002 存在価値
◆◆ リタ視点 ◆◆
秘密結社、ナーンジェイ。
20年前に姿を現し、王都ケルフを恐怖のどん底に叩き落とした恐ろしい裏組織……。
これまで数々の未解明暗殺事件を起こし、王都の物流を荒らしに荒らし尽くし、東のロンダス帝国との大戦争まで引き起こしたとされる極悪非道の組織……。
しかし、ナーンジェイは大戦争が起きたと同時に姿を消した。それと同時に、これまで潤沢に流通していた香辛料がパタリと姿を消し、保存食の作成が困難を極めるようになった。それをあてにしていた王国は大戦争で食糧危機に瀕し、ロンダス帝国とは大きな武力差があって優勢だったのにもかかわらず、辛い戦いを強いられることとなった。
「よもぎちゃん、お腹減った? ご飯食べる?」
『わんっ!!』
「じゃ、私も食べる」
香辛料の流通が途絶えているのは、今も変わっていない。もはや香辛料がないことを前提の暮らしに切り替えているので、ある程度の問題は解決された。しかし、食事が味気ないのは言うまでもなく……。
そして今、私の目の前にいる少女がどこからか取り出した食事からは湯気が立ち上り、香辛料がふんだんに使われていると思われる茶色い液体のかかった食べ物を、なんの躊躇いもなく口に運んでいる。まるで、この食事が当たり前であると言っているかのように。なんの躊躇いもなく。
「……あげないよ?」
「い、いえ。私達も、ありますので。お構いなく……」
「わぁ……」
『がう~!!』
「あぁ~……」
よもぎと呼ばれている子犬も、どうやら非常に高価な食事を食べているらしい。犬の食事があのように、み……魅力的に見えてしまうなんて……。艶のある綺麗な赤身に、ふんだんに使われている粒胡椒……。よもぎは粒胡椒を食べて問題ないのでしょうか? いえ、額に宝石を持つ犬が普通の犬なはずがありません。そもそも喋っていますし。そしてこのよもぎもまた、ジーナという少女同様になんの躊躇いもなくあの豪華な食事を食べている。
私は確信しました。この少女達は間違いなく、秘密結社ナーンジェイによって育てられた存在なのだと。
ナーンジェイが香辛料の物流を完全に牛耳っているのは周知の事実。王都で秘密裏に香辛料を仕入れた組織はすぐに襲撃を受け、関わった者の一切に容赦なく、闇の者達から裁きが下される。これはナーンジェイが現れた20年前から続いており、ナーンジェイの名を騙る者は即座に、香辛料を扱う者も速やかに、闇へと葬られていく……。
しかし、ジーナとよもぎはナーンジェイの名を口にしても生きており、香辛料をふんだんに使った食事を当たり前のように食べている。きっとこれまでもそうして生きていたはず……。今日からナーンジェイだと名乗り始めたわけではないのは容易に想像がつく。
「……ナーンジェイで、師匠様達に育てられたとお聞きしましたが」
「ん? ししょー達に育てられた。私の力は、ししょー達の崇高なる知識を与えられて身につけたもの。それ以上は教えない」
『わんっ!!』
「そ、そうですか……」
この者は恐らく、ナーンジェイのボスの娘。そして師匠達というのは、ナーンジェイの幹部達のことでしょう。彼女にはナーンジェイの全てが叩き込まれている……。先程私がついてしまった嘘、最大の愚策……偽名を使ったのも一瞬で見破られた。鑑定を使われたら魔力反応があってすぐにわかるのに、全く感じなかったにもかかわらず嘘がバレた。そして彼女は殺人に対して一切の躊躇がない。更には証拠を一切残さない、謎の爆発攻撃……。肉体を跡形もなく消し去り、音もなく抹殺する。
暗殺能力、ふんだんな香辛料、嘘を即座に見破る能力。
どれを取っても、彼女がナーンジェイのボスの娘だというところに結びついてしまう。それらを一切隠そうとしないところにも、余裕を感じる。わたくし達如きはなんの障害にもならず、いつでも消すことが出来るという、余裕……。
「おいしかった。また今度作らないと」
『ジーナちゃん、カレー好きだよね』
「だいすき。あ、デザートに甘いのも食べちゃう」
次は何を取り出そうというの……? あれは……!! プラチナピーチ!? 黄色の桃とは味も食感も甘さも格段に上とされている幻の高級食材、黄金を超える白金と名付けられたあの……!! それを、そんなに、当然というような顔で!? 食べられて当然という、そんなぁあああ!!
「……あげないよ?」
「どうか一口だけでも……!!」
わたくしですら食べたことがないのに~!!
「あげない。あっちいけ~」
「うぅ……」
「リタ様、このルリアーナも先程のかれえなるものをねだらずに我慢致しました!! どうか、今少しの辛抱を」
いつもはルリアーナに私がストップをかける側なのに!! 主従関係が逆転しています。おかしいです。こんなはずじゃなかったのに!! いつもなら『美味しそうだ!! くれ!!』ぐらい言う子なのに~!!
「それにしても、ジーナ様。馬達は本当に大丈夫なのでしょうか……」
「ん? うん。髪、刺したから。命令を忠実に聞く、いい子達」
そう、そして何よりも恐ろしいのが、ジーナの髪です!! わたくしの銀色の髪よりも透き通り、艷やかで一切の癖のない!! 白金色の美しい長髪!! あの髪が刺さった相手は、ジーナの命令を忠実に聞く操り人形となってしまうのです!!
ジーナが与えた命令は『王都ケルフに行け。疲れたら休め。出来るだけ早く行け。なるべく揺らすな』でした。今、この馬車は御者なしで動く恐ろしい状態であるにもかかわらず、揺れず、素早く!! 馬達が勝手に王都まで向かって走っているのです!!
あれがわたくし達に刺さったら……。王族のわたくしが、ジーナの思うがままに……!! これは、死ぬことよりも恐ろしいことが起きてしまう可能性があるということ!!
「ん、ん~っ……!! お腹いっぱい、眠い……」
『王都まで寝たら~?』
「うん、寝る。防御形態」
「な、なんだ!? 髪が!?」
『ジーナちゃんは、髪を天使の羽みたいにして防御形態を取って、そのふわふわの中で寝るのが好きなんだよ~』
髪を形態変化させて、ふわふわの中で……寝る!? こんな高度な魔法を使って、することが睡眠!? 防御形態なのに、外側も柔らかいのでしょうか……。
『触らないほうが良いよ。指が落ちる』
「リタ様、外側はこのルリアーナのソーラーよりも鋭い刃物とお思いください」
「ひっ……」
「ふひゃぁ~……。ん、う~……」
「もう寝ておられます……」
『攻撃しようとしたら自動で反撃するから、絶対に変な気は起こさないほうが良いよ~。あ、揺れたり動いたりするのが嫌いだから、位置の固定はしっかりしてるから安心してね。じゃ、おやすみ~』
絶対に変な気は起こさないようにしましょう……。これが防御形態ということは、彼女は他の形態も取れるということでしょうか……。
「解析のために鑑定をするのは、攻撃に入りますか?」
『出来るならやってみたら~』
むっ……! 王家の魔導具を甘く見られては困りますね。あらゆる新毒を解析し、それを入れた首謀者まで鑑定出来る、王家自慢の錬金術師と魔導具師達が作り上げたこの鑑定鏡さえあれば!! 鑑定出来ないものなどこの世に存在しないのですから!!
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みたな?
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「ひっ……!?」
「リタ様!?」
今、ステータスプレートが、目が、目が……!! わたくしを……!!
「回復!! リタ様、気をしっかり!!」
「ひっ……ひっ……!! ひっ……」
お、落ち着きました。落ち着きましたから、もう大丈夫です……と、言いたいのに。喉から漏れるのは吐息ばかりで、全く声が出せません。
ステータスプレートが表示されはした、つまり鑑定自体は発動した。しかし、それは成功せずに精神的ダメージを与える魔法で反撃された。これが傷つけない無害な干渉だったから、この程度で済んだということ……。つまり、傷つけることが出来るような、そういった干渉をした場合は……。
「……ルリアーナ、彼女にはこれ以上、絶対に手を出さないと誓います」
「そうしていただけると、こちらとしても守りやすい次第です」
安心したら、なんだかお腹が……。本当にわたくしったら……。
「はい……。あ、わたくし達も、ご、ご飯にしましょう。まだ、食糧は残っていますか?」
「……幸い、食糧だけは余るほどありますので。マジックバッグの中に、大量に」
あ……。山賊にやられた兵士達の分が……。あまりの出来事の数々に、彼らを弔うことすら忘れていて……。わたくしは、なんと愚劣で非道な……!!
「……彼らの死に」
「私の部下も、リタ殿下の命を繋ぐことが出来たことを、あちらで誇りに思っていると思います。感謝致します」
「食べましょう」
「……はい」
あの山賊は恐らく、ゲドルお兄様の手引きによるもの。それほどまでにわたくしが憎いのですか、お兄様は……!!
今回は彼女が居て助かったものの……。いえ、まさか……。いや、そんなはず……。
まさかお兄様は、秘密裏にナーンジェイと手を結び、ジーナをわたくしの側に近づけるのが目的で…………!?
「ふひゃぅ……。ん、ん~……」
「こうして眠っているだけなら、愛らしい少女ですね……」
「そう、ですね」
いえ、殺す目的なら山賊もろとも。むしろ山賊の痕跡を抹消するような殺し方はしないはず。
操る目的だったとしたら、それはもうとっくの昔に実行しているはず。そもそも、この防御形態を突破されるかもしれないというリスクが若干あるかもしれないのに、対象の前で眠りこけてしまうなんて……。
「秘密結社、ナーンジェイの少女……ですか」
「王都がまた、荒れるでしょうね」
「わたくしが生まれたのは、ちょうど大戦争の頃でしたから、よく覚えていないのです」
「リタ様に物心がつく歳の頃は、大戦争も終結して国内が安定し始めていた居た頃でしたか。あの時代は……もう、二度と……」
ルリアーナは戦争孤児。聖魔法の素質を見出されて神殿に引き取られたと聞いています。素質があったから、その時代を生き延びられただけ……。素質がなかったら……。
それはルリアーナだけじゃない。わたくしも、王族だから生き延びられただけ。利用価値があったから。そしてきっと、それはこのジーナも同じだったはず。
ナーンジェイ、これまで秘密裏に行動してきた闇の者達が、突然動き出したその理由は……? わたくしにどのような利用価値を見出したというの? 平和な時代を食いつぶして、この世にまた混沌をもたらそうというのであれば……! わたくしは、立ち向かわねばなりません。
「今はまだ、力をつけねば……。今回のことで、それを強く実感しました」
「はっ、リタ様。このルリアーナも、精進致します!!」
『ちょっと静かに出来る?』
「あ、す、すみません……」
「申し訳ない……」
しかし、ええ……。ペットの子犬にすら頭が上がらない状態ですのに、立ち向かうことなんて出来るのでしょうか?
わたくし、将来がとても不安です。不安で不安で……ふあぁぁ~……。わたくしも疲れてしまいましたし、少し眠らせて頂こうかしら……。
ぜったいに、ぜった、い、ナーンジェイの、好きには……させ…………な…………。




