8 誘いとお風呂
昼にステラさんと久しぶりにチャットでき、幸せを感じている一方、たこ焼きは不満だったらしくずっと不機嫌な如月は帰宅中常に無視を貫いてきた。
まあ、別に話してくれないのなら、それはそれで良いのだがーー
さてさて、家に着き中に入ると、デミグラスソースの匂いが玄関まで漂っていた。
匂いに釣られ、真っ直ぐにリビングへ向かうとキッチンにはエプロン姿の未央ちゃんが立っている。
林檎は早くもTシャツ一枚とラフな格好で卵を割っているが、妹の生脚よりも未央ちゃんの制服エプロンが新鮮でそちらに目を奪われてしまう。
「おかえりお兄ちゃん、それと迷惑女」
「ただいま、口の悪い妹さん」
今では毎度のやり取りとなった、如月と林檎の軽い口喧嘩にも慣れ、俺は無視して未央ちゃんにだけ「ただいま」と言う。
「お、おかえりなさいお兄さん! 今日は私も手伝ってハヤシライスです」
「おお! それでデミグラスソース? 良いねえ!」
「あ、あのう……私も今日は林檎に誘われて、お泊りなんですけどーー」
「ああ、大丈夫だよ。今日、親は二人して会社に泊まり込みだから。寝る部屋は林檎と一緒で良いよね?」
「は、はい! ありがとう御座います」
やっぱり未央ちゃんは礼儀もあって良い子だ。
それに比べて、まるで家族のようにズケズケと毎日のようにうちへ来ては泊まっていく如月には、爪の垢を煎じて飲ませてやりたい。
未央ちゃんに「ゆっくりしてって」と言って、俺はいつも通り喧嘩を始める寸前で如月を連れて部屋へ向かう。
先に部屋で、如月に着替えさせ、その後に俺が部屋で着替えて二人で再度リビングへ。
いつもは俺のTシャツとハーフパンツを履いて、サイズが大きいなど文句を言う如月が、上着用のジャージ一枚で生脚を出している。
林檎よりムチッとしている如月の生脚……全く興奮しない。
どうせ風邪を引いて、鼻水を俺の腕や服やらに擦り付けるのだ。
下を履いてくれーー頼むから。
「何ジロジロ見てるの?」
「スクワットした方が良いんじゃないかって」
「……嘘よね?」
「嘘だけど」
……まあ、他の男なら興奮してオカズ行きだと思う。
嘘と分かりホッとした表情を見せつつも、俺の背中を何回も握りの甘い拳で優しく叩く如月。
行動の一つ一つは、小動物的可愛さがある。
だから多分、俺は飽きもせず如月の世話をできているのだと思う。
林檎みたいに、人を生コンで埋めるような、頭のネジが大きく外れていたら拒絶反応を起こしていただろう。
そんなことを考えながら、階段を降りてリビングに入り、ソファーに座り込む。
すると、丁度で未央ちゃんがお茶の入ったコップとお菓子を入れたボウルをお盆に乗せて運んできてくれた。
「ーーありがとう」
「い、いえ。あのう……」
「ん?」
「土曜日、映画に付き合って……くれませんか?」
「映画?」
「「ーー映画っ!?」」
小声で話をしていたはずなのだが、コーヒー牛乳を奪い合う二人にも聞こえていたらしい。
驚きとはまた違う、複雑そうな声に未央ちゃんが肩をビクつかせた。
「何だよお前ら……」
「い、行くの?」
「……まあ、暇だし……なあ?」
「は、はい」
未央ちゃんが頷くと、ゆっくり冷蔵庫の扉が閉まり、馬鹿二人は仲良くキッチンの奥へと消えていく。
俺達から見えなくなると、卵が油に跳ねる音が聞こえてくる。
未央ちゃんは急に顔色を青くするが、何も悪いことをしていない。
だから俺は、未央ちゃんをあえて横に座らせる。
「あいつら馬鹿だから、気にしたら終わりだよ」
「で、でも何だか……」
「いつものことだろう? 急に癇癪起こしたようにぶっ飛ぶけど、急に世界が滅ぶ前夜のように暗くなる。馬鹿だから素直なんだよーー何に素直になっているのかは知らないけど」
「そう、なんなんですか? 林檎はいつもああですけど……あ、すみません。ありがとう御座います」
余計顔色を青くしたので、チョコクッキーを一枚手に置いてあげる。
未央ちゃんは小さな口で半分ほど齧ると、糖が全身に行き周り落ち着いたのか顔色を戻してくれた。
ついでにもう一つ、ポッキーを口の前に泳がせてみる。
「ーーあむ」
「食いついた」
「……ああああ!! え、えとっ! 違うんです!」
いや、何も違わないと思うけどーー?
ポッキーに食いつき、俺の指まで食べ進めた未央ちゃんはた突如赤面し、言い訳を始める。
それを俺はただひたすらに、笑みを保って見守り続ける。
もうしてしまったんだから、ハムスターみたいな一面を見せてしまったんだから、言い訳やめて認めようよ。
「ーーな、なので! 嬉しくてとかーーそんなんじゃなくてえ!」
「うん、分かってるよ。ポッキーが好きだったんだよね」
「そ、そうです!」
「じゃあもう一本ーーいって……おい、お前が何で食ってる」
未央ちゃんにもう一本、ポッキーを出すとまさかの如月が食いついてきた。
如月は上目遣いで、ポッキーを咥えたまま首を傾げるが、見下ろす俺の顔はまるで鬼瓦である。
俺は残り半分ほどのポッキーを途中で折って、それを食い如月にニヤッと笑ってやる。
胸糞悪いだろう意地悪をし、良い気分になって満足する俺に対し、如月はハリセンボンのように膨れるのだった。
♡
ハヤシライスを食べ終えた俺は、湯船にゆっくりと浸かり今日一日の終わりを実感する。
湯船に使っているだけだが、心まで浄化されていく。
俺の心が汚れてしまうのは、林檎、如月、雅人先輩と、面倒ばかり持ち込む馬鹿が周りにいることだと、確信が持てる。
奴らは俺にとって、とんだ疫病神だ。
「ーー良い湯だな……」
「お兄ちゃん、一緒に入って良い?」
脱衣場から、林檎に話し掛けられる。
「……お兄ちゃんはいませーん」
「一人で占領してないで、詰めてよ」
「無視かよっ!」
俺の言葉を無視して、素晴らしい程に無防備を決めて林檎は風呂へ入ってくる。
湯気が胸と、股を隠しているがーー
この湯気が取れたら一刻の終わりである。
妹とは言えど、思春期真っ只中で心身共に発達する時期だ。
俺は兄だが、だからと言って妹の裸を見て全く何も感じないかと聞かれれば、首を振る。
中学生と言う中途半端に大人な年齢で、胸の膨らみ体のライン、それらは何故か一番美しく見える頃。
せめてバスタオルをしてほしい。
如月でも、バスタオルをして入ってきたのだから。
そう考えてみると、如月のバスタオルが脱げていたらーーと、俺は妄想してしまう。
「ーーて、違うだろ林檎。別に入るのは良いけどバスタオルしろ」
「お兄ちゃんもしてないじゃん」
「……まあな。お前が入ってくるとか、予測できなかったからな」
「おっ勃てないでよ?」
「五月蝿えよ。妹におっ勃てるか」
言い返しながら、湯船で小さくなって林檎にスペースを作ってあげる。
林檎が浸かると、湯が浴槽から溢れた。
「……で、どうしたんだ?」
「別にい! お兄ちゃん、一人で寂しいんじゃないかと思ってーー前にあの馬鹿女と入ってたし」
「おいおい。俺は一人じゃお風呂に入れない、心霊番組を見たあとの小一か?」
「……ねえ、お兄ちゃん。何であの女なの?」
俺の例えは面白くないからスルーなのか?
ーーそうなのか?
「答えてよ」
それはこっちのセリフである。
しかし、俺の例えが面白くなかったから、無視されたのだとしてーー
林檎の問に答えることは、俺にはできない。
俺は、あの馬鹿女をーー選んだ覚えはないのだから。
俺が選ぶのは、ステラさんただ一人である。
何処かに居て、もしかしたらすれ違っているかもしれない。
俺には、如月を選ぶような悪趣味は一切ない。
だからはっきりと否定できるーー
「俺はあいつを選んでいない。むしろ、馬鹿女の世話役に選ばれたくらいだ」
♡
さて、林檎と湯船に浸かってから何分経過しただろうか。
互いに体勢も変わり、如月の時同様に股に林檎を俺は挟んでいる。
この状態も一度やっておくと慣れるもので、女子の柔らかい肉が○○○に当たろうとも、気にならなくなった。
ただ一つーー
この体勢でいると厄介なのは、硬い浴槽に背中が押し付けられじんわり痛いことだろうか。
これさえなければ、別に誰が相手でも何時間だろうと耐えられる(雅人先輩は除く)。
だが、そろそろ風呂を出たい。
疲れも取れ、如月がそろそろ代われと突撃してくる頃合いだ。
「林檎、そろそろ出よう」
林檎は首を横に振る。
まだ出たくないようだ。
なら俺だけでも出るとしようーー
「ーーダメッ!」
「な、何だよ……」
「お、お兄ちゃんまだ出たらダメだから」
ええ……俺また理不尽に怒られるんだけど。
嫌と、顔に自然と感情が出る。
林檎は毎度ご苦労、頬を膨らせると体を反転させて抱きしめてくる。
この状況をもし、如月が見たらーー
明日、俺は極楽浄土で新生活を始めることができてしまいそうだ。
「ーー何だよ、離してくれよ」
「嫌」
「ならどうしたら良い?」
「ーー私と明日、二人で家で過ごしてくれるなら良い」
「……いや、無理だろ普通に考えて。如月が絶対来る」
「またーーまた! またまたまた如月如月如月! 私じゃダメなの!? 私じゃ不満なの!?」
「俺達は兄妹、以上」
「うええええん!! そんなさっぱり言い放たないで、お兄ちゃん……ごめん! 謝るから、離すから、だから私との時間も過ごしてよおおおお! 兄妹としてのおおおお!!」
ーーこいつは言葉にできない程に、面倒くさい。
思春期の妹なら、もっと兄に対して塩対応をとって、自ら距離を置くような、そんな一般的な行動を取ってほしい。
こうも中学生になっても、ベタベタで感情の波が激しいと、一生俺が面倒を見ていかなければならない。
自立しろ、そして周りに合わせる適応能力をみにつけてくれ。
「分かった! 分かったから離せ!! てか、出るぞっ!!」
なんて、思ったところで結果甘やかしてしまうのが兄である。
断りきれず、林檎の要求を飲んでしまった。
納得してくれた林檎に、やっと離してもらえた俺が風呂を出ると、様子を見に来たらしい如月とばったり脱衣場で顔を見合わせる。
「……なめこ」
「ーー死ねっ!!」
俺の聖剣エクスカリバーを、なめこ呼ばわりした如月は、脳天に肘を落としてやったことでその日はもう目を覚ますことはなかった。
ランキングを初めて見ました。
いやあ、20位ほどにいました……何ということだああああ!!
皆さん、ありがとう御座います!!
ランキングに載っていました(笑)←(今更
是非、気に入っていただけましたら評価していただき、応援よろしくお願い致します!
感想も書いていただけましたら、返していきます。←(つ、辛い内容は……見ないよ?