武田家の〜息子たちの戦国〜
小笠原、村上連合軍の脅威から解放された深志城。もし、築城途中の隙だらけな状態で攻められてしまったら、落とされていたかもしれない。しかしあの連合軍は足並みが悪かった。村上軍は2日も滞在せずに帰った。1000人ほどしかいない小笠原軍は、単独で行動するしかない。深志城の武田軍は城の外に誘われ、桔梗ヶ原という場所で小競り合を挑まれるも、長時が決戦の意気込みで戦っていたせいで面倒だった。勝敗はつかなかった。でも小笠原勢は、なぜか勝鬨をあげていた。まるで負け犬の遠吠えのようだった。そんな小笠原も軍勢を解散させたため、馬場信春は深志城増改築工事を再開した。本丸部分の基礎固めは既に終わっているので、御殿工事に入る。信春は工事指揮のなか、援軍に来てくれた内藤昌秀と会話する。
「馬場殿、ワシはこれより甲府に帰る。御館様の指示どおり、小笠原長時の次男坊を躑躅ヶ埼の館に連れていって、会わせる」
「曽寿殿は敵とはいえ子供だ。内藤殿、丁重に扱えよ」
「分かってる」
「そういえば御館様の御嫡子、太郎様の元服式は再来月(12月)に決まったのだろ。13歳か。年頃だな。ああ、ワシも式に参加したいのう……」
「ワシもじゃ……」
「え? 内藤殿、甲府へ戻るって?」
「ああ、戻るよ。でも、あの次男坊を御館様に渡したらすぐ深志へとんぼ返りだ。深志城の完成に目処がたつまでは、馬場殿の支援役は外されないよ」
「そっか。よかった。頭でっかちの長坂虎房では不安で仕方がないからな」
「頭は良いくせに、なんであんな子供騙しに引っかるかな……?」
仲の良い二人は苦笑いした。桔梗ヶ原での小競り合いのとき、長時の挑発に引っかかったのが長坂虎房だ。無駄な死傷者をだして、小笠原勢を調子づけてしまった。
信春はため息を吐いた。
「元服式が見れないから、手柄のひとつくらい土産にして送りたいものよ……」
昌秀もつぶやく。
「元服名はなんだろうな? 公方様の偏諱を貰うって言ってたから、義信様だろうか?」
「だろうな。公方様も三好とのいくさで軍資金が底をついてるから、高い〝義〟の字のほうを買えって催促されたようだ」
「ふうん。ま、こちらとしてはどうでも良い。この身を盾にしてでも若様をお守りするのみ!」
信春は頷きながら、ふと思い出す。
「ああそうだ、内藤殿。四郎様は太郎様の元服式に参加されるのか? 腹違いとはいえ、兄上様じゃろ」
「いや、無理だろ。諏訪大社の大祝になるためには、諏方郡の外に出してはいかん! と、高遠の爺様がキツく言ってた」
「伊那のトンビか。確か諏方頼重の惣領家を再興させると意気込んでいたな。とはいえ四郎様、生まれてこのかた、異母とはいえ兄弟姉妹に会ったことがないのは、躾として良くないと思うがな」
「神様になるならそれでも良いのだろうが、人なんだから、隔離させないで色んな人と交わったほうがいいけどな」
「あ、そういえば内藤殿、四郎様っていくつだ?」
「確か小笠原と村上の三者和睦、その証として産ませたのだから、5歳だ。諏方の現人神になるには、このくらいが丁度いいらしい」
「もしそうなったら御館様、在位の間は一度も会えないんじゃないのか?」
「そうなられる前に、一度か二度は親子水入らずに話し合える機会があればよいのだがな。特に北の方様(正室三条夫人)じゃ。生まれてこのかた一度も会われてないというぞ。お可哀想じゃ」
武田家は大名として、今が登り調子である。武田家歴代をみてもここまで領地を拡大した例はない。しかし、そのなかでの不安要素は、武田晴信のこういった家庭事情かもしれない。
馬場信春と内藤昌秀は心配するも、信春は本題に戻した。
「内藤殿、戻る前にひとつ頼んで良いか?」
「なんだ?」
「お前の目付役、貸して欲しい」
「ああ、飯富虎昌殿の弟か? いやいやあれはワシのじゃなくて、御館様の目付だ。頼む相手が違う」
「それでも!」と両手を合わせ、頭を下げて「飯富昌景とは相性いいし、ワシと2人で百人力は軽い……」と必死になる。
内藤昌秀は悩む。腕組みしながら暫く考えてから、許した。
「ま、よかろう。この状況で小笠原の残党共が攻めてくるとは考えられないし、とはいえ油断禁物。馬場殿なら御館様に叱られる程度で済むだろう」
「すまん。感謝する!」
内藤昌秀は離れる。馬場信春は飯富昌景とともに、この場で見送った。
まぶしいほどに美しい諏訪の湖、西岸の小坂村にある崖の上に、武田晴信側室諏方御寮人の屋敷がある。御寮人はこの地で四郎を生み育てている。四郎の傳役には、御寮人起っての希望で伊那郡高遠諏方家の領主、諏方頼継が担当していた。齢60に迫るこの老将は、高遠城代秋山虎繁の副将でもある。元は諏方惣領家の分家であり、重臣でもあり、高遠城前身の高遠館を本拠としていた国衆だった。天文11(1542)年に諏方惣領家は滅ぼされたが、諏方頼継は主家を裏切り、武田晴信に協力したといわれている。しかしすぐに武田家と敵対し、2年ほど争って天文13(1544)年に降伏した。この時、小笠原長時と村上義清は武田晴信と和睦し、半ば盟約のような関係を持った。その理由は、当時最大の脅威だったのが、上野国平井を本拠とする関東管領山内上杉憲政だった。天文14(1545)年、山内上杉家は本格的に仇敵北条氏康を打倒すべく、延べ8万にも及ぶ大兵力を率いて北条家の河越城を包囲したからだ。
この時の下馬評では北条氏康の滅亡は確定的、いや、時間の問題といわれ、北条家の滅亡か降伏の次は、武田と小笠原だろうと言われていた。小笠原家と山内上杉家は代々不仲であり、武田家とは代が晴信に代わってから仲が悪くなった。北条家吸収後の山内上杉家は、8万を軽く上回る大軍でその矛先を向けると、誰もが予測した。
つまり、この強大すぎる敵への対策に迫られたのだ。
武田家は駿河国守護の今川義元と盟約しているので、合わせて4家で関東管領家と戦うこととなる。
この和睦で実行されたことは2つある。ひとつは高遠城の築城だ。つまり対関東管領戦の決戦場を高遠に設定したのだ。そしてもうひとつが、三者協調の象徴とする〝子作り〟だった。和睦成立は諏方御寮人が武田晴信の側室となった挙式で成立し、翌天文15(1546)年8月、三人の夫人がこの諏方の地で、三人の男児を生んだのだ。武田家が四郎で、村上家が源吾で、小笠原家が小僧丸なのだ。
ちなみにこの年の4月、河越城の合戦で山内上杉軍は、僅か10分の1の兵力で挑んできた北条軍に負けた。しかも一方的な大惨敗である。そのため山内上杉家の権威は一気に失墜した。さらに天文16(1547)年、数千の武田軍に攻められている佐久軍志賀城を救済すべく送った3万もの大軍も、大惨敗した。権威は失墜の上に失墜した。あの強大な山内上杉家ももはや虫の息。あの合戦で歴史的大勝利をおさめた北条氏康には、もう歯が立たない。今は上野一国を支配していても、大名としての寿命は長くないだろう。
つまり山内上杉家が予想外の大敗を喫したせいで、三国和睦の意義がなくなり、武田家が暴走して抑えられなくなったというわけだ。
小坂の姫屋敷。四郎は大祝になるための教育を受けている。大祝とは諏方大社最高神官の呼び名であり、現人神とみなされる。それは幼子でなければならない。その純心に神は宿るというからだ。祭神タケミナカタ命の血統男子にその資格があるが、その直系である惣領家の血筋なら優先権があった。諏方大社神長官守矢直実が優しく教え、四郎もしっかり身に着けていた。これを諏方御寮人と諏方頼継が見守る。御寮人は心配だった。
「四郎も大祝になられるには今が適齢。本当に大祝になれるのでしょうか?」
今の大祝は惣領家分家諏方満隣の次男坊が勤めており、諏方惣領家が滅亡した天文11(1542)年7月から僅か3か月後に即位している。その当時7歳だから今は15歳で頼忠という元服名も持ってる。だから大祝は辞め時でもあった。
頼継は御料人を元気づける。
「大丈夫です。姫様の実家、惣領家の再興は四郎様が元服なされたら達成です。その約束が成されたため、姫様は父頼重公を殺した張本人の側室になられたのでしょう」
「諏方に住む民や、諏方大明神を敬う者の安寧のためです」
頼継は、御料人の人並外れた献身ぶりに頭を下げた。亡き頼重が〝軍神〟なら、その忘れ形見は〝女神〟だ。頼継にとってはどちらも眩しい。
だが御料人も、頼継には感謝で一杯だ。
「私の献身よりも、翁の忠義です。惣領家滅亡に加担した濡れ衣が未だ晴れないなか、多くのものから後ろ指をさされながらも再興のため、感謝し尽くせないほど汗水流してくれる」
「いやあ、あんなの、姫様のご苦労に比べたら大したことありません!」
頼継は高笑いすると、裏を返したような怒り顔を見せた。
「全ての元凶は諏方満隣じゃ。諏方一族のなかでも武田に最も優遇され、次男坊を大祝にまでさせたのじゃ。だから己が被るべき裏切りの汚名をワシに被せたのじゃ。惣領家が滅んで一番得したのは満隣だ! あいつを潰さない限り、亡き殿頼重公の恨みは晴れない」
頼継は拳を作り、床を叩く。御料人は何も言い返せない。いや、頼継の恨み辛みが見える言葉に、返事を拒んだ。
ここで幼い四郎が現れた。
「は、ははうえ」と側まで近づく。
「ああ、四郎や」御料人は両腕を広げて、甘えさせた。
頼継はそんな母子の姿に感動する。
四郎は抱かれたことに満足すると、御料人に見せたいものがあって、懐から取り出す。
「ははうえ、見て。モリヤからお箸を貰いました」
モリヤとは諏訪大社神長官守矢頼真を指す。大祝の補佐役であり、諏方大社の上社二社事実上の管理者であり、四郎が大祝になるための教育係でもある。
「よかったのう」御料人は四郎の頭を撫でた。
四郎は自信満々に言う。
「このお箸、馬食免っていうそうです」
「ばじき……?」
「はい。このお箸でお肉は食べて良いのです」
四郎も中途半端に語るが、御料人も頼継も、四郎が言いたいことは分かる。古代に仏教が広まってから、肉食は人の心も体も穢れるとして、殺生を固く禁止する考え方が根付いている。しかし諏訪大社の御加護があるこの箸を使えば、そんな穢れもなくなって仏にも救われるという便利なものだ。
しかし頼継は苦笑いしながら、優しく柔らかく、そして丁寧に四郎の言い間違いを修正した。
「し、四郎様、それは馬食免というのではなく、鹿食免というのです……。ウマではなく、シカなんです」
「シカ? モリヤは〝カ〟ではなく〝バ〟と言ってた」
「そ、そ、それは恐らく、守矢頼真は時折、訛りが酷くなるようですから、思ってることと言ってることがたまに合わなくなるからでしょう。わははは……」
頼継は冷や汗をだした。嘘にしては下手だと感じるも、四郎は素直に信じたようだ。
「そうか。分かった。カジキメンだな」
頼継はホッとした。御料人は少し呆れてる。四郎はたまにこのような残念な面を見せる。頼継はそれでも四郎を優しく庇う反面、守矢頼真には、
ーーもし本当にそう教えていたら、殺す!
と、ムッとさせた。
ここで頼継に、上原城から使者が来た。甲府帰陣中の内藤昌秀が会いたいという。
ーーなんで?
頼継は違和感を感じながらも上原へ行って面会した。ここでは様々な意見交換があった。話し合いは終わり、頼継が部屋を出ると、疑心暗鬼に襲われていた。
ーーこ、これはまずい。太郎様の元服式に四郎様を参加させろだと……。ふざけるな。四郎様を何だと心得ておる! 現人神に、その後には惣領家の当主となられるお方だぞ。それを拒ませようとするには、もしや、惣領家再興の夢を潰すという陰謀があるのか? やはり武田晴信は、約束を破る鬼畜じゃあ!
昌秀の言葉、本当は〝参加させろ〟ではなく〝参加させられないか?〟なのだが、疑心暗鬼に溺れた頼継は、この誤解に気づけていない。




