015 女王の夜・2
◆◆ テテロッティは…… ◆◆
全て上手くいくと思ったんだ。15年前以上前に、出どころ不明の香辛料を法外な値段で吹っかけてきたあの男と出会った時に。
その当時、胡椒などの保存食用に使われる香辛料は、大袋で金貨100枚がおおよその相場だった。それを金貨200枚、それも数種類を10袋も売りつけようとしてきたあの男、秘密結社ナーンジェイのオーサンという男に出会った時に、俺の人生は大きく狂ってしまった。
オーサンに特別な力は感じなかった。どう見ても雑魚であるし、まだ香辛料を隠し持っていたであろうあの男を取り押さえ、全てを奪うことなど容易に出来たはずだった。しかし、俺の直感がそれをよしとしなかった。こんな雑魚に大量の香辛料を預けたナーンジェイという組織の長、もしくは幹部達は、一体何を考えているのだろうと……詮索せずには居られなかった。
「あの時、あの時殺しておけば良かったのか……。それとも、買うべきではなかったのか……?」
結局、オーサンについてはなんの情報も得られなかった。どういうことか、尾行させた密偵もすぐに彼を見失い、尻尾を掴むことすら出来なかった。ただ次の年も、その次の年も、彼は決まって大量の香辛料を持ち込んできた。
不気味だった。とにかく、不気味だった。5年目のある日、オーサンは引っ越しを考えていると言い始めた。それと同時に、これはチャンスだと直感した。
俺が実質的に支配している辺境の街セルティに引っ越させ、そこで監視をすれば全貌が見えてくるはずだと、そう考えたのだ。そしてそれらの作戦は上手くいき、それから更に5年間も彼らの監視を続けた。だが、得られた情報といえば『彼らはほとんど引きこもっており、誰とも会っていない。子供がいるようだが、母親の姿はない。雑魚の魔物を狩りにいくことはたまにあるようだ』……。これだけだった。
「ナーンジェイの名を騙れば、メンツを潰されたと憤って尻尾を出すはずだと、そう思ったんだ……。そう、考えたんだ……」
ああ、そうだ。これが間違いだったんだ。ここから間違えたんだ。
ナーンジェイの名を騙って王侯貴族に牽制を仕掛け、我々商人の悪評を王侯貴族になすりつけるための裏組織として、あまりにもこの名前は便利になり過ぎてしまった。テテロッティ商会は勢いづき、向かうところ敵無しと勘違いしたセルティの街の副会長が暴走、そして…………セルティに居たはずのテテロッティ商会の者達が姿を消した。
「あの報告を聞いた時、あいつらは金を持ち逃げして逃げたものだとばかり思っていた……。ああ、違った。違ったのだ……。」
金を持ち逃げして逃げたのだと、今の今まで俺はそう信じていた。だが、それは間違えていたのだ。
彼らは、消されたのだ。本物のナーンジェイに、たった1日で、その全員が消されてしまったのだ。この夜の惨劇のように、彼らは……。彼らは……。
これはもう直感でもなんでもない。確信だ。今日、この夜……。俺は確実に……!! 消される……!!
今度こそ、俺の番が回ってきたんだ……!!
「だがぁ……!!」
だが、それがなんだ!! ここには東の帝国より預かった精鋭の兵が何十人も居る!! 王城の雑魚共とは比べ物にならない強者、ひとりひとりがプラチナランク冒険者に匹敵すると言われるほどの猛者!! 暗殺者教団や敵対する商会の連中に殺されたりしないよう、高い金を投じて手に入れた俺の最強の俺兵!!
さあ、こい!! オーサンか? それとも他の誰かか? 誰であろうともこのテテロッティの首を取れるなどとは思わぬことだ。王都中で随分と派手に暴れまわったようだが、ここではそうはいかん。やらせはせん、やらせはせんぞぉ~!!
それに、だ。考えようによっては、あのおっかない暗殺者教団の連中だけが殺されているのだから、俺は圧倒的優位に立ったとも考えられる! 王都で暴れている黒い悪魔とやらを殺せば、主導権は我々が握ったも同然!! こちらが再建のための費用を出してやる代わりに、次の戦争で舞い込む金をがっぽりと俺が!! ぐははははは……!!
「おい、誰か居ないか!」
よぉし、黒い悪魔とやらを出迎えてやる準備をしようではないか。それに聞けば女だとかいう話じゃないか。最強の俺兵達にズタボロにされ、辱められ、屈辱的な最期となるように準備をしておかねばな!
「黒い悪魔とやらを徹底的に辱めてから殺したい。準備を進めるぞ!!」
「――――なあ、お前。無知は罪じゃと思うか?」
「あぁ……? なんだ、誰だ! 誰なんだ、その口の利き方は!!」
「……なあ? お前は、無知は罪じゃと…………そう思うか?」
「あ……!? 無知は、罪だ!! 無知なのが悪いのは世の常、騙されるほうが悪い!! 商人の常識だ!!」
誰だ、この俺に向かって生意気なことを言うのは!!
「おい、入ってこい!! 誰のおかげで美味い飯が食えると思っているんだ!!」
「ああ~……残念じゃが、もうこやつらに飯は必要のうなった」
あ……? なんだ、これは…………? デイ、モス……の? 頭……? 俺の、最強の…………。
「ではこれより、お前の最期の晩餐じゃ、テテロッティ。くっひゃひゃひゃひゃひゃひゃひゃひゃ!!」
「ぃ……!? い……っ!?」
なんだこいつは、なんだこの黒髪の少女は、いや人の形をしているが違う!! 人じゃない!! 悪魔、悪魔!! 悪魔だ!! 魔物だ!! 人間じゃない!! 人間じゃ――――ッ!?
「まずは最期の晩餐に相応しい飲み物からよなぁ? ん? どうじゃ、美味いか?」
「ぐ、ご、おぶっ……!!」
く、苦しい!! なんだ、今何を口の中に入れられて……!? いつの間に近づかれたんだ!! 息が、ぐっ……うお、ぇ……!!
「おお、随分と飲んだなぁテテロッティや。どうじゃった、さぞかし美味かったじゃろう」
「き、貴様……!! 何を、げほっげほっ……!!」
「なんじゃ? お前達が後生大事に集めておったこの植物から採れるエキスに、見覚えがないとは言わんじゃろう? なあ? あれだけ用意しておったのじゃから」
俺達が、用意していた植物……? まさか……。いや、まさかじゃない、そうだ!! あれしか、ない……!!
「永遠の赤。古来よりこの植物の葉は、強力な毒にも不治の病を治す薬にもなり得るとされ、取り扱うことが許された者は極僅か。国によっては御禁制とされ、強く規制されておる場合もあるほどじゃ。この国では、御禁制の品のようじゃがな?」
「ま、待て……。嫌だ、嫌だ!!」
「くっひゃっひゃっひゃっひゃっひゃ!! なぜこの植物が永遠の赤などと大層な名前で呼ばれておるか、知っておるか? 葉から抽出した毒素は、体が内側から崩壊し、永遠に血が吹き出し続けて死ぬと恐れられておるからこの名がついたのじゃ!! そして解毒方法もまた、この永遠の赤じゃ!! 葉の大部分には治癒の力が備わっておる。毒素による自己崩壊を防ぐため、葉に毒素へ対抗する機能が備わったというわけじゃなぁ。なんとも奇っ怪な植物よ!!」
赤かった。先程飲み込んでしまった液体は、赤かった……!! 赤かった、赤かった!! 毒も薬も、その作り方は知らないが!! 赤に触れるなという言い伝えだけは知っている!!
「嫌だ!! 嫌だ、嫌だ!! 死にたくない!! 俺はこんなところで、死ぬような男じゃないんだ!! 嫌だ、嫌だぁあああああ!! あ…………!?」
なんだ……? か、体が、倒れる……!? 手足に力が、入らない……!!
「火炎」
「う……うわあああああああああああ!! い、ぎっ……!? ぎあああああああああああああああああ!!」
手足が焼かれる!! 手足が、手足が焼ける!! うわああああああああああああああ!!
「手足を切り落とした。傷口は焼いてやった。さあ、食すがよい、イモムシのように。妾がお前のために、永遠の赤の葉を授けてやろうぞ」
あ、ああ……!! あの赤い葉は!! まさしく、永遠の赤の葉!! う、うっ……!! 地面に、地面に落とすなど……!!
「ほうれほうれ、後何枚食べれば生き延びられるじゃろうなぁ?」
「うっ……!! ううぅ……!! ぐっっぅううううぅぅうう!!」
死にたくない……!! イモムシのように這いつくばってでも、俺は生き延びてやる!! 食って、食って、食って!! 食って食って食って、生き延びてやるんだ!! くそっくそぉ、くそぉぉお……!!
◆◆ 永遠の赤 ◆◆
その赤に触れるでない。お前も赤く染められてしまうぞ。
永遠の赤の毒は、肉体を破壊して全身から血が吹き出し死に至る。解毒薬もまた、永遠の赤から抽出出来る。
その葉の赤に触れるでない。赤く赤く、染まりたくないのであれば。
生き延びたくば、赤より溢れる雫を飲み干せ。その葉に触れるな。赤に触れるな。永遠に。
◆◆◆◆◆ ◆◆◆◆◆
自分が何を扱っておるのかも知らず、どうすれば助かるのかも知らず、利益のためだけに他者を食い物にするクソムシよ。
生き延びるために食い続けよ。赤い赤いその葉を、助かると信じて食い続けよ。
その葉は猛毒。お前が最初に飲んだものこそが解毒薬。そしてお前は、その解毒薬の限界を超えるほどの葉を貪っておるのだ。
「テテロッティよ。無知は罪じゃと言ったなぁ」
「はぐっ……!! う、ぐっ……!!」
さあ……死ね、クソムシよ。お前の無知が、お前を殺すのじゃ。
「う、うあ、あああああ……!! あああああああああああ!! うわあああああああああああああああああああああああ、ぁあああああああああああああ!!」
「最後の晩餐、クソムシはお腹が痛くて泣きました……とさ。腹ペコクソムシよ、己の無知を悔いて地獄へ堕ちよ」
お前の魂は神になどやらん。お前は妾が赦すまで、地獄の底の灼熱を這いずり回れ。私利私欲のためにジーナから笑顔を奪ったことを、永遠に後悔し続けろ。
「それにしても、永遠の赤は妾が絶滅させたと思っておったんじゃがなぁ~……。その名の通り、お前も永遠なのやもしれんな……」
さあて、ジーナの心は完全に晴れたようじゃ。明日の朝にはいつもの元気なジーナに戻っておるじゃろう。
その前に妾は……やれやれ、やらねばならぬことを済ましてから宿へ戻るとするか。明日から余計なことでジーナに面倒がかかっては可哀想じゃからな。
お誂向きにも、奴らのアジトには洗脳の魔導具が沢山あった。処分がてら、有効活用させて貰うとするかのう。




