第六章 誰にも見せないノート
## 第六章 誰にも見せないノート
二年生の夏休み。
僕――佐伯直人には、学校とは別に、もう一つ夢中になっていることができた。
**小説を書くことだった。**
最初は、ほんの思いつきだった。
授業中にふと思った。
「もし、自分が異世界に行ったらどうなるんだろう?」
そこからだった。
紙を一枚取り出して、登場人物の名前を書いた。
次に世界の名前。
国の名前。
町の名前。
魔法の仕組み。
職業。
学校。
冒険者。
少しずつ増えていった。
気がつけば、物語を書くというより、
**世界そのものを作っていた。**
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### ノート一冊
僕は普通の大学ノートを一冊買った。
表紙には何も書かなかった。
題名もない。
名前も書かない。
中には、
「世界設定」
「登場人物」
「国」
「地理」
「魔法」
「歴史」
「物語第一章」
と、細かく書いていった。
思いついたことがあれば、授業の休み時間にもメモする。
家に帰ると続きを書く。
でも、誰にも見せるつもりはなかった。
理由は単純だった。
**恥ずかしかったからだ。**
「こんなの子どもっぽい」
「面白くないって言われたらどうしよう」
そんなことを考えていた。
そこで僕は、ノートを普通の場所には置かないことにした。
家にある、
**ノートがちょうど入る大きさの小さな金庫**
に入れることにした。
書き終わる。
ノートを閉じる。
金庫にしまう。
鍵をかける。
それが僕の日課になった。
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### 友達にだけ
それでも、一人だけ見せてみようと思った。
小学校からの友達、
**高橋健太**。
健太なら笑わないと思った。
ある日の放課後。
僕はノートを鞄に入れて学校へ持ってきた。
「健太」
「ん?」
「……これ、見る?」
「何?」
僕はノートを差し出した。
健太は表紙を見た。
「何これ?」
「小説」
「直人、小説書いてんの?」
「……うん」
健太は驚いた。
そしてページを開いた。
そこには、僕が考えた世界の地図が描かれていた。
大陸。
王国。
山脈。
大河。
街。
魔物の生息地。
健太はしばらく黙っていた。
僕は不安になった。
「……変だろ?」
「いや」
健太が顔を上げた。
「これ、結構すごくない?」
「え?」
「地図まで作ってるじゃん」
「そこ?」
「だって普通、小説って話だけ考えるんじゃないの?」
「僕は世界を先に考えたくなって……」
健太はページをめくった。
「この国と、この国は戦争してるの?」
「昔はね。でも今は停戦中」
「なんで?」
「資源が違うから」
「じゃあ、この山には何がある?」
「鉄鉱石」
「じゃあ、この国は鉄を欲しがるんじゃない?」
僕は黙った。
「……そうだ」
「え?」
「その設定、考えてなかった」
健太は笑った。
「じゃあ俺が設定の穴を見つける係な」
僕も笑った。
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### 設定が増えていく
それから、健太にだけノートを見せるようになった。
「この魔法、強すぎない?」
「確かに」
「この主人公、何でもできすぎじゃない?」
「……そうかも」
「この国、人口十万人なのに兵士が二万人って無理じゃない?」
「…………」
僕は急いで修正した。
そして気づいた。
小説を書くことは、
**発想するだけでは終わらない。**
設定を理解する。
矛盾を見つける。
直す。
また書く。
そして続きを書く。
まるで五軸評価そのものだった。
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### 五軸で小説を見る
僕は自分のノートを五軸で考えてみた。
**理解力**
世界の仕組みを自分が理解しているか。
**忍耐力**
設定を考えるのが面倒になっても続けられるか。
**発想力**
新しい設定を考えられるか。
**継続力**
毎日少しでも書けるか。
そして、
**回復力。**
「この話、つまらないかも」
と思ったときに、
「じゃあ、どう直そう」
と考えられるか。
僕は少し笑った。
「校長先生の五軸、こんなところにも使えるんだな」
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### 金庫の中
夏休みが終わる頃。
ノートは一冊ではなくなっていた。
**三冊。**
一冊目――世界設定。
二冊目――登場人物と歴史。
三冊目――物語本文。
僕は三冊とも金庫に入れた。
鍵を閉める。
そして机に戻る。
「まだ誰にも見せたくない」
そう思った。
健太以外には。
でも、不思議と嫌ではなかった。
秘密の趣味がある。
誰かに命令されたわけでもない。
評価されるためでもない。
ただ、
**自分が書きたいから書いている。**
その感覚が、とても楽しかった。
そして二学期。
学校では、石橋校長が新しい改革を始めようとしていた。
今度のテーマは、
**「生徒が自分の好きなことを見つける」**
ことだった。
僕はまだ知らなかった。
自分が金庫に隠している三冊のノートが、
やがて学校で始まる新しい活動と、
思いがけない形でつながっていくことを。




