4.いつも通り、のはずなのに
約束の日。
タオがレオの家を訪ねてきた。
「よ」
「おう! 毎回迎えをありがとな。 いくか!」
いつも通りの挨拶。
いつも通りの顔。
なのに、レオはタオをまともに見られなかった。
これまでのことを、正直に話すと決めていたはずなのに。いざ本人を目の前にすると、どう切り出せばいいのかわからなくなる。
結局、ふたりで食事を済ませたあと、レオは意を決して口を開いた。
「なあ、タオ。ちょっと話があるんだけど」
「……何?」
「実はさ、この腕輪なんだけど……」
レオは手首を差し出し、腕輪を見せた。
そして、最近起きていることを、できるだけ正直に説明した。
タオを見ると動悸がすること。
触れられると妙に意識してしまうこと。
そして、タオが気に入っているらしい魔女に、嫉妬のような感情を抱いてしまったこと。
最後に、自分なりに考えた結論を告げた。
「たぶん、この腕輪にタオのことが好きな魂が入ってるんだと思う」
タオは目を見開いた。
普段、感情をあまり表に出さない男が、はっきりと驚いている。
レオはそれを見て、ますます不安になった。
「……違った?」
タオはしばらく黙っていた。
やがて、慎重に言葉を選ぶように口を開いた。
「その腕輪は、俺がお前にあげたんだよな?」
「? ああ、そうだけど。『俺のための腕輪』って言ってた」
「……そうか」
タオは視線を落とした。
「悪かったな。明日、俺の職場に来い。そこで解呪できると思う。それまでは平気か?」
そう言って、タオはレオの顔を覗き込んだ。
近い。
いつもなら気にならない距離なのに、今はそれだけで心臓が跳ねる。
レオは少しだけ視線を泳がせ、それでも素直に頷いた。
「うん。別に、体調が悪いとかじゃないし」
「なら、今日はいつも通りにしよう」
「……いいのか?」
「もともと遊ぶ約束だっただろ」
タオは淡々と言った。
レオは少し迷ったあと、頷いた。
確かに、腕輪の影響以外で困っていることはない。
それに、明日になれば解呪できるのだ。
だったら、今日はいつも通りに過ごせばいい。
そう自分に言い聞かせ、レオはタオといつもの酒場に向かった。
くだらない話をして、笑って、いつものように過ごす。
時々、タオと目が合うたびに心臓が跳ねたけれど、それ以外は普段と変わらなかった。
夜も更け、ふたりはいつも通りレオの家に向かい、順番に風呂へ入ることになった。
先に上がったレオは、寝る準備をしようとして、ふと手を止めた。
……そういえば。
いつも、タオが泊まりに来たときは、同じベッドで寝ていた。
それが当たり前だった。
タオは体格がいいくせに、寝るときはなぜかレオを抱き込むように腕を回してくる。最初こそ文句を言っていたが、今ではすっかり慣れてしまっていた。
けれど、今は違う。
あの腕輪のせいでタオを意識しているのだ。
そんな状態で、いつも通り一緒に寝られるのだろうか。
ベッドに腰掛けることすら恥ずかしくなり、レオは部屋の中をうろうろした。
そのとき、脱衣所の扉が開いた。
「……何してんだ?」
風呂上がりのタオと目が合った。
「な、何でもない!」
反射的に顔を伏せる。
自分でもわかるくらい、耳まで熱くなっていた。
タオは少しだけ眉を寄せたものの、何も聞かずにベッドへ向かった。
「大丈夫。いつも通りでいい」
そう言って、先に横になる。
その言葉に背中を押されるように、レオもそっと隣へ入った。
……いつも通り。
そう、いつも通りなのだ。
なのに、隣にいるタオの気配が気になって仕方がない。
近い。
こんなに近かっただろうか。
少し動けば肩が触れる。手を伸ばせば、すぐに届く距離だ。
今さらながら、自分たちの距離感がどれほど近かったのかを思い知らされた。
やがて部屋の灯りが消え、静けさが広がった。
しばらくして、レオはぽつりと呟いた。
「……俺らって、いつもこんなに距離近かったんだな」
「そうだよ。ずっと前からな」
「うわっ!?」
思わず振り向くと、すぐ目の前にタオの顔があった。
レオは慌てて前を向き直した。
「起きてたの!?」
「まだ寝てない」
「そういうことじゃなくて……!」
「挙動不審すぎるだろ」
タオが小さく笑った。
「だって、起きてると思ってなかったし」
「いつもなら、もう少し飲んでから寝るだろ。今日はやけに静かだと思ったら」
「……そりゃ、魂が入ってるかもしれないんだぞ。落ち着かないだろ」
「まだそれ言ってるのか」
タオは呆れたように息を吐いた。
「魂がどうとか関係なく、お前はお前だろ」
そう言って、レオの頭をくしゃりと撫でた。
その手つきは、いつもと変わらない。
何気なく触れてくる手も、少し低い声も。
レオは胸が締めつけられるような気持ちになった。
気づけば、撫でてくれるタオの手に、自分から頭を押しつけていた。
タオの手が、ほんの一瞬止まる。
けれど、何も言わずにもう一度、優しく頭を撫でた。
「……ほら、もう寝ろ。腕輪は明日、解呪するから」
「……うん」
解呪すれば、元に戻るのだろうか。
タオを見るたびに跳ねる心臓も。
触れられると熱くなる頬も。
魔女に嫉妬してしまう、この気持ちも。
全部、なくなるのだろうか。
そう考えると、なぜか少しだけ寂しかった。
レオがそっと寝返りを打とうとした、そのときだった。
タオの腕が伸びてきて、レオの体を包み込むように抱き寄せた。
いつものことだった。
タオは寝るとき、昔からこうしてレオを抱き込む癖がある。
慣れ親しんだ温もりに、レオの体から少しずつ力が抜けていく。
安心する。
不思議なくらい、落ち着く。
胸の奥が温かくなり、幸せだとさえ思ってしまう。
……本当に、魂が違うだけなのだろうか。
タオの腕の中で、レオは静かに目を閉じた。




