医者と龍
「あんたがクロとか言う医者か?」
堂々と椅子に腰掛けていた男は、俺の問いに小さく頷いた。
こいつ……本当に医者なのか?
これほどまでに職業と風体が一致しない人間を見たことがない。
服の上からでも分かる筋骨隆々とした身体……無精髭を生やし、スキンヘッドまで髪を剃り上げている厳つい外見の男だ。
「……治療か? 見たところ必要なさそうだがな」
「ここにくれば薬が買えると聞いた……これが欲しいんだが」
俺はレンから貰ったメモをクロに渡した。
「神経系の鎮痛剤か……ずいぶんと強力なものが欲しいんだな」
クロは椅子から立ちあがり、後ろの棚から小瓶をいくつか取り出すと、テーブルの上に置いた。
「兄ちゃん、コレを売る前に質問があるんだが?」
「……なんだ?」
クロは懐疑の目で俺を見ている。
「この薬はな……ここらへんに住んでる貧民街の連中じゃ、まず買えねぇぐらい高い薬だ。わざわざ裏稼業の病院に金持ちが来るわけねぇ。つまり、アンタは「ワケあり」の人間だってことだ……薬が欲しい理由とはなんだ?」
薬を買うのに理由が必要だったのか?
まずいな……そんな話はレンから聞いていない。
「ここは金を払えば理由を聞かずに薬を貰えると聞いたんだが……闇医者が薬を売るのに理由が知りたいとは、変な話だとは思わないか?」
クロは鼻で笑った。
「フン……答えるつもりもねぇか。そりゃそうだ……テメーはカタギじゃなくて極道だろ?それも桜花組の七代目からの使いだ……違うか?」
すでに、お見通しと言うやつか。
こうなれば本当の事を話すしかないようだ。
「……俺は桜花組の関係者ではなく客人扱いだ。ここに来たのもタダの「使い」にすぎない。何とか薬を買わせてはくれないだろうか?」
俺に背を向けてクロは答えた。
「……帰んな兄ちゃん。ボルクの野郎に渡す薬なんぞ、ここには置いちゃいねぇよ。これ以上、駄々をこねるつもりならブチのめしてでも……」
話の途中に店の玄関先から叫び声がした。
「ク……クロさんッ!いるんだろッ!助けてくれッ!」
急患か……?
背中に人をおぶさっている獣人が勢いよく店へと入ってきた。
患者の男に意識は無かった……クロは、すぐに患者をテーブルに寝かせて触診をする。
顔の腫れ具合や腕の内出血が酷い……まるで鈍器のようなもので何度も殴打されたようだった。
「こいつはヒデェな……折れた肋骨が臓器に突き刺さってやがる。右上腕骨の完全骨折に両手骨の粉砕骨折……頬骨が砕かれて顎が外れている」
どうみても重体だ……いや、瀕死と言っていい。
「クロさん……こいつは助かるのかい?俺の親友なんだ。何とかしてくれよ。頼む……」
半泣きになって嘆願している獣人にクロは微笑むと「まかせろ」と、一言だけ言った。
上着を脱ぎ、深呼吸したクロの身体中から淡い光が溢れだす……と同時に上半身の筋肉が肥大していった。
これから一体なにをするのか分からないが、レンが俺との決闘で見せた闘技に近い印象を受けた。
「アンタ、一体なにを……?」
「オメェには特別に見せてやる。俺の医療術をなッ!」
身体中に張り巡らされた淡い光が両手に集まっていく……
光輝く両手を患者の胸に乗せると、患者の身体を光が包みこんだ。
「あれがクロさんの内体功の術だ。術者の気を患者に流し込み、怪我を身体の中から治療する奇跡の技だよ」
獣人の男は神の御業を見るかのように、その光景を解説していた。
酷い有様だった顔の傷や内出血の跡が消えていく……まるでファンタジー映画に出てくる魔法で治癒しているかのようだ。
「意識が戻るまで少しかかるが、これで心配いらねぇ。もう少し遅かったら命の保証はできなかったが」
「あ……ありがとうッ!クロさんッ!そ……それで治療代なんだけど……」
獣人の男は俯きながら申し訳なさそうにしている。
「フン……鼻から期待しちゃあいねぇよ。払える時になったら持ってこい。それまでツケといてやるよ……心配すんな」
「すみません……いつもいつも俺達の為に……」
獣人の男は何度もクロに頭を下げていた。
金を持ってない人間からは治療費を取らないか……クロと言う医者は普段から、そうしているのだろうな。
裏稼業として医者を営んでいるのも、貧民街の人間逹を思いやっての事だろう。
息子が桜花組に入って死んだから桜花の関係者を毛嫌いするようになったと聞いたが……
同じ弱き者を守る志を持つ同士なのに、これほど嫌うのは何故なのだろうか?
クロと桜花組には何か決定的に違うモノがあると言うことかもしれない。




