とある娘の戦国
天文19年11月22日未明、山城国洛中の郊外。暗い山道を登って逃げる軍勢があった。
「ハア、ハア、ハア……」
きつい。つらい。暗い。こわい。息切れする。汗が目に入る。疲れた。足が痛い。足元もろくに見えない。だからグズった。
齢、数え年で5歳の高畠倫子は、夜明け前からずっと足場の悪い山道を登らされている。だから何度もつまづき、3回も転んだ。泣いても相手にされないどころか、何処かから「うるさい」と怒鳴られた。倫子は実父、高畠長成に手首を強く握られ、引っ張られている。
「ち、父うえ、いたい。疲れました……」
これも2度は訴えた。しかし、長成の回答は変わらない。
「我慢しいや、倫ちゃん。はあ……、はあ……」
長成もひどく疲れてる。甲冑を身に纏っているから余計に息が荒い。共にいる人たちのほとんどが鎧姿だ。つまり倫子は軍勢のなかにいる。今日は11月の21日、枯葉も落ち切った真冬なのに、みんな汗がいっぱいだ。
ひらけた場所まで来た。斜面には〝大〟の字の巨大な焼け跡がある。俗に言う大文字山(京都市左京区)だった。焼け跡の向こうには洛中の町が一望できる。ここで小休止の命令がでて、倫子は土に尻をつけて休んだ。
「ち、父上、喉がかわきました……」
長成は頷きながら、立ち上がる。
「あそこで六角殿の兵たちが竹筒を分けてる。貰いに行ってくるから、待っててな」
「はい」
倫子は待った。この数千の軍隊で最も兵が多い勢力は、近江国守護職六角氏の兵だ。だから旗指物にもその家紋、隅立て四つ目が多い。だが、これは六角勢でない。総大将が室町幕府13代将軍足利義輝だからだ。目的は昨年、三好長慶に奪われた京都の奪還である。義輝の奪還戦は今年の6月にはじめ、数々の小競り合いに負け続け、今日、敗走する。
長成が倫子の下に戻ってきた。
「すまん。貰えなんだ……」
「え、なぜです?」
「先ずは公方様からだとドヤされてしもた。あそこにおる偉そうな大将、六角定頼様のボン。とは言うても30のオッサンやけどね。名前はなんだっけな? あ、義賢様や」
倫子は六角義賢を眺める。かなり焦ってるように見えた。それは巷の噂だ。義賢は名将と名高い父の定頼のみならず、同い年である武田晴信と大内家筆頭家老陶隆房とも比較され、凡将と評価されていた。この負けいくさのせいで、凡将から愚将に下げられるかもしれない。倫子にとっては関心のないことだ。目線を移すと、腰掛け岩に座る偉そうな若者が竹筒の水を何本も飲み干しては、八つ当たりするように投げ捨てるの連続だった。この若者が足利義輝で、かなりイライラしていた。
「クソクソクソ!」「阿波の糞山猿(三好長慶)め!」同じ不満を何度も何度も、狂犬のように吠えている。
倫子は、好き放題水を飲んでる義輝が羨ましくも、怖い顔をしてるから、すぐに目を逸らした。
晒した目線に、ひとりの紳士な武将が立っていた。
「きみ、お水もらってないだろう。ワシの竹筒をあげよう。少し飲んでしまったけどまだ充分ある。全部飲みなさい」
倫子は嬉しかった。
「おおき……、いやいや、ありがとうございます。おじさま」
丁寧に言い直してから頭を下げ、竹筒を受け取り、飲み干した。後ろで長成がこの武将に感謝してる。
「助かりました、稙盛様」
「いやいや」
倫子は武将の名前を知れたが、苗字が分からない。質問しようと振り向くと、稙盛の小袖に見覚えがある家紋が見えた。三階菱である。三好家の家紋も三階菱をベースとして鍵抜を加えたものだから、親戚だと分かるが、ここにいる小笠原は優しいおじさん。麓の三好は故郷を奪い、家族や親戚を滅茶苦茶にした憎い敵。同じ一族でも二人は別物。そう割り切れた。
ーー稙盛どのは小笠原なんね……。
ここで倫子は、義輝から悪態をつかれる。
「こらそこのチビ、暇こいてないでこの竹筒片付けんかい!」
倫子は目が座り、腹が立ち、頰を膨らませる。
ーーそんくらい自分で直しなされ。そのチビを大人の殺し合いに巻き込ませて偉そうにするなや。負け犬のくせに……。
と思えど、口にはできない。しかし周りの足軽たちが、そう陰口を叩いていたことはよく聞いていた。倫子の他にも稚児は男女で数十人もいる。不足する兵力や炊事の〝足し〟にするため、強引に連れ込まれた可哀想な子供達だ。
長成は倫子に、申し訳なさそうに頼んだ。
「倫ちゃん、たのむよ……」
倫子は本音は嫌でも、建前の上ならやるしかない。黙って立ち上がり、義輝が散らかした竹筒を黙々と片付けた。
長成は倫子に感謝してる。
ーーお前は幼いのに気が利く子。死んだ妻に似とるんや。戦力不足の我が軍。下手な大人よりホンマに頼れるねん。堪忍な……。
義輝の横で義輝をなだめる大将は高畠長成の主人、細川晴元である。幕府の元管領で細川京兆家(総本家)の主。官位は従四位下、役職は右京大夫である。全盛期は五カ国を領有し〝半将軍〟と恐れられたほどの男だったが、今は落ちぶれてそんな力などない。昨年、力の殆どを三好長慶に奪われたからだ。かつての細川京兆家は、西の大内義隆、東の山内上杉憲政に並ぶ日本トップ3の太守と讃えられた。
15歳の我儘な義輝は、37歳の挙動不審な晴元に愚痴る。
「おい、腹が減ったぞ。肉ないんか?」
晴元は恐縮して言う。
「も、も、も、申し訳ございません公方様。用意する暇もなくな、な、長慶めに襲われたせいで……」
「は? 長慶だと? あほ。麓の大将は弟の方だ。あの糞山猿はここまで来とらんわい!」
「も、申し訳ございません……」
「ふぅ……、肉はもうええわ!」義輝は舌打ちし、愚痴った。
愚痴は聞こえずとも、何を言ってるかは大体分かる。敵将三好長慶の悪口だ。義輝は足利歴代将軍のなかで初めて摂関家出身の母親から生まれた男だから、プライドが相当高い。なのに京都落ちという情けない実績を2度もしている。最初は天文16(1547)年、まだ大守だった細川晴元に負けたが、2度目は天文18(1549)年の三好長慶に負けた。義輝は晴元を信用してないが、長慶に至っては怨念がある。昨年、父義晴が流浪先の近江国で病死した。その遺言が京都の奪還だったからだ。つまり義輝の晴元嫌いは追放のみで、長慶のはこれにプラスして父の無念がある。
倫子はため息を漏らすと、義輝重臣の伊勢貞孝が、遠くを指して叫ぶ。
「あーっ! お城が燃えとるでー!」
つい先ほどまで籠城していた中尾城(左京区)から、複数の火の手があがった。三好軍の攻撃が始まったのだ。燃え盛る中尾城に兵たちの反応は様々あるが、義輝は洛中の町の更に奥に位置する鹿苑寺(京都市北区)を心配している。
「あそこには 周暠(三男)がおる。あの糞山猿め、捕まえたんやろか? それを考えたら覚慶(次男)は興福寺(奈良県奈良市)に置いて良かったわ」
中尾城の麓、慈照寺周辺には三好勢の先鋒およそ2万が陣取ってるが、鹿苑寺の辺りに三好勢はいない。三好長慶の本隊2万は洛中の外、南西方面の山崎辺りに陣を張っている。義輝は、周暠は捕らわれてないと解釈し、安堵した。興福寺のある大和国は三好家にとっては敵地だから、余計に行かないだろう。
倫子は山頂の風景から確かめたいことがあり、長成に問う。
「父うえ、高畠どこ?」
「え?」
「ふるさとの、高畠や」
「ああ、それなら京都よりも巨椋池から探したほうが近いかもしれない。鳥羽が分かれば、すぐ分かるのだが……」
故郷高畠(京都市南区)を失って1年4ヶ月。高畠家は兵力としては小さな国衆程度だが、昨年の江口大合戦(大阪市東淀川区)で戦死した一族の主は、山城国郡代を務めた細川晴元政権時代の大物だった。唯一もつ河川湊は、京都の河川物流において高畠湊は最大規模の湊町で、数多くの公家や淀川水系や宇治川水系の寺社との繋がりを深く待った。そのため、一族のなかには貴族の養女へ送られる者もいれば、天皇拝謁までできた者までいたほどだ。故に湊の収入は大名家に匹敵したという。長成は人差し指を回しながら故郷を探し、見つけた。
「おお、見つけた。あそこや。田んぼに囲まれた町と川と舟の多さ。右の杜と小さな池はかつての鳥羽離宮。分かったか?」
跡地といわれても、跡形がないから分からない。でも、長成が指でさしてくれた場所なら分かった。だから、
「遠いね」と言えたと同時に、強く言った。
「三好、ホンマに悪い奴。早くやっつけないとね。父うえ」
倫子は両手で拳を作った。
「あ、ああ。せやな……」
長成は自信なさげだった。しかしここで、義輝奉公衆の筆頭上野信孝が前進を命じた。
「休みは終わりだ。全軍進め。三好がここまで攻めてきたら敵わん。我らの行き先は、近江の堅田(滋賀県大津市)だ」
素直に敗走と言えばいいのに、意地でも負けを認めたくないらしい。兵たちは重い腰を上げ、疲れを癒せないまま山の尾根道を歩き始めた。倫子も後ろを振り返り、
ーー高畠のお屋敷に帰りたい。この人ら、面倒やし……。
と呆れる。義輝に従ってもお先は真っ暗闇だ。それでも倫子は父の背中を見ながら、未だ見えない光を信じてついて行くしかなかった。故郷は帰れる未来はあるのだろうか? キーパーソンとなる三人の大将の気持ちがバラバラだ。不安しかない……。
信濃国平瀬城。小笠原長時の下に小笠原稙盛からの手紙が届いたのは、12月も5日となっていた。
「公方様が京都の奪還に失敗したそうだ。しかし相手の三好長慶殿も我が一族だから、口酸っぱくは言えないのう」
と、手紙を小僧丸に見せながら言った。
「三好さまか……」
今や飛ぶ鳥を落とす勢いの大大名、三好長慶。天下を取ったその活躍のスケールの大きさは、晴信よりも上回る。悪の権化みたいに怖い武田晴信と比べると、長慶は正義のお助けヒーローにさえ映った。
ーー武田晴信をやっつけられるのは、この人かな?
小僧丸は期待を込めて思った。
長時は手紙の本題を話した。
「それはともかく、武田晴信は公方様に、嫡男の偏諱を申請したようだが認められなかった。そう書いてあるぞ」
長時は、小さい小僧丸には未だ分からないかもしれないと思った。でも小僧丸は、なんとなくだが、理解できた。
「元服式は、なしですか?」
長時は感心した。理解してると。だから話が進む。
「いや、式だけはやるらしい」
「それって、恥ずかしくないですか?」
元服名のない元服式、物笑の種にできそうだ。しかし長時は小僧丸のニヤついた顔つきを見て、声色を低くしながらも柔らかく注意した。
「こら、他人様を見下すでない。それがたとえ恨むべき敵でもな」
「は、はい。ごめんなさい……」
小僧丸は長時は怒ってると解釈し、反省した。長時は本題を続けた。
「そうだ。それで良い。で、寺部の定政殿が、取り仕切りの依頼を受けているからな。定政殿の手紙では、7日に式を行うようだ。ま、その様子は事細かに知らせてくれと返事しておいたがな」
三河国幡豆郡寺部に屋敷を持つ小笠原定政は、小僧丸の大叔父でありながらも小笠原の家臣ではない。そして寺部の領主でもない。そこの領主も実は小笠原だが、鎌倉時代に別れて土着した遠戚である。定政は礼法の師範を務めている。現代でいう東海地方に顔が広く、弟子にはあの武田晴信や今川義元など数多くの領主や長者がいる。それでも長時の声色は弾んでいた。将軍義輝は長時の味方だ。分かってはいたが実感できた。小僧丸も安心する。
ーーやっぱり父上は、敵に一矢を報いたんだ。
小僧丸が村上義清の人質に行っていた間、長時は深志城の武田勢と戦い、勝ったという。これが武田側が軽んじた桔梗ヶ原の小競り合いだ。
しかし長時の上機嫌の意味は、そうではなかった。
ーーふっ、小僧のやつめ。
賢くなったと思ったのだ。人質帰国後の報告からその兆しは見えていたが、また確認できてホッとしてる。御家滅亡直後の小僧丸はなにかと怯えていたが、それでも多くの家臣やその家族たちと触れ合わせた。滅亡しても決してめげない父親の姿も見せた。それが小僧にとって少し良い方向にでたのだろうと思った。
ならばと長時は決める。
「小僧、これよりずっとワシの後ろにいて、勉強しろ」
「え?」
「ワシは長隆に家督を譲って信濃の中を任せたぶん、信濃の外側をワシが担う形をとった。その〝外〟とやらを見て回らせてやる」
「は、はい」小僧丸は緊張した。
長時はひとつ、小僧丸に教えた。
「先月の24日、武田晴信はワシの信濃守を自称した」
これは、武田晴信が甲斐国身延の久遠寺に奉納した願書に、そう著名したことにある。これが甲斐国内外に広く知られることとなった。足利義輝や高畠倫子らが中尾城から近江国堅田へ敗走した2日後である。
「じしょー?」小僧丸は首をかたむけた。
長時は教える。
「朝廷の許しもなく勝手に名乗ったということだ。朝廷からその役を授かったのはワシだ。他にいない。これは無論、幕府から頂いた信濃守護職もワシの他にはいない。ワシはどちらからも公式に、信濃を守る長を託されたのに……」
長時のトーンが落ちた。小僧丸にも長時の無念は伝わる。
「そ、それは、嫌です……」
「ああ、嫌だ。だから遺憾の表明はする。しかしこれを期に村上様もが勝手名乗りをやりそうな気もそうじゃなぁ……」
晴信は勝手に信濃守を名乗ったから義清も名乗る。これは信濃の地を守る者のプライドを賭けて、激しく戦う宣言みたいなものだ。しかしその中に、本物の信濃守たる長時が参加させてもらえないでいる。屈辱でしかなかった。
小僧丸はなんとなく察知できた。武田を戦って追い出さなければ、と思う。だが同時に、怖いとも思った。
長時は小僧丸の、辛い気持ちを察してくれた。
「ゆっくりで構わん。だから武田晴信への恐れを克服してくれ。我ら無事に故郷は戻り、御家を再興する。この信念を頑なに貫くためには、欠かせぬことだ」
「は、はい……」
小僧丸は息を呑むも、長時から大いに期待されて嬉しかった。だから恐怖心はすこし和らいだ。これなら辛くても頑張れると思えた。とはいえ行く先はまだまだ真っ暗闇である。しかしそれでも小僧丸は、みんなと一丸になって戦う。
故郷へ帰れると、強く意識して。




