007 より良いを求めて
◆◆ 満月の魔狼亭にて ◆◆
「ちょ、ちょっと待っておくれよ。ネネコ様からは凄い子だからって紹介されては居たけどね? まさかこの布団……布団って言って良いのかい? これを作ったって言うのかい!! 昨夜来て、朝になる前に!?」
「え? 朝のうちに作った。どう?」
「どうって、こりゃあ……」
スプリングベッド。レイショーししょーが異界から物を取り寄せる力で出したものの中で、神器クラスと私が勝手にランクを付けたもののひとつがこれ。体の重さに合わせて内部のバネが沈んで、ガチガチの敷布団にふんわり感を出してくれる。
内部の構造はさほど難しいものじゃなくて、単純にバネがいっぱい詰まってるだけって感じ。でもその数や配置、硬さの統一性や絶妙さを出すのが難しくて、これを上回る物を作れるようになるまで、相当な努力をしたもの。お陰様で、錬金術も鍛冶の腕前も大きく上がった。それらへの理解度が上がったのは、このベッドを私も欲しいという執念によるところが大きかった。
「……いけない、眠っちまうよ!!」
「そう。気に入ってくれそう?」
「気に入ってって、これを気に入らないやつはそれこそ、神々の寝具でしか眠れないようなやつだよ!! これ、どうするんだい!?」
「私がこの部屋でたら、あげる」
「あげるぅ!? あげるってのは、無料でってことかぁい!?」
「うん。材料は単純だし、組み込んだ術式も簡単。大したことじゃない」
『あのねジーナちゃん……』
「あのね、あんた。これはね、革命さね。寝具の歴史をひっくり返す、神の所業に等しいことなんだよ!!」
そんな大げさな~……なんて言おうと思ったけど、私もレイショーししょーのベッドの虜になった時、同じことを思った。だから女将さんの言ってることは凄くよく分かる。
つまり、最初からこの流れが私の狙い……!! この宿、味付けとベッド以外はすべて気に入った。綺麗で、お風呂も広くて、客層も上品。ここに住み着くことにした。だから、まずは女将さんから取り込む。
「金貨10枚!! それで買い取らせておくれ!!」
「あのね、女将さん……。あわわわ、揺らさないで……」
「ああっとごめんよ! それで、どうだい!?」
よし、釣れた。これが私の読んだ本の交渉術。まずは下手に出て、食いついてくるのを待つ。
「この宿のベッド、全部これに改造出来ると思う。30個ぐらい、だよね?」
「……全部で32、このベッドを除いて31さ。ああ、あたしらの部屋にあるものも数えれば35さね」
「その全て、お昼までに改造する。術式は、安眠と疲労の回復と防汚効果。それと、病気が治りやすくなる効果……かな?」
「金貨10枚じゃ足りないんじゃないかい!?」
「だから、私をここに格安で泊めて欲しい。部屋を留守にする期間があっても、この部屋をキープして欲しい~」
これで実質、この宿が私の家になる。お風呂掃除も要らないし、ご飯も作ってくれるし、部屋の掃除も勝手にやってくれる。家を持つより、圧倒的に楽なはず。
「……そんなことで構わないなら、あたしはそれで構わないよ!! 10日で金貨1枚、9割引でどうだい!?」
「交渉成立。女将さんは神」
「あんたのほうが神様だよぉ!! あ、ベッドの改造はゆっくりで良いからねぇ? あんたの好きな時に、じっくり進行しておくれよ!!」
「今日中には片付けるから、大丈夫。部屋によってベッドが違うと、不公平」
「んんん~!! なんていい子!! 今日はとびきりのご馳走にしてあげるからねぇ!!」
「あ、それなんだけど……」
ここのご飯、間違いなく塩とか胡椒とか、香辛料がいっぱいあればもっと美味しくなるはず。イッチししょーから貰った香辛料、正直使い道がなさすぎる。毎日香辛料を作れるだけ作って、それを全部私が空間魔法で保管してたから、莫大な量の香辛料が余ってる。
「食べ物を腐らずに保存できるもの、ない?」
「マジックバッグかい? まあ、あるにはあるねえ。足が早いものを保存するのに使ったりはするけど、滅多に使わないねえ」
「新しくは作れないけど、同じ性能のものは複製出来る。貸して~」
「貸してって……複製……複製!? へぇ!?」
「私もマジックバッグが欲しいから、これは無料でやる。プレゼントしたいものがあるから、貸して」
「ああ、もうあんたのことを詳しく知ろうとか、そういうのはやめておくよ。ジーナちゃんはジーナちゃん、そういうものなんだって受け入れようかね」
『あ! 女将さん、いい判断! 早めの諦めが肝心!!』
「…………喋るわんこのことも、そういうもんだと思っておくさ」
じゃ、早速満月の魔狼亭が住みやすい場所になるように、じゃんじゃんテコ入れをして恩を売ろう~。えいえいお~。
◆◆ そしてお昼になり…… ◆◆
「――――ヒャア!! キングボアの香草焼き、完成だァー!!」
「はいよ! ジーナちゃん、あんたに貰った香辛料、ふんだんに使った最初の料理がこれだよ!!」
ベッドの改造は、思ったより疲れた。小型のマジックバッグの複製を4個と、36個もやると流石に魔力が減って疲れるんだなって。足の疲れ以外で、久々に本格的な疲れを感じた。マッサージとか、この辺にないかな……。そういうお店……あ!! やっぱり元の腕が良いだけあって、このお肉……本当に美味しい!!
でも、血抜きがイマイチ。腕の良さでカバーしているだけで、元の食材がやっぱり微妙……。これは、食材も仕入れてきたほうが良いかも。良質な食材を私が仕入れれば美味しいものが食べられて、仕入れの値段が下がる宿も嬉しくて、他のお客さんも美味しいご飯が食べられて嬉しい。よし、冒険者ギルドで獲物を探そう。
『ジーナちゃん! 美味しいね~!!』
「ん、凄く美味しい。たぶん、元々筋の処理がされていないお肉だったのに、ここまで柔らかく焼けるのは、料理長の腕のおかげ」
「照れて死ぬぜェー!! ヒャア!!」
「あんた、良かったねぇ!!」
「香辛料使い放題、サイッキョォオオ!!」
料理長に香辛料を渡したら、死んだ目をして下ごしらえをしていたのが、急にあんな感じに張り切り始めた。これまでよっぽど香辛料に飢えてたんだなって、なんだか面白くて笑っちゃった。
このお肉、確かさっきキングボアって言ってたよね? 美味しい食材なんだろうから、今日あたり情報を集めてどこに住んでるのか探しに行ってみよう。
「――――んだぁ? すげえ良い匂いがするじゃねえか」
「あ、昨日の」
「おん? おお、ネネコと一緒に居た嬢ちゃん! ここに泊まってたのか、金持ちだったんだなぁ!!」
あ、昨日の大男。夜見た時は怖い顔~って思ったけど、今見ると…………うん、怖い顔~。
「ドラゴーさんや! これ、食べておくれよ!!」
「おおん? こりゃあ……貴族様でもなかなか食べられねえだろ、こんなの!! どんだけ香辛料馬鹿みたいに使ってんだよぉ!?」
「いつもの料金で構わないよ!! さ、食べておくれ!!」
「ヒャア!! 今日は最高だァ!! 最強で最高でハッピーだァー!!」
「うめえ……。いつもうめえと思ってたが、もうこりゃあ……。戻れねえ……。スーッとした香りが鼻の奥まで広がって、粒状の辛味があるやつが口の中で弾けて、爽やかなのにパンチがあって混ざり合う。溶ける、脳が溶けるぜ、もう駄目だ!! パンをくれ、パンに挟んで食いてえんだ!!」
「そういうだろうと思ってよォ!! ステーキサンドだァ!! こいつぁ、飛ぶぜ……?」
「飛ぶ……飛ぶ……!! さっきとは違う辛味が、そして酸味が!! 次の一口を待たせてくれねえ!! 飛んだまま帰ってこられねえ!!」
えっと、食レポっていうんだっけ。ししょー達は『うんま……』しか言わなかったけど、ドラ…………なんだっけ? モヒカンさん、食べ物の実況が凄く上手。
「俺、プラチナランクで良かったぁ……。ここに泊まってて、本当に良かったぁ~……」
「それはねぇ、このジーナちゃんが提供してくれたんだよ! 香辛料をね!!」
「…………姉御、ありがとうございやす。このドラゴー、感動しておりやす」
「え、やめて。気持ち悪い。ジーナでいいよ、モヒカンさん」
「うっす!! ジーナちゃん、あざっす!!」
見た目の悪さ以外、本当に良い人かも。あ、今プラチナランクって言ってた? じゃあ、キングボアがどこに居るかも知ってるかも?
「ねえね、モヒカンさん」
「うっす! 自分、モヒで構わないっす!!」
「モヒさん、キングボアってどこに居るの? あと、普通に喋ってね」
「…………冒険者ギルドに手配書が上がってるな。昨日大勢冒険者が怪我していた事件は知っているか? あれをやったのがキングボアだ」
へえ、昨日の大量の負傷者は、キングボアの仕業だったんだ~。
美味しいお肉になるみたいだし、モヒさんもプラチナランクなら、一緒に行けば仕留められるかも?
「モヒさん、あとで一緒に冒険者ギルド、いこ? 一緒にキングボア、倒そ?」
「…………昨日会った時の違和感、ネネコのオーラかと思ってたが、このオーラの強さはジーナちゃんのだったみたいだな! 相当に腕が立つと見た! いいぜ、あとで行くか!」
「その前に、たくさん食べていっておくれ! 昼は食いにくる客が少ないのに、旦那ったら焼き過ぎて余してんだよ!!」
「ん、いっぱい食べる。食べるの大好き」
『わう~!! おかわり~!!』
「俺もだ! どんどん持ってきてくれ!!」
「あいよ!!」
キングボア、美味しく仕留めたいなぁ~。会えると良いなぁ~。
◆◆ 冒険者ギルドにて ◆◆
「――――ネネコが不在でも、俺が付いてるんだ! なあ、良いだろ?」
「そう言われましても、規則は規則でしてぇ……」
ネネコがギルドに居なかった。私はアイアンランクの駆け出し冒険者から始めたいって言って、その冒険者証しかないから依頼は受けられないんだって。難易度が高すぎるから。
モヒさんだけなら受けられるんだけど、それでも昨日の今日でかなり荒れている手負いのキングボアだから、ちょっと承諾しかねるって話。融通が効かないけど、新人を守る機能がちゃんと働いているのは良いことだと思う。
「じゃあ、森に散歩。偶然出会ったら、そういうことにすれば良い」
「……なるほど。自己責任ってことなら、まあギルドも文句を付けねえか! じゃ、そういうわけだ!!」
「ああそんな、困ります~!! ああ~私はどうしたら~……」
だから、こういう時は自己責任でいく。ギルドは止めた、私達は勝手に向かった。責任は全部私達にあるんだから、いいよねって話。
「何か用意するもの、ある?」
「ん? ああ、そうだなぁ……。ジーナちゃん、どのぐらい速く走れる?」
「飛べる」
「そうか、飛べるか…………は? 飛べる?」
「うん。空を飛んで移動出来るけど、疲れる」
移動形態は疲れるから滅多に使わないけど、私の移動方法の中では一番速い。空間魔法のテレポートは見た目だけなら速いけど、発動から移動完了までを考えると絶対に移動形態のほうが速いからね~。
「よし、詳しく聞くのはやめよう。外に出たらとりあえず、昨日の戦闘跡から痕跡を探す。ついてきてくれ」
「はぁ~い」
『わ~う! ジーナちゃん、ドラゴーさんが僕と同じぐらいのスピードだったら、久々に僕に乗ってよ~』
「ん? いいよ~」
『やったぁ!』
それじゃ、キングボアを求めて外へ~。いってみよ~どんどこど~ん。




