008 ご存じない技術
◆◆ 王都ケルフ郊外の森にて ◆◆
「モヒさん、ここで何をするの~?」
「はぁ……。はぁ……。と、とりあえずまあ、そう、休憩だ……」
「ん、わかった~」
よもぎちゃんが久しぶりにいっぱい走れて楽しかったって、モヒさんは足が速いし持久力もあって、さすがプラチナ冒険者って呼ばれて尊敬されてるだけあるな~って感動した。よもぎちゃんも『こんなに凄い人は初めて見たかも』って大はしゃぎ。また今度よもぎちゃんのかけっこに付き合って欲しい。
「はぁ~……ふぅ~……」
「あ、なんだか不思議な力を感じる。今の、何?」
「今の技は練気功だ。気功という魔力とは異なる不思議な力でな、精神エネルギーを気っていう力に変えて、まあそのなんだ、便利に使える力ってことだ」
「凄い。自分で編み出した?」
「ああ、まあな。気の使い方は門外不出だってんで、見様見真似で盗んだ技術だ。だから、正確には違う力かもしれんが、まあ俺は結構ちゃんと使えてると思ってる」
モヒさん、凄い技術。この技は今まで見たことがない。本当に純粋な気持ちで凄いと思った。
呼吸がカギみたいだけど、見様見真似で身につけるには情報がなさすぎる。モヒさんのこの技術を見ただけで、既に旅へ出た甲斐があったと言えるかもしれない。世界にはまだまだ、私の知らない技術がたくさん眠ってるんだ。
全部修得したい。
「ん、あれだけ息が上がってたのに、一瞬で呼吸が整ってる。凄い技術」
「…………お前さんでも、人のことを褒めることってあるのな」
「え、失礼。凄く失礼」
「悪かったよ」
なるほど、簡単には教えてくれそうにない。モヒさんだって見て盗んだんだから、私にもそうしろってことなのかもしれない。
そうと決まったら、モヒさんがレンキ? キコー? それを使ったら迷わず盗み見る。絶対に覚えて私のお気に入りレパートリーに加える。
「なんか、目が怖いんだけどよ……」
「ん、早く使って。レンキ」
「気を練ると書いて練気だ。まあそうそう簡単に覚えられるものじゃあないと思うぜ。はぁ~……カッ!!」
あ、また使った。凄い、どういう原理なのかさっぱりわからないし、何をしているのかも全くわからない。
そうか、魔力とは違う力って言ってたから、魔力探知には一切引っかからないんだ。精神エネルギーによる物理的干渉? そういう不思議なパワーってこと。これは、難しそう。
「昨日の戦闘の残滓を辿ってみた。20人以上の冒険者と、キングボア1匹だな。激しい戦闘の末、冒険者が負傷者多数で撤退した。キングボアも手負いだが、復讐に燃えているようだな。戦闘の残滓から感じる殺気が、まだこの森から漂ってきてやがる」
「そんなに詳細にわかるんだ」
「ああ。修行を積めば……って、俺のは我流だがな!! がっはっは!!」
『へえ~! 凄いね、ドラゴーさん!!』
「おうよ。よもぎもこういうのを身につけたら、もっと強くなるんじゃないか?」
『頑張るね!!』
なんか悔しい。出来ないことがあるっていうのは、なんだか凄く悔しい。
でも今はキングボアを美味しく狩猟するためにここへきたんだから、この悔しさは心の奥にギュッとしまうことにする。私は切り替えが出来る女なのだ。えっへん。
「さて、じゃあ後は足跡を頼りに……」
「よもぎちゃん、くんくん」
『うん! 足跡が特定出来たら臭いで辿れるよ~!!』
「あ、そ、そうかい……」
よもぎちゃんは鼻がとっても利く。キングボアの足跡から臭いを特定出来れば、雨で洗い流されでもしない限り追跡することは容易。このくんくんパワーのおかげで、昔よもぎとさくらを攫った悪い奴らの臭いを辿って壊滅させたのはいい思い出。あれは街のゴミを一気に片付けた感じがして、爽快で楽しかった。
『こっち!!』
「ん、でかした~。いこ、モヒさん」
「おおし! キングボア、出てこい!!」
よもぎちゃんが臭いを辿るのに手こずらないってことは、この感じ、もしかしたら近いかも?
キングボア、多分今まで遭遇したことがない魔物だと思う。名前からして猪系だと思うけど、セルティの街周辺には狼とか獅子とか熊とか、そういうタイプばっかりだったから居なかった。
満月の魔狼亭で食べた、血抜きがイマイチなお肉でアレなんだから、しっかり処理すれば絶対に美味しいはず。早く会いたい、早く会いたい、お肉、お肉~。魚はき~らい~。
『んっ!! 居る、近いよ!!』
「ああ、そうらしいな。向こうもこっちに気がついたようだぜ。殺気が伝わってくる」
あ、今感じてるこの視線が殺気なんだ。私もよもぎちゃんも危機感を覚えないってことは、大した強さじゃないことは間違いない。じゃあ、狩猟方法を変えよう。
「モヒさん、練気って、キングボアの突進も耐えられる?」
「はぁ!? 何をいきなり言うんだよ!? まあ出来ねえこともねえが……」
「じゃあ、止めてね~」
「…………はぁ~!?」
『ブモォオオオオオオオ!!』
『きたよ!!』
きた。手負いで気が立ってる。大きい、小型化を解除したよもぎちゃんぐらい。馬車より大きいね。
うーん、やっぱり……。矢が刺さってたり、折れた剣の破片とかも刺さってる。これじゃ真のおいしいには程遠い。これじゃ駄目、全然駄目。
「止めれば良いんだよなぁ!?」
「うん。頑張って、5秒ぐらいでいい」
『ブンモォォォオオオオオオオォォオオオオオオオオ!!』
「くそっ!! かぁあああ!! 剛体!!」
人と獣がぶつかったのに、金属と金属がぶつかったみたいな音がした。モヒさん、キングボアに吹っ飛ばされずにガッチリと押さえて動きを止めてくれた……よし。これなら、良い。ぐっど。
「今だ!! やれ!!」
「泥酔」
「は?」
『ぶもっ……!?』
まずはキングボアを泥酔状態にする。お酒で酔ったような、幸せでふらふらな状態になぁれ。
よし、効いてるみたいだから次。
「睡眠」
『ぶ……も……』
「眠った……。おいおい、このサイズの相手に、こんなに簡単に……。そ、そうだ!! ふぅん!!」
「あ、よもぎ止めて」
『あ! ごめんねドラゴーさん!!』
「うごぉおお!? なにすんだ、今がチャンスだろうがぁあああ!!」
いやいや、こんな状態のキングボアを狩っても美味しくない。これじゃ三流、ド三流のお肉になっちゃうから。
「キングボアを狩りにきたのは、美味しいお肉が欲しいから。このままじゃ、美味しくない」
「は……? うん、は? 何を言ってんだ……?」
「ん、じゃあとりあえず見てて。私もモヒさんが知らない技術、見せてあげる」
ここからが、狩猟の本番。狩れて三流、処理が出来て二流。一流の狩猟は、最高の状態にしてから狩猟する。
「解毒。麻痺。浄化水」
「お、おおん……? おおん……!?」
『体中に回ってる悪い毒を出させて、治療をする前に麻痺をかけて、ストレスを与えないようにするんだって!』
「は、はあ」
「分離。切断。回復」
『体中に刺さってる剣の破片とか矢を抜いて、寄生虫とかも取り払って、傷口を綺麗に回復!!』
これが二流の仕事。ここからが、一流の領域。私の読んだ料理本には、食材が悪いよ~食材が~ってずーっと書かれてた。だから、食材を最高品質にすれば、あの本の内容を常に超えられる。完璧な料理、完璧なおいしいに近づく。
「食中毒抹殺術。天使の歌」
『全ての状態異常を解除して、天使の歌でストレスを極限まで減らす! 夢見心地で寝息を立て始めたら、お肉が良くなってる証拠!!』
「…………まさか、そうか。そういうことなのか!!」
「攻撃形態、レディ」
『ごー!!』
「へっ」
最高の幸せを感じて、お肉が一番いい状態になったところで、ストレスを感じる間もなく首を刎ねる。
キングボアの心臓が止まる前に、最後の仕上げをする!!
「水撃爆発、水撃噴射、分離」
「うげぇええ!? 血が、血が一気に吹き出しやがった!! しかも、皮が!? 皮が肉から綺麗に剥がれてやがる!! 内臓の部分も全部綺麗に分けられたぞ!?」
「これが、最高に美味しいお肉の狩猟法。ふふん」
『ジーナちゃんのこだわりの狩猟法なんだよ~! 誰にも見せたことなかったから、今回は特別だね!』
「…………だが、今のって本当に意味があったのか? 俺には、普通の肉とそこまで大差なく見えるんだが」
むっ、モヒさんは一流の狩猟をわかってない……。ううん、それはそう。だってまだ、このお肉を食べてないもんね。
「じゃあ、さっそくその違いというものを、わからせてあげる」
「お、おう……?」
「台所作成」
「うおお、おおお!? なんだ、なんだ!? 急に地面が!!」
『ジーナちゃんは地面がある場所なら、どこでも土を固めて石化させて、いつものキッチンを作れちゃうんだよ~。この魔法の中に浄化から何から全部組み込まれてるから、凄く綺麗なキッチンなんだって~!』
「ふふん」
では、わからせてあげる。これが一流の狩猟によって得られた、高品質のお肉であるということを。
「キングボアロース、塩胡椒でシンプルに。余計な味付けも下処理も要らない。シンプルな調理こそ、このお肉の真価が理解出来る」
「いや、塩胡椒は十分に贅沢な味付け……うおっ……」
「はい。ナイフがないから、この包丁でテキトーに切って食べて」
「あ、ああ。じゃあお言葉に甘えて……」
さあ理解するがよい。ししょー達はこの狩猟法で出来たお肉に全部『うんま……』と言ってくれた。この狩猟法に、間違いはないのだから。
「…………」
あれ? 食べた途端に包丁を落として頭を抱えちゃった。美味しくなかったかな……。そ、そんなはずない。焼いてる時だってずーっと美味しそうな匂いがしてた。なんなら今すぐ一口食べたい。ううん、一口と言わずに全部位食べたい。
「…………俺はな、今まで魔物は倒せればそれでいいと思ってた。なんていうか、人生の目標? みたいなのを見失ってたんだ」
「うん?」
「ああ。魔物の倒し方にも、最上級ってものが存在するんだな。俺は、感動したぜ……。これが、俺の知らない世界……。目標にすべき世界……。これが、一流の狩猟なんだ……」
「う、うん? 目標が出来たのは良いこと」
「ああ、俺はやるぜ。やってやるぜ!! やる気と希望が、ムンムン湧いてくるじゃねえか!! ええ、おい!? 苦手だった魔法の鍛錬も、やる理由が出来た!! 直接の浄化はちょっと難しそうだから、せめてその浄化水だけでも教わりたい!! 初歩だけでも、頼む!! 報酬は払う!!」
「あ! じゃあ、練気を教えて。それで、等価交換。どう?」
「うおお!! ありがてえ!! 俺はやるぜ、俺はやるぜ!! やってやるぜ!! なあ、この肉は売っちまうのか!? 頼む、少し分けて欲しいんだ!!」
モヒさんがやる気になってくれたのは凄く良いこと。でも、モヒさんは1つだけ間違ってる。
「モヒさん」
「やっぱり、肉はダメか……?」
「2人で狩猟したんだから、半分こだよ?」
「…………神?」
え? だって、当然でしょ? 2人で仕事をしたら、そのお仕事の報酬は半分こ。普通はそうだと思う。
「崇めても?」
「嫌。嫌いになっちゃうかも」
「じゃあせめて感謝の言葉を送らせてくれ!! 本当に、ありがとう!! 本当に!!」
「ん。じゃあ、宿に戻ろう? 私の分のこのお肉は、宿で使って貰いたい」
「あの親父に作らせたら、天下一品になることは間違いない!! よし、俺のもそうしよう! そして戻ろう!! 俺のマジックバッグに入れて運ばせて貰うぜ!!」
◆ ◆ ◆ ◆ ◆
伝説の男、美食の探求者ドラゴー。
その男はありとあらゆる魔物を特殊な方法で狩猟し、同じ魔物であるはずなのに、品質に天と地の差がひらいたと言う。
伝承によると、その男はこう語ったらしい。
「狩れて三流、処理が出来て二流。一流の狩猟は、最高の状態にしてから狩猟する。俺は狩猟の神からそう教わった」
恐るべき魔獣を食材としか見ていない彼のことを魔獣達は恐れ、しかして彼と出会った魔獣は最期に極楽を見たとされる。
その狩猟法は門外不出であり、彼の弟子達しか知らないとされている。
彼の死後、この世には未だに極上の食材が極稀に流通する。美食の探求者ドラゴーの狩猟技術は、今もひっそりとどこかで引き継がれているのだろう……。
◆ ◆ ◆ ◆ ◆




