父の決意
太田資忠の館は、信濃府中にあった守護館の半分も広くない。小笠原長時の落ちぶれた一行200余名は、館の中に入れても、半数以上は居住性のある建物に入れず、濡れた庭で過ごすしかない。灯りも共同の焚火ひとつで、ほぼ野宿といえる。
小僧丸は藤菜夫人とともに一室を貸してもらえた。行灯ひとつでは部屋の全てを明るくできない。小僧丸は眠かった。夜の到着、そして炊き出しでは夕食も遅かった。届いた晩御飯は、黒米と赤米が混ざった菜飯おむすびが一個と、なんだか分からない葉物と川魚の小さな白身が少しだけ入った汁物。このふたつだけだった。
小僧丸は長時がいなかて寂しい。
「ははうえ、ちちうえとあにうえは?」
藤菜は答えた。
「お北様(仁科夫人)と長隆様のいる部屋です。一緒には食べられないようですね」
「ふうん……」
同じ家族でも、正室組と側室組は待遇が違う。長時の居場所は基本的には仁科夫人の下である。藤菜にとってはもう一人の側室と違い、長時と同行できてる。それだけでも良しとしている。だから小僧丸には、気にするなと促す。
「ご飯もようやく食べられます。いただきましょう」
藤菜は両手を合わせて「いただきます」にと言うと、小僧丸は寝ぼけ眼をこすり、同じく両手を合わせてから「いただきます」と、握り飯を手に取ってほおばる。
「……なんだか違う……」小僧丸は少し不満だった。
昨日まで守護館で、専門の料理人がしっかり作ってくれた美味いものとは違う。他所で食事をすることも初めてだった。藤菜も同じ気持ちだが、不満を言ってはいけないと小僧丸に促した。
「確かに塩気が足りませんね。でも、こんな苦しい中で皆が作ったのです。感謝しないと」
「は、はい」
小僧丸は藤菜の笑みに納得した。美味くはないが不味くもなかった。ただ、舌が馴染まない。おかわり分も用意されてない。腹いっぱいなどなれなかった。小僧丸は再び眠たくなる。食後すぐの睡眠は良くないことなど躾けられているが、睡魔には勝てない。藤菜も気づいている。
「今日は特別です。寝なさい」
「……ふぁあい……」
こうして辛い一日は終わった。
日が変わり、7月16日。小僧丸が目覚めてふと縁側にでる。寝ぼけ眼で庭を眺めると、ここが守護館でないことを改めて実感させられる。生まれてこのかた、他人の家の風景など見たことがなかった。その分、まだ頭が慣れない。
「……牡丹がない」
守護館の庭には、牡丹が無数にあった。4月の開花時期がくれば饅頭型の真っ白な花を咲かせる。これが美しくもあり雄々しくもある。長時が直に手入れをしていた。小僧丸は長時の、そんな背中をいつも見ていた。だから小僧丸も大好きだった。
それがこれからは、見られなくなる。
寂しい。
夕刻には大まかな勢力状況が分かった。小笠原派を貫く勢力は、刈谷原城の太田資忠のほかにもいた。ここより南側には犬甘城の犬甘政徳、落合氏、春日氏、堀金氏。北側には日置城の日置盛教、青柳城の青柳清長。塩崎城の赤沢経智。西側には平瀬城の平瀬義兼、小岩嶽城の小岩盛親、そして中塔城の」二木重高である。
すべてが信濃付中より北側の勢力だが、小僧丸は藤菜の安心する顔と雰囲気を見て、少しだけ笑みが出た。
「ははうえ……」
「ええ。ともかく良かった。昨日まで、寝返った者ばかりの名前を聞かされてばかりでしたから、みんな敵に降ったものかとばかり……」
そう錯覚するほど混乱したから、逃げるしかなかった。
「はい」小僧丸も、やっと気持ちが落ち着けた。
藤菜の安堵には、一粒の涙があった。
「義父上(二木重高)もこのままでした。本当によかった」
ここで長時が現れた。
「二人とも、大事な話がある。きてくれ」
小さな小僧丸から見ても広くない大広間。家族と親戚が所狭しと揃ってる。ここで長時は決意を語った。
「ワシはここで決意する。御家再興を目指すぞ! だから皆も覚悟してほしい。我が小笠原宗家は今より丁度150年前、長秀公の時代に大塔合戦に負けたせいで滅びたが、弟、政康公が再興するまでに25年もかかった。ワシはそこまで長引かせないよう、戦う!」
皆、息を呑んだ。小僧丸も左右を見て、皆の雰囲気に戸惑った。小笠原宗家は一度、滅亡したことがある苦渋の歴史を持っている。幼い小僧丸も知っている。
大塔合戦とは応永7(1400)年、北信濃の善光寺平南部で繰り広げられた大合戦である。明徳3(1392)年に南北朝の動乱が終わり、室町幕府は守護体制の強化を進めていた。幕府側の北朝で活躍した長時の先祖、小笠原長秀は応永6(1399)年に信濃守護に補任され、翌7(1400)年に京都から信濃国の国衙があった善光寺に入府した。京都で育った長秀は、幕府が編み出した先進的な守護体制を信濃に浸透させようと意気込んだ。しかし、地元勢力があまりにも古臭い掟社会に染まり切って、改革の一斉を拒んだ。都鄙の相対する価値観の対立は、膨らみに膨らむ。反小笠原派国衆は堪忍袋の緒が切れ、大文字一揆という1万もの連合軍を結成し、武装蜂起した。小笠原勢は数千しか集まらなかった。横田河原で衝突するも長秀は大敗し、逃げた先の大塔要害で軍勢は壊滅させられた。長秀は必死の思いで京都へ逃げ帰るも、応永8(1401)年、幕府から守護の座も剥奪されてしまった。
ーー25年って、どのくらいなんだろ?
小僧丸は思った。父長時は37歳。仁科夫人も長時とほぼ同じ。実母藤菜は20代の前半。叔父の貞種は20代後半。そういえばもうひとりの叔父、小笠原信定が丁度30歳だ。5歳の小僧丸の25年後は信定のような外見になってるのだろうか。そんな信定は伊那郡の鈴岡城主で、伊那郡南部の国衆や豪族たちの統治者でもある。小僧丸は年始の挨拶でしか会ったことがないから、記憶が薄い。そういえば信定はこの混乱時、なにをしていたのだろう? 少なくとも、助けに来てくれなかった。裏切ったのだろうか?
小僧丸は長時に聞きたくなった。
「ちちうえ」
「どうした?」長時は質問を許した。
「鈴岡のおじうえは?」
「信定か。奴にも知らせないといかんな。信濃府中より南の全てが武田に奪われたのじゃ。伊那へ行く街道も全て抑えられたであろう。ふむ、忍びのようにかいくぐれる者を送らないといかんな……」
小僧丸の欲しい答えではなかった。小僧丸は再び、たずねる。
「鈴岡のおじうえは、敵になったのですか?」
長時ははっきり答えた。
「いや。なってない。信定自ら援軍に出るという早馬を貰ったが、敵のほうが素早かった。ああ、その後の知らせも欲しいのう。鈴岡は今、どうなってるのか? 敵に攻められていないだろうか?」
長時は弟信定を心配した。小僧丸はすこし、安心した。
長時は話を戻す。
「御家再興の第一矢として、ワシは今日をもって小笠原宗家の家督を、長隆に譲ることとする!」
「え!」多くの者が驚いた。
皆が長隆に注目する。長隆は口をへの字にして緊張した。長時はさらに続ける。
「御家が滅びたのは、ワシに徳がなかったからだ。だから長隆には前もって話した。家中の皆には明日より代替わりの誓いを行ってもらう。他の譜代や国人たちにも早馬を出して知らせ、ここに来てやってもらう」
小笠原頼貞が質問する。
「御館様は、頭を丸められるのですか?」
「そのつもりだが、後にする。何処の和尚に頼もうか、まだ考える余裕がない。それよりも今は、混乱した家中じゃ。長隆を軸に立て直す。御家再興の第一歩じゃ。これよりは信濃国内の大名小名のみならず、日乃本に散らばる親戚から都におわす公方様まで、小笠原の総力を挙げて多くの味方を募る。そのためにはわが身が軽くなくてはならない。だから隠居した」
長時隠居最大の理由は、自由行動にあった。
17日、各地の城主たちが長時の無事を確認しに、刈谷原城に現れた。皆、長時に会えて感涙していた。二木重高は藤菜と小僧丸にも会った。
「おお、若様ぁ!」重高は両腕を広げる。
「おじじさま」小僧丸は走って抱き着いた。
「無事でようございました。おおそうじゃ。ワシは御館様に意見しようと思う」
「ちちうえに?」
「ああ。御館様をはじめ、皆さまを中塔へお迎えしたいのです」
「じじさまのお屋敷?」
「そうです。信濃府中なき今、この安筑(安曇郡と筑摩郡)で最も安全な場所は、中塔です。なにせ村落全てが崖で守られた要塞ですからな。ご一行200名くらい容易く受け入れられます。兵糧なら3年分、材木も困らないので、皆の寝小屋くらいすぐに作れますぞ」
小僧丸は重高に飛びつき、重高は小僧丸の頭を撫でた。見守る藤菜は、実家の頼もしさがとても嬉しい。しかし長隆と仁科夫人にとっては、胸がえぐられそうなほど痛かった。
長時は長隆や重臣たちと会議を開く。色々と話し合ったのち、長時と長隆は一行200余を庭に集めて、会議で決めたことを伝えた。長時が言う。
「明日より我ら、二手に分かれて刈谷原を出る。ひとつはワシの組で、平瀬城へ行く。もうひとつは長隆の組で、向かう先は二木殿の中塔じゃ。これから名前を呼ばれた者はワシに従え。呼ばれなかった者は長隆について行け」
長時は家来衆の名前を読み上げる。武芸に秀でた大人の男性がかなりの数を占めた。まるで武田に一戦しかけそうだ。だが、その中に、
「小僧丸っ!」
が呼ばれた。
「は、はい!」
小僧丸は反射的に返事した。
ーーえ? なんで?
5歳の幼児が選ばれるのかと、目が点になった。




