多難です〜ニア視点〜
今日のオレは久しぶりに書類仕事をしている。本業というか、なんというか。こっちの仕事は、オレ以外はできないため、定期的にここに来てやらないといけない。
「はぁ」
書類の山を前にため息を吐く。
「はい、はい。いくらでも、ため息を吐いていいので、目と手は動かしてください」
パンパンと手を叩いて仕切るのは、腐れ縁のキヌファ。この書類の山を積み上げた犯人でもある。
「容赦ねぇなぁ」
「ちゃんと最終確認してからサインをしてください」
「おまえがチェックしてる時点で最終確認されてるようなもんじゃねぇか」
「私を過信しないでください。そもそも、もう少し早くくればいいのに、ギリギリまで溜め込むのがいけないんです」
わかっているオレはなにも言えず、そのまま書類に視線を落とした。
キヌファが肩をすくめる。
「前はここまで書類を溜める前に来ていたじゃないですか」
「……」
「まぁ、理由は想像つきますけど」
オレは無視して書類にサインしていく。黒いインクで名前を書くが、完成した書類のサインは紫。
「もう少し魔力を抑えてもらえません? そこまで魔力がダダ漏れのサインをもらっても困るんですけど」
「魔力が少なすぎるよりマシだろ」
「少なかったら書き直しです。サインに魔力がないと、あなたが承認した、という証拠になりませんから」
「いちいち注文が多いんだよ」
「いまに始まったことではありませんし、前はもっとうまくサインしていたじゃないですか」
オレは自覚がある分、黙った。たしかに前はもっとうまくサインが書けていた。
「原因は感情の乱れ、ですか?」
持っていたペンが折れる。
「……ワザとか?」
「なにがですか?」
顔をあげれば、悠然と微笑むキヌファ。男のオレから見ても美人すぎて、それが逆に腹が立つ。
「おまえみたいに完璧無欠だったら、こんなことで悩まないんだろうな」
「おや、おや。普段は私のことを冷酷だの、面白みがないだの、散々な言い方をしますのに。今日は、どうしたのですか?」
オレは新しく持ち替えたペンをさっそく折りかけた。こいつ、絶対に分かってて言っている。いや、オレで遊んでいる。
でも、こんなことを相談できるのは、こいつぐらいしかいない。
「あの、さぁ……」
「はい、はい。手と目は動かしてください」
オレは止まりかけた手に力を入れた。クソッ、絶対遊んでやがる。
文句を言われないようにサインを書きながら、オレはぽつぽつと話を始めた。
「あの、オレのところにいる、あいつだが、おまえから見て、どう思う?」
「セリーヌ殿ですか? そうですね。素直で良い感性を持った……あぁ、あなたの駄作に一目惚れという貴重な人族、といったところでしょうか」
言葉の内容にペンを止めてキヌファを睨む。
「だぁれの作品が駄作だぁ!?」
「はい、はい。仕事、仕事。まあ、セリーヌ殿はあなたの駄作に一目惚れというより、作品にこもった魔力に惹かれたんでしょうね。でなければ、誰があんな駄作に一目惚れなんて」
「おまえなぁ! 何回、駄作って言やぁ気が済むんだ!?」
「何回言っても言い足りませんよ。で、問題はそこですか?」
さすが長年の付き合い。核心をついてきたキヌファにオレは怒りを収めた。
「そこというか、なんというか。まあ、オレの魔力に惹かれるぐらいだから、魔力との相性は良かったんだろうな」
「ですねぇ。普通の人族なら感じるはずのない、あなたの魔力をセリーヌ殿から感じますから」
「……やっぱり、わかるか?」
「そりゃあ、分かるでしょう。あんなにあなたの魔力が染み付いているんですから」
オレは大きくため息を吐いた。
「まあ、オレの魔力が染み付いていれば、魔獣や動物は襲ってこないから、あいつを一人にしても大丈夫だと思っていたんだが、人族には効かなくてな。本当、人族って厄介だ。直接言って、分からせないといけない」
あの三人組。思い出すだけで腸が煮えくり返る。きっちりしっかり死なない程度に分からせたが、次に同じことをしたら……
どす黒い魔力が顔を覗かせたところで、キヌファが声を挟んだ。
「魔力が弱い分は、数の多さで補っている種族ですからね。魔力を感知したり、本質を見抜く力は弱いのでしょう」
「本当、面倒なヤツらだ」
と、ここでオレは一枚の書類をキヌファに差し出した。
「これ、港の利権で揉めているなら、いっそのこと海を使わなければいいんじゃないか?」
「ですが、陸路ですと海路の倍時間がかかります」
「途中までは陸路だが、その先に川がある。それを使えるなら、移動にそこまで時間はかからないはずだ」
「相手側は海路しかないと思って法外な値をふっかけてきてますからね。思いきって他の交通網を作りますか」
キヌファが良い笑顔になる。
「下見をして、作れそうなら頼む」
「はい」
オレは書類に視線を落として話を続けた。
「で、話を戻すが。人族って、基本は魔法が使えないだろ? 使えてもごく一部。しかも、低級魔法ぐらい」
「そうですね」
「治癒魔法なんて高度な魔法は使えないよな?」
キヌファが細い顎に手をそえて考える。
「高度だから使えない、というより魔力が足りなくて使えない、でしょうか。治癒魔法は適正もありますが、人族の魔力と治癒魔法は相性が悪いですからね。治癒魔法を使おうと思ったら、相当な魔力が必要になります」
「……だよなぁ」
オレは自分の右腕を見た。あの時、間違いなく尖った木の枝でケガをした。痛みがあったし、血も出ていた。なのに……
その時の話を聞いたキヌファが頷く。
「セリーヌ殿が治しちゃってますね」
オレは机に突っ伏した。
「軽く肯定するなよ」
「事実ですので。ですが、なぜ人族のセリーヌ殿が治癒魔法を使えたのでしょう? その様子だと本人は気づいていないようですし」
「ああ。だから、そこを調べてほしい」
「わかりました。早急に調べるようにします」
「頼む」
そう言った後、オレは頭をかいて机に肘をついた。キヌファが珍妙なモノを見るような目を向ける。
「まだ、なにか問題でも?」
「これから、どうするか悩んでるんだよ」
「セリーヌ殿との関係ですか? 別に今まで通りでは、いけないのですか?」
「今まで通りって、師匠と弟子のままでいろってか?」
珍しくキヌファが目を丸くした。特徴的な赤い瞳が小さくなる。
「え? まだ、その関係だったのですか?」
「悪いかよ?」
「いや、あなたのことなので、てっきり……」
「おまえ、オレをなんだと思ってる?」
オレはジロリとにらんだが、キヌファには効かない。むしろ、淡々と言われた。
「来るもの拒まずの入れ食い男」
「ちがぁーう!」
「だって、そうでしょう」
ここはしっかり否定をしなければ。
「オレは! 自分から! 求めたことは! ない!」
「ですから、来るもの拒まず」
「だ、だか! ちゃんと相手は選んでいた!」
キヌファが頷く。
「そこはしっかりしていましたね。一夜限りの遊びで済むような……」
「あー! うるせぇー! うっせぇー! うるっせぇぇぇぇぇぇー!」
「あの清純なセリーヌ殿が知ったら……」
その言葉にオレは一瞬で体が冷えた。あれ? なんで、こんなに寒気を感じるんだ?
ガタガタ震えるオレに、キヌファがそれはそれは良い笑みを浮かべる。
「間接キスで恥ずかしがるぐらい清純ですからねぇ、セリーヌ殿は」
「なんで、それを知ってるんだ……?」
「もし、今までのニアの…………知ったら、どうなるでしょうねぇ」
血の気が引くというのを初めて体感した……気がする。
「セリーヌ殿に失望されたくなかったら、早く仕事を終わらせましょうね」
「おまえに相談したオレがバカだったぁー!」
オレは叫びながら、過去最高の速さで仕事を終わらせた。
「く、くそぉ……」
書類がなくなり、キレイになった机に横たわる。
「はい。お疲れ様でした。とっととお帰りください」
「言われなくても帰る」
オレはヨロヨロと立ち上がりながら、窓ガラスに写る自分を見た。この姿を、あいつは知らない。
「キヌファ。あいつはオレの本当の姿を知らないんだが……このままで良いと思うか?」
「そうですねぇ」
キヌファがサイン済の書類を小わきに抱える。
「セリーヌ殿はあなたの本当の姿を知って去ってしまうような人族ですか?」
「…………いや、師匠は師匠だから、って流しそうだな。それはそれで寂しいけど」
自嘲気味に笑ったオレにキヌファが肩をすくめた。
「弱気なんて、あなたらしくない。セリーヌ殿があなたの魔力に惹かれた、ということは、あなたの本質に惹かれた、ということです。あなたは、あなたらしく、そのまま決着をつければいいんですよ」
「……簡単に言うなよ」
キヌファがフッと笑う。
「グジグジしていると、横から取られてしまいますよ。私もセリーヌ殿のことは、けっこう気に入ってますからね」
「絶対やらねぇからな!」
「はい、はい」
白銀の髪をなびかせてキヌファが部屋から出ていく。
「…………腹、括るか」
オレはかたく拳を握った。




