無事、ではない状況になりました
最近の私はガラスアクセサリー作りが忙しくなっていた。麓の町の雑貨屋で売っていたガラスアクセサリーが好評で、遠くから買いに来る人までいるそうで。
相変わらずニアのガラス作品のような夜明け色は作れないけど、充実した毎日を送っていた。
――――――――あの日までは。
今日は山の麓の雑貨屋へガラスアクセサリーを卸す日。
ニアとともに雑貨屋へ行くと、女店主が笑顔で迎えてくれた。
「いらっしゃい。調子はどうだい?」
「いいですよ。アクセサリーはどうですか?」
「売り切れてるよ。次はいつ入荷するのかって聞かれるほどさ」
私はこっ恥ずかしくなって照れ笑いしか出来なかった。
「なんかさ、あんたが作ったガラスアクセサリーを持ってると、運が良くなったとか、病気やケガが早く治ったとか、言われてるらしいよ」
「普通のガラスアクセサリーなのに、お守りみたいになってますね」
「まあ、それで売り上げが伸びてるんだから良いだろ。おや、色男。なんか顔色が悪くないかい?」
「……いつもと同じだ」
ニアが無愛想に答える。顔色が悪いというより、なんか困ったような、気まずいような顔?
首をかしげて見上げる私からニアが顔をそらす。
「オレはいいから、アクセサリーを売ってこい」
「そうでした」
私は女店主とガラスアクセサリーの値段交渉を始めた。材料費や人件費、相場などをニアから教えてもらって以降は、こうして自分で価格決めて売っている。
代金をもらったところで、女店主が思い出したように一冊の本を出した。
「あんた、本は読むかい?」
「読みますけど」
「これ、都会で人気の本なんだって。いるかい?」
私は渡された本を見て、思わず顔が引きつった。本のタイトルは『聖女と悪女』で、内容は聖女を語る女が王子に近づき、国を乗っ取ろうとする。しかし、それを見破った本物の聖女が王子とともに国を守る、というもの。
そう。あのバカ王子が婚約発表のパーティーで私に婚約破棄をすると言った時の言葉。それが、この話に出てくるセリフそのままだった。
私は困ったような笑顔を貼り付けて本を女店主に返した。
「ちょっと、こういう本は読まないので」
「おや、残念だね。じゃあ、売り物として店に並べとくよ」
「わざわざ取っておいてくれたのに、すみません」
「いや、いいんだよ。あ、あと、コレ。あんた宛てに手紙だよ。配達人が工房の場所が分からないっていうから、預かっといたんだ」
「ありがとうございます」
シンプルな白い封筒。差出人は頼れる有能な侍女マリナ。有能なだけに、この手紙は嫌な予感しかしない。
「では、失礼します」
私はニアを引っ張るように急いで工房へ帰った。
※
ガラス工房に戻った私は、リビングに入るやいなや急いで手紙を開けた。
「あー」
手紙を読みながら思わず声を漏らしてしまう。ある意味、想定内ではあるけど、まさか本当に動くとは。
「どうした?」
私の声を聞きつけたニアがキッチンから顔をだす。
なんか、最近は私に関しての反応が早い気が。私、そんなに頼りないかしら。お皿も割らなくなってきたのに。
近づいてきたニアに私は手紙を見せながら説明した。
「公爵家の使用人からの手紙なのですが、元婚約者である第二王子が私を探しているそうです。婚約発表パーティーで、発表する前に私との婚約を破棄して、別の女性との婚約を発表したのに」
「前にも聞いたが、改めて聞いてもバカの愚行だな」
紫の瞳が鋭くなる。なんか、かすかに窓も振動したような? え? 地震?
キョロキョロと周囲を確認していると、ニアが訊ねてきた。
「で、なんでおまえを探しているんだ?」
「あー。バカ王子が選んだ相手が王家の礼儀作法も、勉強もまともにできなくて、周囲が頭を抱えているそうです。当然といえば、当然ですけど。私が十数年かけて学んで身につけたことを、こんな短時間で覚えるなんて、天才以外には無理です」
「それで、なんでおまえを探すことになるんだ?」
私は肩をすくめた。
「私の父が、バカ王子の相手の無能さに『こんな女より自分の娘が劣っていたというのか! 公爵家の顔に泥を塗るのか!』と、激怒したそうで」
「……面子の問題なのか?」
「まあ、そういう父なので。で、周囲もその意見に賛同しまして。私を探し出して、連れ戻そう。となったそうです」
「自分勝手もいいとこだな」
私は大いに頷いた。
「その通りです。ただ、バカ王子にしたら自分で婚約破棄しといて連れ戻しにいく、というのがバツが悪いらしく。そこで、私はここに誘拐されたため、バカ王子が兵を連れて救出する、という表向きの理由を作ったそうです」
私は話を締めくくって、手紙を封筒に戻す。そこに、ニアが信じられない、というように額を押さえて、もう一度確認してきた。
「…………待て。誰が誰を誘拐しているって?」
私はニアと自分を交互に指さす。
「ニアが、私を、誘拐している」
私の回答にニアは盛大にため息を吐いた。
「どういう頭をしているんだ」
「バカ王子は自分が婚約破棄したことを、棚よりも遥か高みの山頂に置いて記憶喪失になったようですね。私がいなくなったのは誘拐されたからで、婚約破棄もしていないそうです」
「…………」
さすがに何も言えなくなったのかニアが黙る。こんな言い訳をするバカ王子も問題だけど、それを通す王も大問題。
バカにかける言葉はない、とはこのことだ。
私は軽くため息を吐きながらニアに言った。
「安心してください。こうなることは想定内なので、手は打っています。隣国になりますが、従姉妹が国境沿いの伯爵家に嫁いでいまして。なにかあった時は、そこを頼れるように根回ししておきました。ほとぼりが冷めるまで、そこに引っ越しましょう」
「最初、親に勘当されて行く宛がないって言ってなかったか?」
「そうでしたっけ?」
私は満面の笑みで、すっとぼけた。そんな私にニアが苦笑いをする。
「おまえ、ガラス職人より策略家のほうが向いてないか?」
「私はニアの作品のような色のガラスアクセサリーを作りたいんです。工房を離れるのは残念ですが、逃げ切れれば、また作るチャンスもできます」
私はそこで言葉を切ると、自分の部屋へ足を向けた。
「いつバカ王子が動くか分かりません。とにかく今は、早く荷物をまとめて……」
歩きだそうとしたところで肩を掴まれた。振り返ると、ニアがまっすぐ私を見つめている。
「どうしました?」
いつものニアとなにかが違う。
ガラス作りをしている時の真剣な眼差し。掴まれた肩が熱くなり、心臓がドキドキと激しく波打つ。
え!? な、なんで、こんなにドキドキするの!?
心臓の音がニアにまで届きそうで、私は思わず胸を押さえた。
そこに、ふわりと優しい風が舞う。ニアの長い黒髪が揺れ、朝焼けのような紫の瞳が私を射抜いた。
「オレに任せとけ」
ニアが口角をあげ、ニヤリと笑う。男前の笑みに思わず見惚れかけ、私は我に返った。
「いや! それはさすがに無理です! 相手は小隊を組んだ兵士たち。一人でなんとかできる相手では……」
武骨なニアの手が私の頭に触れる。そのまま、わしゃわしゃと撫でられた。
「え!? え!?」
意味が分からない私はパニックになる。どうすればいいか分からず、手をさまよわせていると、ニアがポツリと呟いた。
「…………好いた相手ぐらい守れないとな」
声が小さすぎて聞こえない。
「あの、よく聞こえなかったのですが……」
首をかしげる私にニアが微笑む。
「これが終わったら、また言う」
その声が、その目が、ひどく優しく、ひどく儚くて。私は頷くことしかできなかった。




