第202話 どうしているの?
それは、何かとんでもない『事実』に気づいてしまったように唐突だった。
「シトリンちゃん?」
「……どうしましたか? アイリス様?」
「今、『お風呂で背中を流す』って言ったわよね?」
「……え? はい……」
シトリンに確認するように喋るアイリスの声は少し震えていた。その『事実』はそれほどに衝撃だったようだ。
「ねぇ……ウィリア?」
「……なに?」
「1つ聞きたいのだけれど……」
「——ん? 何を?」
「あなたは、あなた自身を正真正銘の『女の子』だと言ったわよね?」
「……? だから、そう説明したでしょう? それがどうしたって? 一体何が言いたいんだよ。アイリスは——」
次いで意識が僕に移った。
この時のアイリスの質問はよく分からなかった。
僕は今しがたそれを説明したばかりだ。なのにそこを再確認するかのようなこの発言は無意味であり無理解だ。
なぜ、今更にそんなこと聞くんだ?
これには思わず僕の首も斜めに傾くものだ。
すると、この後に呟かれるアイリスの疑問は、僕の予想外のモノだった。
「ウィリア。あなた——お風呂はどうしてるの?」
アイリスは真剣だった。
僕はてっきり、もっと核心を突いた質問が飛んでくるものとばかり思っていた。
僕の魔法についてだとか……
シトリンの正体とか……
神器だとか……
僕の抱えている秘密は多くある。
しかし……
いきなり『お風呂』って何だよ。拍子抜けだ。
いや、アイリスの言いたいことはわかるんだよ?
アルクス学園の寮には大浴場がある。
『お風呂』なんて貴族の屋敷にしかないっていうのに、常にお湯が沸いて自由に浸かれる贅沢。この学園は太っ腹なんだ。
田舎にいた頃なんて、冷水に濡れた手ぬぐいで身体を拭いていたんだから……毎日が拷問だ。
真冬に妹から水桶を投げつけられた時なんて死ぬかと思ったぞ。
でだ……
僕は正真正銘の『女の子』だ。しかし、僕が生活している場所というのは男子寮。日常的に男だって誤魔化しては……というより勘違いされてるんだけれど。
別にそこについて悩んだり困ったりは一切していない。
だけどさ〜〜いきなり『女の子』だってバレてしまうのは非常に面倒くさいことである。
そして、1番それがバレてしまう恐れがあるのは『お風呂』だ。あられもない姿を晒せば流石に誤魔化すことは僕にだってできない。
ちなみに“入らない”って選択肢はない。
せっかく大浴場があるんだ。そこはお風呂に入りたいから使わせてもらうさ。
だけど倫理観的に問題があるのは否めないよね。女の子が揚々と男風呂に浸かる——ああ、大問題さ。
アイリスはそこに反応したんだ。
「アイリスの言いたいことは分かるよ。僕が男湯に入ってるんじゃないかって心配してるんでしょう? だけど安心して。その点はしっかりしてるよ」
「……ほ、本当にそう?」
まぁ〜〜当初はコッソリと男湯に浸かっていたんだけどね。みんなが寝静まる時間を狙って入ってた。
ただ、それでも危うく鉢合わせしてしまう場面があって——そんな時は魔技【影移動】を使ってよく緊急避難をしたものだ。
でもやっぱり静かに湯船に浸かりたいという欲があった。
そこでとった行動というのが……
「僕の今の姿を見てよ」
「……ん?」
「僕が何のために制服を求めたと思っているの?」
「……え? あ、あなた、まさか……」
アイリスも気づいたみたいだね。
そう、僕のとった行動とは『女装』だったんだ。
僕が面倒くさい『女の子』を演じてまで侵入した。
『お風呂』にはそこまでの魅力があるんだよ。
「この姿であれば問題なく女子寮に侵入できるしね。あとはそのまま浴場にご厄介〜〜ってね。そもそも僕は女の子。な〜〜んの問題もない選択でしょう?」
「——ッ。あなたねぇ……はぁぁ、呆れた話……」
アイリスにはため息を吐かれて呆れられたけど、これは最善策だろう?
女の子が女子寮の大浴場でお湯をいただいたとして、何の問題があるというんだろ?
「ねぇ……ウィル?」
「……ん? なに?」
「あなた七不思議ってご存知?」
「……ななふしぎ〜〜?」
突然、アイリスは話題を振ってきた。
それは今触れている『女の子の在り方』について何の関係もない話題だ。
七不思議? 何だそれ??
「この学園で噂されてる与太話のことよ」
「与太話? アイリスがそんなのを信じてるとは意外だね」
「別に信じちゃいないわよ。ただ、ここ最近よく耳にするの。貴族科でも脳みそが沸騰してるんじゃないかってほど阿呆みたいに噂してるの。私だって七不思議の内容を覚えちゃったぐらいよ。例えば……」
【学園アルクス】『七不思議』
——第5の噂——
『学園アルクス女子寮の大浴場では、いつもきまって生徒数よりも1枚多くのタオルが消える。そこには誰も知らない女生徒がいるようなのだ。それはブラウンの長い髪、それと背の低い少女である』
「ねぇ〜ウィル。これを聞いて何か思うことはない?」
「何かって?」
「気づいたこととか、既視感とか……」
「う〜〜ん? うん、全然……」
「——ッ。あなたねぇ……」
アイリスは1つの与太話を聞かせた。
でも結局、それは僕に何の発見も与えやしない。
だって、それは所詮眉唾な噂話でしかないだろう? それを聞かされたって『だから?』って返答しかできないってもんだ。
アイリスの視線は僕の頭のてっぺんから足のつま先とを往復しているが、一体何を確かめているのやら。僕には皆目見当もつかないや。
それは果たして噂話と関係があることなのだろうか?




