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人質に行く

「よし、ワシが村上様を勝たせてやる! 貞種、木曽殿のほうは頼んだぞ」


 9月5日、小笠原長時は高らかに言った。貞種も中塔から木曽義康との交渉のために呼ばれた。御家滅亡以来、血気ある雰囲気が初めて沸いた。小僧丸は嬉しかった。御家滅亡してからの長時は、気難しい顔ばかりしていた印象が強いが、初めて勇ましく見たからだ。

 小僧丸は長時を信じた。

 長時は20人ほどの護衛をつけ、村上義清と高梨政頼との和睦のために旅立った。高梨政頼には前日に書状と早馬を出して、仲裁を伝えた。

 9日、武田軍が砥石城の攻撃を始めるも、以後、直接攻撃はない。別動隊を構成し、地蔵峠を越え、尼厳(あまかざり)城の攻略を始める。

 貞種も交渉を成功させた。次の命令こそ、木曽義康は軍勢を出すと誓ってくれた。

 10日、川中島豪族、寺尾(てらお)城の寺尾太郎左衛門が武田に寝返る。

 12日、村上家と高梨家の和睦交渉が、善光寺のとある宿坊で始まる。

 15日、和睦が成立した。そのうえ、軍事協定まで結ばれ、合同して武田晴信を殲滅すると誓う。北信濃中に軍勢の招集が広まった。両家が本気で軍を動かすなら、間に位置する川中島の国衆や豪族たちは、両家に続けと急ぎだす。

 19日、北信濃豪族須田(すだ)氏が武田に寝返るも、善光寺の東、横山に村上・高梨ら北信濃連合軍およそ8000が集まった。武田の別動隊は本隊合流のため退却する。

 22日、北信濃連合軍は武田側についた寺尾城を攻撃、落城、降参させた。

 23日、砥石城主山田(やまだ)国政(くにまさ)にも、武田晴信の下にも、寺尾城落城の報が入った。味方の籠城衆は歓喜した。逆に武田勢は判断に迷ってるようだ。撤退も城攻めもしない。待ち伏せ策を講じてるのだろうか? 村上家の庭で……。

 10月1日、北信濃連合軍は武田軍の側面を突いた。そして、大勝利を収めた!

 負けた武田軍は望月城へ撤退した。

 平瀬城に戦勝報告が来たのは3日、前日の日暮れどきには噂をきていたから、この報せをもって確定した。皆、声高に喜んだ。子供達は両手をあげて、素直に喜んだ。だが、大人たちは心置きなく喜んでいなかった。後々から来る情報では、武田軍戦死者のなかには、旧小笠原の名前がちらほら出てくる。あと、奴らはいくさに勝てば、大塔合戦と絡めて図に乗る。


「あいつら面倒くさいもんな」


 と、大人たちのため息が漏れ聞こえた。

 武田晴信は7日に甲府に戻り、村上義清は10日まで佐久郡の武田領を荒らしまわってから、坂城へ凱旋した。

 12日、長時が平瀬に戻った。軍勢の招集とともに小僧丸たちの坂城行きも命じた。





 15日、小僧丸たち一行は、人質として坂城の村上家館に入る。村上義清は熊のように大きくて強そうな男というが、その通りの外見だった。その右にいる若者が嫡男義利(よしとし)で、長隆と同世代の若者というが、まるで死んだ魚の目つきをしていた。左にいるのは側室で高梨政頼の姉妹、於フ子(おふね)だ。

 小僧丸は教わったばかりの礼法で、義清に挨拶した。


「村上左近衛少将さま、初めてお目にかかります。それがし、小笠原大膳大夫兼信濃守が三男、小僧と申します」


 義清は小僧丸の礼儀正しさに身震いするほど関心した。しかしそこはあえて褒めない。挨拶は淡々と進める。


「ワシが〝信濃惣将軍〟家の村上義清だ。小笠原長時殿には世話になった。約束通り、ワシと義利が揃って援軍を出し、長時殿の力となろう」


「ありがたき幸せにございます」


「我が留守の間はこの於フ子が面倒を見る。何かあったら頼るように」


「はい。願わくば、源吾(げんご)殿に会いたいです」


「ああ、構わないぞ。しかし前回会ったのは、お互いが生まれた時じゃ。覚えなどないだろう」


「はい。でも、その覚えをこれから作りとうございます」


「良き心構えだ。仲良くたのむ」


「はい」


「それと、もうひとつ……」


「ダメだ」


 義清は小僧丸が頼む前に断った。義清に考えが読まれていた。叔母にも会わせてくれと。義清はため息をひとつ漏らしてから、不機嫌を抑えるようなかんじで、丁寧に言った。


「妻は容体が重たい。ワシと於フ子以外の身内にも会わせられないほどだ」


 小僧丸は義清の雰囲気に恐れを抱いた。しかし小僧丸は長時から挨拶の仕方だけではなく、こんな時にでも説得できる言葉を教わっていた。


「母うえから聞きました。それがしが生まれた頃、叔母うえにはとても可愛がってもらいました。あれから5年経って、大きくなったそれがしを見てほしいのです。そうすれば叔母うえは、かならず元気がでると思います」


 義利は棒読みで、どこか投げやりな口調で提案する。


「別に襖越しででもいいんじゃないですか? 声だけでも聞かせればいい。某だってそうなんだからさ……」


 その目つきも、まるで死んだ魚だ。小僧丸は義利のけだるさにも、怖さを感じた。義清は悩む。於フ子は義清に助言した。


「お声のみなら……」


 妥協案である。義清は、於フ子が長時に深く感謝してることを知っている。だから、小僧丸の頼みを認めた。


「於フ子にはちゃんと従えよ」


 小僧丸は深々と頭を下げて感謝した。


「はい、ありがとうございます♪」


 これで話は終わる。義清は立ち上がる。


「義利、ついて来い。ワシの側から離れるな」


「えー」


 義利は嫌々、義清について行った。

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