無事、城から出ました
ニアの胸に飛び込んだ私は優しく抱きしめられた。太陽のように温かく、安らぐ匂い。
私、どうしたんだろう…………このまま、離れたくない。
私は抱きしめられたまま、顔だけをあげた。そこで、固まる。
「え? ニア? その髪型は?」
いつもは自由にしている黒髪がオールバックに。しっかりと現れた紫の瞳が微笑む。精悍な顔立ちがますます男前になり、直視できない。
服は竜族の正装で、まるで別人……いや、この場合は別竜? になっている。
私は抱きしめられていることが急に恥ずかしくなった。顔が真っ赤っ赤に茹で上がる。
「二人の世界になっているところ、お邪魔しますよ」
これまた聞き覚えがある声。私が顔をずらすと、ニアの斜め後ろにキヌファがいた。
白銀の髪をオールバックにして背中に流し、白い大きな翼と細長い尻尾を揺らしている。あとは護衛らしき竜族の騎士が数人。
「どうして、キヌファ様まで?」
私の質問にキヌファが呆れたように肩をすくめた。
「我らの盟主が人族の王の城に行くというのですから、従わないわけには、いきませんよ」
聞き慣れない言葉に首をかしげる。
「……盟主、様? どなた、が?」
そこでニアが自分を指差してにっこりとする。
「オレが」
全員が沈黙する。そして――――――――
「「「「「えぇええぇぇぇ!?!?!?」」」」」
人間側から阿鼻叫喚に近い叫び声があがった。
「竜族は人族に比べたら数が少ないからな。国なんか作らずに、各部族で暮らしている。ただ、なにか問題が起きた時の仲介やまとめ役が必要だから。便宜上、盟主ってなってるが……まあ、雑用係だな」
いや、いや、いや、いや。決して盟主は雑用係ではない。
人間側の意見はこれで一致したと思うほど、みんな同じ表情をしている。
呆然としていると、誰かの囁き声がした。
「本当に盟主か?」
「盟主という男の後ろにいる白い男。あれは狂犬ならぬ狂竜で有名なキヌファだ。一度暴れだしたら止まらない。従うのは盟主のみ、で有名だぞ」
「聞いたことがある。あの赤い目は血で染まった色だとか」
盟主より従者のほうが有名って、どういうこと?
私はそっとキヌファを覗き見すると、花のような笑顔を返された。
やはり、囁かれている噂と同一人物のようには思えない。
私はニアに視線を戻した。そこで軽く抱きしめられる。
刹那。
謁見の間を護衛している兵士や騎士たちがパタパタと倒れた。王たちを見れば、なぜか顔を青くして震えている。
「おや、おや。少し魔力を開放しただけなのに。加減を間違えたら潰れてしまいそうですね」
クスクスとキヌファの冷えた笑いが響く。
「そんな脆弱な人族ごときが、条約を違え、我が盟主に傷をつけるなど……」
声にならない悲鳴があがる。
「さて、どのような処分をお考えで?」
玉座で腰を抜かしている王がなんとか声を振りしぼる。
「そ、それは後日、書簡で返答する! ほ、本日は事実確認をしたばかりで、まだ処罰までは決められん!」
この威圧の中でしっかりとした意見。ニアが感心したように、ほぅ、と声を漏らす。
「勢いに流されず判断した、その勇気に免じて書簡での返答を許そう。本来なら、ここで一人。オレと同じ目にあっても良かったんだがな」
グリッドが兄のセグリットの背中に隠れる。それを見たニアが大股で歩きだした。
「ヒッ」
なんとか逃げようと周囲を見るグリッド。しかし、逃げる前にニアが長い足で壁ドンをして、逃げ道を塞いだ。
「いいかげん、鶏頭以下っていうのを自覚しろ。ろくに学習しない世間知らずが。次にオレの前に現れたら、速攻でその首を落とすからな。いや、その前にオレと同じ目にあってもらうか」
グリッドがニアの圧に負けてヘタヘタと座り込む。そこにニアが追い打ちをかけるように、上から覗き込んだ
「いいな?」
「ひゃ、ひゃい」
全身が震えてまともに声がでないグリッドは首が取れそうなほど頷いた。
ニアが踵を返して私のところへ来る。
「じゃあ、帰るか」
今までの脅しと威圧が嘘のような、いつもの笑顔。謁見の間をおおっていた重い空気も消し飛んだ。
「……帰っても、いいのですか?」
私の質問が予想外だったらしくニアが驚いた顔になる。
「どうした?」
「だって……私の、せいで…………ニアは、死にかけて。こんな面倒なことに巻き込んで、しまって……」
申し訳なさすぎて、気後れしてしまう。
「いや、オレは別に気にしてな「セリーヌ! おまえは聖女なんだぞ!」
父の声に私は顔をあげた。そういえば、この問題も残っていた。
「公爵家の聖女として! 王家に入るか、神殿に入るか。選ばしてやるから、さっさと決めろ!」
「ほう?」
ニアがこめかみを引きつらせながら、父に近づく。背が高いニアが立ったまま父を見下ろした。
「おまえは誰だ?」
体格差だけで父が圧される。ただ威圧はされていないらしく、父がアタフタしながらも答えた。
「わ、私はセリーヌの父だ!」
「ほう? おまえが、か。だが、勘当したのだろう? なら、もう娘ではない。関係ない」
「む、娘は娘だ! 関係ある!」
「では、そなたたちの王に聞いてみよう」
ニアが顔をあげ、王のほうを向いた。
「人族は一方的に勘当して、また一方的に勘当を撤回する身勝手な種族か?」
いや、その聞き方はズルくない? 私は自分事ながらも、少し思ってしまった。
王が困ったように返答をする。
「人間はそのような種族ではないが……勘当については、した側、された側の双方が復縁を求めるなら、取り下げるのもやぶさかではない」
「だ、そうだ」
ニアが私を見る。
「え?」
「おまえは復縁を望むか? 勘当の撤回を求めるか?」
「イヤです」
私の即答に父がキレた。
「この恩知らずが! ここまで育ててやったのは、誰だと思っている!?」
「母と使用人たちですけど。むしろ、あなたは私に怒鳴ること以外、なにかしました? 」
「おまっ、どれだけ金をかけたと思っているんだ!?」
「あ、まあ、そこはたしかにそうですね。アリガトウゴザイマシタ」
まったく気持ちがこもっていない礼を言っておく。これで父との縁が切れるなら、いくらでも言える。
「実の父をバカにしてるのか!」
「バカにする、というより、呆れているだけです」
「このぉ!」
噴火しそうほど顔を真っ赤にした父。このまま頭の血管が切れてくれないかしら。
ニアが笑いをこらえながら私の隣に立つ。よく見ればキヌファも他の竜族の騎士たちも口元を押さえ、笑いをこらえている。
「では、勘当はそのままだな」
「はい」
「そのようなことは許さっ!?」
突如、父が喉を押さえて黙った。なにかを求めるように口をパクパクさせている。
そこにニアが口角をあげて言った。
「勘当は継続。今後一切セリーヌに関わるな。いいな?」
笑顔にのせた静かな圧力。父が必死に頷く。
「次はないぞ」
「ブハッ」
父が喉から手を離し、四つん這いになって大きく息をする。
私はニアがなにをしたのか確認しようとしたら、良い笑顔で封じられた。
「よし。じゃあ、今度こそ帰ろ「おまちください!」
今度は神官長から待ったが入った。
「聖女は神が起こした奇跡。どうか、神殿へお越しください」
「え、イヤです」
「そこをなんとか!」
神官長が必死に私に訴える。そこにニアが困ったように声を挟んだ。
「あー、それなんだがな」
ニアが頭をかきながら話す。
「今回は偶然の産物だ。奇跡じゃない」
「え?」「へ?」
私と神官長の間抜けな声が重なる。
「と、いうわけで。ヨッ」
「キャッ!」
ニアが私を抱き上げた。
「これ以上は面倒だから、オレがもらっていく」
「ニ、ニア!? 私、歩けますので!」
騒ぐ私をニアが無視して、王をにらむ。
「異論はないな?」
王が無言で頷く。どちらかと言うと頷く以外、許されない雰囲気。
「じゃあな」
ニアが私を横抱きにしたまま、キヌファたちを引き連れて城から出ていった。




