表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
2/12

いざ会田へ

 小笠原長時一行百数十名は、再び山林に入って北西を目指す。家族以外となると、親戚では3家。長隆正室林夫人の林家。長隆義父は林城代の(はやし)光政(みつまさ)だ。妻や嫡子とともに従う。もうひとつは頼貞の小笠原出雲守家である。こちらは父貞政(さだまさ)と母と兄長堅(ながかた)である。最後は小笠原中務少輔家の貞保(さだやす)と妻と、長男長正(ながまさ)、次男貞俊(さだとし)、女子もひとりいた。譜代や側近といった御供の衆なると、多い。順不同に小池(こいけ)貞成(さだなり)征矢野(そやの)宗信(むねのぶ)と宗澄と宗定、尾藤(びとう)重忠(しげただ)と重吉、志津野(しづの)助右衛門(すけえもん)坂西(さかにし)時重(ときしげ)中沢(なかざわ)兵馬(ひょうま)伊藤(いとう)縫殿介(ぬいのすけ)小野(おの)多治見(たじみ)栗村(くりむら)兵庫(ひょうご)杉生(すぎう)六右衛門(ろくえもん)伴刑部(とものぎょうぶ)福原(ふくはら)数馬(かずま)波田(はた)五郎兵衛(ごろうびょうえ)嶋村(しまむら)帯刀(たてわき)丸田(まるだ)要人(かなめ)山田(やまだ)数馬(かずま)浅野(あさの)久右衛門(きゅうえもん)細萱(ほそがや)長知(ながとも)有賀(あるが)又左衛門(またざえもん)後庁(ごちょう)久親(ひさちか)成相(なりあい)源三(げんぞう)矢野(やの)肥前(ひぜん)守、古厩(ふるまや)平兵衛(へいべえ)尉、田中(たなか)武右衛門(たけうえもん)尉、(はら)四郎(しろう)太郎(たろう)村上(むらかみ)興一郎(こういちろう)穂高(ほだか)次郎(じろう)山田(やまだ)源左衛門(げんざえもん)尉、遠山(とおやま)左馬助(さまのすけ)平塚(ひらつか)平左衛門(へいざえもん)尉、鈴木(すずき)石見(いわみ)守、松本(まつもと)又左衛門(またざえもん)尉、折野(おりの)藤崎(ふじさき)ら。およそ半数が妻子を連れてきている。逆に残した者も多い。更にこの一行には、人質もいた。仁科血統国衆の青柳(あおやぎ)氏と丸山(まるやま)氏、日置(ひき)氏の妻と子供たちだ。長時の正室仁科と側室藤菜に従う女中も10名ほどいた。桐原の高原で小休止したときに人数を数えたが、老若男女200名をゆうに超えていた。しかし戦える大人は、名前のあがった男性のみである。


 日が暮れ、一行は夕立に襲われた。麓が近いのに、山森で雨宿りするしかない。雨足が強くなると、木々は傘がわりにもなれない。雷も激しく鳴り響く。女たちは悲鳴をあげ、男たちはどよめく。小僧丸や幼子たちは顔を真っ赤にして泣きわめく。鼻汁も止められない。


 会田へ先行させていた小池貞成と坂西時重が長時の元に戻ってきた。というよりも、青ざめて逃げていた。

 小池貞成が叫ぶ。


「う、浦野様裏切り! 追っ手が迫ってます!」


 長時は仰天した。


「なにっ? 母上の実家だぞ!」


 長時や貞種にとって、実母に捨てられた絶望感に襲われる。あり得ないという理想と、浦野の兵が襲いかかる現実が、頭の中で混乱する。仁科夫人は「みんな私のせいだ」と自虐する。仁科夫人の実家は既に寝返っていた。長隆は完全に思考停止で棒立ちする。藤菜は小僧丸を守ろうと抱きしめるも、小僧丸はきつかったが、苦しくはなかった。藤菜の腕も指先も震える。小僧丸にも気持ちが否応にも伝わってくる。怖くて怖くて怖すぎて、逆に涙が止まる。しかし青ざめ、失禁しそうだ。

 それでも若武者頼貞は、勇気をだす。


「弓を持つ者は固まって構えろ! それ以外は我の周りにつけ。矢が放たれたら抜刀する。今はあれこれ考えてる時じゃない! 浦野は〝敵〟だ。やりきるしかない。御館様らは後ろに下がってくだされ!」


 頼貞の命令で長時と貞種は我に返り、後退する。小僧丸たち女子供も最後尾まで下げられた。入れ替わりに家来の5名が前に出て弓を放ち、こちらへ走る小池と坂西を援護した。

 小笠原の弓兵たちは皆、手練だ。放たれた5つの矢は、5人の敵に(あた)った。1人は即死。2人は倒れてもだえ苦しむ。残る2人は「痛い」と叫んで後退した。敵は山道を登る以上、味方が必然的に高い場所を確保している。だから狙い撃ちしやすい。

 頼貞は小池らを確保する。頼貞は刀を抜くと、


「かかれー!」


 と叫びながら敵は突進した。他の味方も頼貞の後を追って抜刀戦が始まる。男たちの怒鳴り合いと、断末魔と、女子供たちの悲鳴が上がる。小僧丸は耳を塞いだ。


――こ、こ、殺される……。


 小僧丸はたった5歳にして、人生の強制終了を痛感した。もう嫌だ。頭がクラクラする。


 そんな時、敵の後ろから更なる大声が聞こえた。小笠原の誰もが敵の増援かと思い、絶望しようとした。

 でも違った。

 敵の後ろで戦闘が起こった。つまり敵は、敵の敵に挟まれた形になっている。

 敵は大混乱し、命からがら逃げ降りた。戦闘はあっけなく終わり、最悪は免れた。ともかく良かった。

 雨も止みそうになっていた。

 敵の敵が小笠原一行に近づき、その部隊の大将が大声で叫んできた。


「そこのご一行、御館様とお見受けいたします!」


 後衛の長時にも聞こえ、ハッとする。

 返事は頼貞がやった。


「いかにも。我らは小笠原大膳大夫兼信濃守の一行です。こちらからは暗くて見えづらいのですが、旗の景色からみて、太田おおた殿でしょうか?」


「左様です。某、刈谷原(かりやばら)城の太田資忠(すけただ)です! 我々は味方です。これより皆様を館にご案内するので、某と共に降りてください!」


 刈谷原城は会田の手前にある。多くの家来は疑心暗鬼になるも、長時は信じた。そうするしかなかった。長時は前衛まで歩き、今度は長時自らが感謝した。


「太田殿か、ご苦労じゃ!」


 資忠は長時の声をきき、部下から松明を借り、前に向けて確かめた。長時の顔が照らされたので、無事を確認できた。資忠はおおいに喜んだ。


「ああ、御館様じゃあ! ご無事で本当にようございました。お討ち死にされたとか、城下の誓い(屈辱的降伏)を受けたとか、他にも様々、妙な噂が飛び交ってどうしようかと悩みました。ですが、本当に良かった。ささ、ともかく急いで我が館へ。怪我人は手当をします。粗末ながら皆様の着替えと、腹の足しになる物も用意いたしましょう」


「おお、頼む」


 太田資忠の優しさと忠義に、一行は皆、胸をなでおろした。

 小僧丸も藤菜から教えられた。


「小僧や、もう大丈夫ですよ。太田殿が助けてくれました」


「ほ、本当ですか?」小僧丸は震えながらも、まだ疑ってる。

 藤菜は優しい声ではっきり肯定した。


「はい。さすがは太田道灌(どうかん)公の末裔ですね」


「ど、どかん……?」


「道灌です。坂東で最も優れた大将ですよ。文明(ぶんめい)18(1486)年に亡くなられましたが」


「へ、へぇ……」


 話の中身はともあれ、やっと雑談ができた。小僧丸はホッと一息つけた。これで苦しすぎる一日が終わる。そう思ったら小僧丸は気を失い、激しい眠気に襲われた。小僧丸は倒れそうになるも、藤菜がギリギリで抑えた。藤菜はホッとしてから、小僧丸をおぶった。

 こうして小笠原長時の一行は、太田資忠に導かれて山森を抜け、刈谷原城近くの谷へ出た。

 夕立は止み、雨雲は抜け、月夜となっていた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ