幾瀬は冷静ではない。このまま幾瀬を放っておいたら本当に次の登校日に俺は女子から謂われない誹謗中傷を浴びせられるのではないだろうか。
もちろん幾瀬は女神だ。ブルマ神だ。だがここは俺の保身の為にも幾瀬とキチンと話し合う必要がある。
「ちょっと落ち着け。な? 家すぐか? 俺んち寄るか?」
「大嶋くんちに?!」
「ああああ違う違うそう言う変なあれじゃなくて普通に……」
「変なあれって?!」
「だからっ……! あーもー! 来い! 親も居るから安心しろ!」
どうにも話の通じない幾瀬にしびれを切らせて俺は傘をたたみ、一緒にずぶ濡れになりながら幾瀬を引っ張って歩き出した。幸いもう自宅までは二百メートルもない。
「ちょっ……待って大嶋くん! 大嶋くんっ!」
最初こそ抵抗を見せた幾瀬だったが、疲れたのか諦めたのか、案外大人しくなり……自宅に到着して玄関のドアを開けてやると素直に中に入ってくれた。
「奏介? おかえり~……て、随分早いけど台風で休校にでもなった……の……え? あら? 彼女?! 二人ともずぶ濡れじゃない、傘どうしたの傘!」
「……彼女じゃないよ、今んとこな」
帰宅と同時に色々と捲し立てる母親に、俺は何から答えたもんかと思ったがとりあえずそう答えた。
「「今んとこ?!」」
幾瀬と母さんの声が重なる。
大胆な発言だったかも知れない。そうじゃなくてもクラスメイトの女子を強引に自宅へ招き入れるなど大胆極まりない事だと思う。ああ、俺は明らかに昨日までの俺とは違う。
そうだ、ブルマは俺にパワーを与える。
「とりあえずタオル。それから幾瀬の事車で送ってってやれない?」
「良いわよ良いわよもちろん良いわよ! 幾瀬さんって言うのね! 良かったら服も乾燥機に入れてあげるから上がって着替えて! 女の子は冷やしたらダメなんだから!」
急に張り切り出した母さんに幾瀬は恐縮しきってこう言った。
「いっ……いえ! あの、大丈夫です。電話して迎えに来てもらいます……」
「ダメダメ! そんな濡れたままで居たら風邪ひいちゃうから!」
母さんは半ば強引に幾瀬を上がらせ、そのまま洗面所の方まで誘導した様だ。そしてその場から大声で玄関につっ立ったままの俺に言う。
「あんたはタオル持ってくまでちょっとそこで待っててー!」
「へーい」
少々強引なのは母さん譲りだったんだな、俺。まぁ母さんは妙に嬉しそうにしてるし、おそらく息子の彼女候補としては申し分ないと言う見込みだったのだろう。当然だが。
そうしてしばらく玄関につっ立って待っていると、にやけた顔の母さんがようやくタオルを持って来てくれた。
「可愛いじゃん」
「うん」
俺が素直に返事をするとは思わなかったのかますます口の両端を吊り上げながらこう続ける。
「今シャワーで温まってもらってるからね、あんたは適当にそれで体拭いて着替えてらっしゃい」
幾瀬がうちのシャワーを浴びている……。うわぁ。なんだそれは……。




