016 豊かな国
◆◆ ロンダス帝国のとある暗殺者 ◆◆
3日前から、ケルフィード王国の内通者達と連絡が取れなくなった。
テテロッティ商会の傭兵達も、テテロッティ自身も、暗殺者教会の幹部達も、その末端の連絡役さえ誰も連絡が取れなくなった。
「いらっしゃい、いらっしゃ~い!! 新鮮なお肉が入ったばかりだよ~!!」
「今朝収穫したばかりの野菜が美味しいよ~!!」
王都ケルフに異常は全く見受けられない。強いて言えば、やたらと活気があるということぐらいだろうか。しかしそれ以外は至って普通通りで、いつもの王都ケルフという様子だ。
争った形跡や、それを臭わせる雰囲気すら微塵も感じない。ではなぜ、テテロッティや仲間達は誰も連絡が取れないのか?
答えを確認するのは簡単なこと。テテロッティ商会へと向かえば良い。確かこの交差点を左に曲がれば、テテロッティ商会の建物が…………?
「…………ペペロンチーノ料理店?」
は……? なんだ、これは……? あの野郎、急に商会の建物を変えやがったのか?
「よ~もぎ~。今日のご飯どうしよ~」
『ペペロンチーノにいこうよ~!!』
「ん、賛成。あそこはパスタがとにかく美味しい」
「おい、ああいや、お嬢ちゃん。ここはその……」
「ん? ご飯を食べるお店。おじさん、ご飯を食べるお店、見たことない? 変なの」
『お金があれば食べられるよ~! おじさん、そんなに汚れた格好をしてたら、お店の人に嫌われるよ~?』
「あっ。ばいばい、変なおじさん」
なんだ、なんだなんだなんだ……? こんな世間知らずそうな、どっかの貴族のガキっぽいやつが、ふらふら~っと入っていいような場所じゃないはずだぞ!!
ああ……いや、表の看板がブラフで、裏ではテテロッティ商会ということなんだろう。そうだ、そうに違いないんだ。とりあえず、入ってみるか。
「いらっしゃいませ! お好きな席へどうぞ!!」
「……猫獣人?」
「はい! ここで働かせて貰っております! メルと申します!!」
「お客さ~ん! 悪いんだけど後ろがつっかえてるんでね、早く座って貰えませんかい!!」
どうなってるんだ、テテロッティは獣人を心底嫌っているはず……!! ありえない、こんな、ブラフにしても獣人の従業員など……。
それに、厨房から聞こえてきたあの声、セドン商会の野郎だ。あいつはテテロッティに膨大な借金を背負わされて首が回らず、数日中に商会を畳んで首を吊るしかないような、そういう男だったはず……。なぜあいつが、ここで働いているんだ? どういうことなんだ……? これは……?
「おい、獣人。テテロッティはどこだ」
「はい? ててろってぃ……? ここはペペロンチーノですが……」
「商会長のテテロッティはどこだと聞いているんだ」
「しょーかいちょー……? いえ、テテロッティという商会長は聞いたことがないです。セドン店長!! テテロッティって誰だか知ってますか~?」
「あぁ~!? 知らねえなぁ、誰だ? お客さん達~!! この人、テテロッティって人を探してるらしいんだが、誰か知ってるか~い?」
「知らねえなぁ。ジョージ、知ってるか?」
「いいや知らないね。この王都に20年住んでるが、聞いたことがない」
は…………?
テテロッティ商会は、あいつは、この王都で一番でかい顔をしている、泣く子も黙るテテロッティだぞ……?
なぜ、誰も知らない……? ありえない、知らないはずがない、知らないやつはモグリとさえ言われる程の男を、なんで……?
セドンの野郎、ここの客に口裏を合わせさせて居るんだろ。そうだ、それしかない。そうに決まっている……!! そうでなければ……!!
「おい、セドン!! おい、こっちを見ろ」
「ああ~!? お客さん困るねぇ~厨房にまで入ってこないでくださいよ~」
「これが、なんだかわかるな?」
逆さ吊りのカラスのシンボル。暗殺者教団員である証……!! こいつはテテロッティにも、我々教団にも頭が上がらない、命乞いをするしかないゴミクズ野郎だ。さあ、化けの皮を剥いでやる。ボロを出せ!! そして俺に屈辱的な仕打ちをしたことを永遠に後悔させてやる!!
「――――カラスだ」
「ああ、そうだ。このカラスのシンボルに見覚えが」
なんだ……? 店が……静まり返った……?
「カラスだ」
「カラスが居る」
「カラスだ」
「カラスが居る」
「カラスだ」
「カラスが居る」
「よもぎちゃん、唐辛子食べてあげる」
『うん! ありがと~!』
なんだ、なんだ……!? 全員が俺を、俺を見て……!! どうなってるんだ!! く、くそっ!! 何がどうなってるんだ!! とにかく、ここに居るのは何かヤバい!! 店の外に……!!
「――――カラスだ」
「カラスだ」
「カラスが居る」
「カラスだ」
「カラスが居る」
「カラスだ」
「カラスが居る」
ど、どうして、外に出たのに……!! さっきまであんなに、活気に溢れて居た市場が、全員が、俺を見て……!!
「こ、こっちを、こっちを見るな!! なんだ、お前達は!! なんなんだ!!」
「カラスが居る」
「カラスが居る」
「カラスが居る」
「カラスだ」
「カラスだ」
「カラスが居る」
ひ、ひっ……!! 逃げるんだ、逃げろ!! 何が起こってるんだ!? 何が、どうなって、どうして!!
「はぁ……!! はぁ……はぁ……!!」
「――――カラスだ」
「カラスだ」
「カラスだ」
「カラスが居る」
「くるな!! くそ、くそっ!!」
こいつら、追いかけてきやがる!! 店の連中だけじゃない。市場の連中も、衛兵も、女も子供も獣人も、全員俺を追いかけてくる!! とにかく、路地裏だ。路地裏に、誰も居ない場所に逃げるんだ!!
「はぁ、うっ……はぁ、うぅ……!! はぁ、はぁ……」
ここまで、くれば……。
「――――こっちへ。早く」
「……ッ!?」
なんだ、誰だこいつは、修道服……!? 逆さ吊りのカラスのシンボル……!! それも、赤い宝石の目がはめ込まれたシンボル!? このシンボルは初めて見たが、宝石付きは幹部の証!! こいつ、いや……この方は幹部様なのか!! は、ははっ!! 助かった!!
「さあ、もう大丈夫。どうぞ、呼吸を整えて」
「はぁ……はぁ……!! た、助かった……」
いったい、これはなんなんだ……。何が起こっているんだ……。幹部様はこの状況を知っているのか? 説明が、とにかく説明が欲しい!!
「驚いたでしょう。彼らは皆、暗殺者教団のシンボルを見るとあのようになって追いかけてくるのです」
「どうして、こんな……。いつから……」
「3日前の夜です。それから突然、彼らが豹変して……。原因は不明ですが……」
「早くこのことを、他の連中に知らせないと……!!」
テテロッティ達と連絡が取れなくなった日から、こうなったと言うのか……。幹部様でも原因がわからないとは……。
「そ、そうだ! 他の幹部様は……」
「消息不明です」
「そう、ですか……」
なんてことだ……。既に王都の暗殺者教団は崩壊していると見て間違いない……。唯一の希望は、この修道服を着た幹部様だけ、か……。3日経っても生き残っているんだから、さぞかし実力のある…………。
いや、待て……。待てよ……。
「…………失礼ですが、お名前を、伺っても」
「目上の者に名前を尋ねる際は、まず自分から……基本でしょう? まあ、既に知っていますが。ロンダス帝国の暗殺者のエルニーさん」
「……っ!」
秘匿の魔導具を着けているんだぞ。鑑定自体が失敗して、なんの情報も得られないはずなのに。この王都へ到着してから、一度も名乗ったことなどないはずなのに。暗殺者教団から授かった名ではなく、どうして俺の本名を……!! 鑑定をかけられた気配すら、僅かな魔力のゆらめきすら感じられなかったのに、なぜ……!?
「我が主より、貴方に関する全ての情報を頂きました。遠路遥々ロンダスから、本当にご苦労様です」
「え……ええ……。主、ということは……」
「はい。私の崇拝する絶対的な存在、その御方です。ああ、名前を口にすることすら烏滸がましい……。主は絶対、主は私の全てです」
そう、か……!! この御方は、王都ケルフに常駐している幹部の連中ではなく、教主直属の配下なんだ!! これまで生き残ってこられたのも、そしてこの情報収集能力も、それなら全て納得がいく。おかしいと思ったんだ。なんせ王都ケルフには男の幹部しか存在していないはずなのに、どうして……と。
「――――ロンダスが動いたという情報がわかれば、貴方はもう不要です」
「あ、は、はい……。では、急ぎロンダスへと帰国を……」
「いいえぇ~……? いいえ、いいえ? いいえいいえ? そうではありませんがぁ……? うっふふふ、く、かっはははは……!!」
殺気……!? いや、そんなものすら可愛いと思える程の……!! 死ぬ……!! 殺される!!
「攻撃形態」
「か、髪が……刃に……ッ!? ば、化物……!!」
「そう、化物!! 我が主の慈悲により、このイライザは人間を辞めた!! 我が主より与えられたこの力と命、その全てをお前達教団員抹殺のために!!」
化物が……!! 人の姿をした魔物、いやこれが、魔人なのか!! 幹部に化けていたのか!?
あ…………? なんで、視界が回るんだ……? 視線が、落ちる……? これは、誰だ? この体は……俺……の…………?
「またこの世から害鳥を1羽駆除した。妹が死ぬことになった原因を作り出したお前達を、あたしは1羽たりとも赦さない。一切の慈悲もかけない。お前達は全員、地獄へ堕ちろ!!」
◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆
「――――いらっしゃい! あらジーナちゃん、ペペロンチーノに行ってたのかい? 美味しかったかい?」
「んっ! ナポリタン、食べた。よもぎはペペロンチーノ!」
「そうかい、良かったねぇ~。あそこは昔からパスタの美味しい店でね、有名なんだよ。あたしも今度久しぶりにいってみようかね! すっかり味を忘れちまったよ」
ニアス様。ジーナちゃんはなんの疑問も抱かず、毎日楽しそうに生活出来ています。
王都には二度と、カラスが姿を現すことはなくなると思います。
イライザもメルもリジーも、みんな良く働いています。イライザはカラスの駆除、メルはカラスの追跡、リジーはカラスの発見、それぞれ仕事を分担して上手くやっています。
イライザは妹の真の死因が暗殺者教団のせいであると知り、テテロッティ繋がりの貴族が治療の邪魔をしたのだと真実を知った結果、ルビースライムと共にカラス狩りの狩人となりました。昼間は孤児院で孤児達のお世話をして穏やかに暮らしています。
メルも森を追われた真相を知り、エメラルドスライムと共にカラス狩りを手伝っています。同郷の猫獣人達もニアス様によって保護、洗脳を受け、今はペペロンチーノ料理店で忙しそうに働いています。
リジーは仲違いの原因を知り、アリアちゃんとサファイアスライムと一緒に、ターナ大神殿で研鑽を積んでいます。不甲斐ない神官達の尻を引っ叩いて回っているようで、これで少しは自発的に神殿も良い方向へと動くんじゃないかなって思います。
『平和だね、ジーナちゃん』
「うん? いきなりどうしたの? 変なもの食べた?」
『え、酷い。僕、思ったことをそのまま言っただけなのに……』
「ん、でも平和なのには同意。王都はいいところ」
『この後、王城にいくんだよね? 口、拭かなくて大丈夫そう?』
「……もう!! 早く言って!!」
ジーナちゃんも毎日楽しそうです。王都は平和でよいところです。これからも――――香辛料が特産の、食が豊かな国として、この国は繁栄していくと思います。




