014 女王の夜・1
◆◆ 一方その頃、ナーンジェイ (本物)の家では…… ◆◆
『ん……!? イッチさん、ニアス様が顕現したと、よもぎから連絡が!!』
「えっ、わあ。強烈なストレスを感じてしまったンゴねぇ~……」
「メシマズで我慢出来なくなったとかだったら、ウケるぅ~!!」
「セロリ出されたんじゃ?」
「それぐらいでキレるかよ……キレるかも」
あ~……。女王陛下出ちゃったかぁ~……。
初めて女王陛下に謁見したのはなぁ~……うん、セロリだ。セロリ事件だ……。
『セロリ如きでニアス様が顕現されるとは思いませんわ!』
「セロリもちゃんと食べなさい」
「やだ! セロリ嫌い~!! セロリやだ!! やだやだやだやだ!!」
「――――二度と妾とジーナの前にセロリを出すでない!! 嫌いなものは嫌いなのじゃ!!」
「あ、似てる似てる。初めてがこれだもんなぁ」
ジーナちゃんのセロリ嫌いは半端なものじゃない。匂い、味、食感。その全てに憎悪を抱き、この世の全てを呪うレベルでセロリを嫌う。ストレス値がマッハで上がって、女王陛下が顕現なさったんだよなぁ……。あの時はもう、本当に驚いた。うちの子どうしちゃったのぉ~って、大騒動になったもんだ……。
『ほ、本当にセロリで、そこまで……!?』
「マジ。最初に謁見したのがこれ」
「謁見ウケるぅ~!!」
「髪が真っ黒になって、目が赤くなってなぁ。のじゃロリかわええ~って思う暇もなく、おしっこちびりかけた」
「俺はチビッた……」
「実を言うと俺もチビッた」
「あ、多分全員チビってて草ァ!」
その次はアレだ、うん。アレだな……。
「あとは、お寿司だな……」
『お寿司ですの!?』
「お魚さんが嫌いなのは知ってたンゴねぇ~。でも、やっぱりバランス良く食べないとって、爺がぁ~……」
「サーモンの握りならいけるかもって、ネットスーパーのデリバリー機能で注文したら、ブチギレたンゴねぇ~!!」
「やぁだぁ~!! お魚お魚お魚お魚!! やぁだやぁだやぁだ!! やぁああああああだぁああああああああああ!!」
「――――妾は好きじゃぞ♡ う~ん、美味じゃ美味じゃ~♡」
「嫌いなものは共有してるわけじゃないんだよなぁ……」
うん、お魚さんが大嫌いなんだよな。特に生魚、刺身とか寿司を出したら絶対にキレる。
ちなみにジーナちゃんは、卵といくらとウニとイカとエビとタコは喜んで食べる。とってもね、おこちゃま舌なんだわ……。
「あとは~……」
『まだ嫌いなものがありますの!?』
「ああ、3回目はアレだわ」
「アレだな」
「アレだなぁ……」
『アレ……?』
3回目は、そう……。あの事件だな……。
ニアス様を、女王陛下とお呼びするキッカケになった、あの日の事件だ……。
「3回目に現れた時は、テテロッティ商会の傭兵とその繋がりのある闇商人が、この街から姿を消した」
「よもぎとさくらがジーナちゃんに保護されて帰ってきた、あの日やで~」
『え……。でも、わたくしがお会いした時は、ジーナちゃんでしたわよ?』
「よもぎとさくらを見た瞬間に、可愛いもふもふが居るって認識してストレス値が急激に低下したんだろうな」
「その後、女王陛下がジーナちゃんに"敵"の情報を教えたらしくて、殲滅は継続されたってわけだ」
「連れ帰られてきたよもぎとさくらはすぐに寝ちゃったから、その後のことも知らないよな?」
『ええ、その後のことは、あまり……。あの時はジーナちゃんも敵なんじゃないかって、必死で……』
「必死に戦って、テテロッティの傭兵の喉を5人も噛み千切ったって聞いて震えが止まらなかったンゴねぇ~!!」
3回目、テテロッティの傭兵共がこの家に押し入ってきた事件。みかじめ料だったかショバ代だったか、とにかく金を出せって襲撃してきて、俺と爺が怪我をしたんだよな。
あの瞬間のジーナちゃんは、何も言わずに一瞬で髪の毛が黒くなった。本当に一瞬、瞬きをする間に女王陛下へ変わっていた。
全ての敵を殲滅し終えた後、ジーナちゃんのやりたいことが全て終わったタイミングで、また女王陛下に姿を変えた。あの時はもう、本当に、生きた心地がしなかった。
「ジーナちゃんは女王陛下の存在を薄っすらと感じているだけだが、女王陛下はジーナちゃんのことを常に見守っている」
「ジーナちゃんが抱えきれないストレス、トラブル。それらはぜ~んぶ、ニアスちゃんが解決するために表へ出てくるぅ~!!」
『ニアス様は……ジーナちゃんのもう1人の人格、ということなのでしょうか?』
いや、実は……そうじゃない。ある意味そうだが、ある意味ではそうではない……。うーん、説明が難しいんだよな。
「多重人格ってのは、主人格が自衛のために作り出したもう1人の人格、そういうのを言うんだ」
「ニアスちゃんは、生まれた時から同じ体に同居してたもう1人の魂~……? まあ、なんか、同じ体に2人入ってるらしい~!!」
『元から、2人……』
「この人生は元々ジーナちゃんのものだからって、ニアス様はジーナちゃんに主導権を譲って見守っているんだ」
「だがどうしても、ジーナちゃんが耐え難い苦痛を感じた時には……」
そう、ジーナちゃんがどうしても耐えられないような苦痛を感じたその瞬間、女王陛下が顕現なさるんだ。
幸いにも女王陛下は俺達のことを『ジーナの良き師匠、妾にとっても良き師匠じゃ』って気に入ってくれたから良いけど、もしも少しでもジーナちゃんの害となる存在だと判断されたなら……。まあ、今日まで生きてこられなかっただろうな。うん、まあ……死にかけたことなら一度だけあるけど。
「とにかく、どんな理由で女王陛下が出てきたんだ?」
「ニアスちゃんが出たってことは、よっぽどのことやろぉ~!!」
「まあ絶対に非常事態なのは確かだな」
「さくら、よもぎから連絡はないのか?」
『それが、どれだけ教えてくれと頼んでも教えてくれませんのよ……』
よもぎが秘匿するような内容ってことは……? これは、3回目と6回目の再来っぽいなぁ……。
「3回目と6回目の再来っぽいンゴねぇ~……」
「山賊が押し入ってきた時のやつぅ~!!」
「よもぎがガチビビリして、おしっこ漏らしてたやつだな」
「さくらは暴れられることが嬉しくて、それどころじゃなかったやつな」
『あらやだ、わたくしったら』
よもぎが駄目なら、ここは~……。
「メイレムちゃん、ご主人様は今どうしてるんだい?」
『…………はい? いえ、応答が取れませんのでわかりかねます♡』
「あ、そっかぁ~……」
『私の創造主様はジーナ様、ニアス様ではありませんのでっ♡』
「あ、そっかぁ~……」
『はいっ♡ そうなん、ですっ♡』
メイドゴーレムのメイレムちゃんも、情報をお持ちではない、と。まあ、あとは大変なことになってないことを祈るしかないな~。
3回目と6回目の時みたいに、骸を魔法の槍で串刺しにして街頭に並べて『跪いて頭を垂れよ、愚劣で低俗なクソムシ共よ』とかやってないと良いんだけど。まあ流石に、そんなに何回もそんなことするわけないよな。
「じゃ、とりあえず無事を祈って……」
「晩飯ぃ~!! 乾杯~っ!!」
「この流れでかよ。まあ、乾杯」
「乾杯~。何事もなければいいな」
『はいっ♡ いっぱい食べてください、ねっ♡』
『いただきますわ~!』
◆◆ 一方、王都ケルフでは…… ◆◆
「――――跪いて頭を垂れよ、愚劣で低俗なクソムシ共よ」
暗殺者教団は皆殺し。天辺から末端に至るまで全て、全てを殺して殺して殺し尽くす。
一欠片の慈悲もなく、影に潜んで命を弄ぶクソムシ共の骸を、妾の家族の名を穢した愚劣なる者達の骸を、白日のもとに晒すがよい。
「や、やめ、やめっ……!!」
「クソムシ如きが、妾に指図する気か? 死罪じゃ」
「ガッ…………――――」
「嫌だ、嫌だ!! 死にたくない!! 死にたくない!! 俺は、俺はこんな、こんなところに居られるか!!」
まだまだ夜は長い。今宵この王都は、暗殺者教団の骸で埋め尽くされるのじゃ。どれだけ居ようとも、どれだけ逃げようとも、もはや妾から逃れられることは叶わぬ。
「門が!! 門が開かない!! どうして!! 開けてくれ、おい、居るんだろ!? 俺だ!!」
「妾から逃げられそうか?」
「うっ、うっ……あああ、あああ……」
「くっひゃっひゃっひゃ!! 声も芸も出し尽くして、最後に捻り出せたのが小便とはな。死罪じゃ」
「――――ッ……」
王都の門番、王城の衛兵、商人、各ギルドの職員。ありとあらゆるところに暗殺者教団のクソムシが潜んでおるわ。
そして皆、この逆さ吊りのカラスのシンボルを身に着けておる。捨て駒として集めたナーンジェイに渡したハトのシンボルとは別のもののようじゃ。
まあまあ、これではもう自分が暗殺者教団のクソムシじゃと自己紹介しているのと同じじゃ! そして鑑定でわかったが、このクソムシ共はこれを捨てれば一生暗殺者教団から追われる身となるそうじゃ。外せばいずれ死に、外さねば妾に殺される。
――――今宵、暗殺者教団のクソムシは死を約束されたのじゃ。
「止まれ~っ!! 止まれ!! 貴様が王都で暴れまわっている者だな!! 通報を受け、リタ王女が直属の近衛騎士団である我等が駆けつけた!! もう逃げ場はない!!」
「ああ、ワン公か。くっふふふ……!! 吠える姿はまさに犬のようじゃ。飼い主のところへ戻れ。晩餐会に招待した覚えはないぞ」
「…………ジー…………ナ…………?」
ルリアーナと言ったか、この犬ころは。こやつはジーナのお気に入り、危害を加えるのは本意ではない…………のじゃ、が。
「じゃが、後ろのクソムシには死んで貰う。お前達はクズじゃ。煉獄呪槍」
「なっ……!!」
馬は可哀想じゃからな、騎手だけ殺す。おお、騎士団に入ってもこの逆さ吊りのカラスは肌身離さず持っておるのか。これで479個じゃ。
「き、貴様……!! ジーナ、ジーナ!! なぜ、なぜだ!! なぜこんなことを!!」
「ほれ、お前にこれをやろう。そこのクソムシ共も同じものを持っておるじゃろう」
「何ッ!! 何を……これは……!! ま、まさ、か……!!」
「ああ、知っておったか。そう、暗殺者教団のシンボルじゃ。くっひゃっひゃっひゃ!! まさか連れてきたお前の部下が全員!! 暗殺者教団の手の者だとは思わなかったじゃろう!! お前の住むこの国は腐りきっておる。妾の家族の名を騙り、穢し、貶めた。判決は死刑。死刑!! 死刑!! 死刑じゃ!!」
絶望したか。震えて剣も抜けぬか。今はそれでよい……。この先、絶望して全てを諦めるもよし……主君のみを信じ、歩み続けるもよし……。
これが、お前の知らなんだ現実じゃ。直視することさえ出来ぬような、最低最悪の王都の現実じゃ。
――――打ち拉がれよ。
「ジーナは当分目を覚ますことはない。このニアスが、王都に蔓延るクソムシを殲滅し終えるまで、この夜が終わるまで」
「…………ジーナでは、ない、のか」
「ではな。妾はそろそろ、メインディッシュにありつきたい気分でなぁ」
「待って……。待って、くれ……。私は、こんな、これが本当のことだなんて……」
「現実から目を背けておる場合かのう? くっふふふ……!! 今頃お前の主が、逆さ吊りのカラスの群れに襲われておるかもしれんなぁ?」
「……ッ!! 姫様、姫様!! 姫様が!!」
そうか、お前は後者を選んだか……それもまたよし。ならば今回は特別じゃ。
「おい、ワン公」
「すまない、私は……!!」
「これを持っていけ」
ジーナの作った聖槍ソーラー。前にこのワン公の武器を見た時に気がついた……あの剣はもう、相当に限界が近い。
「これは……!!」
「持っていけ。その剣、既に限界なのは気づいておろう」
「…………何故、と……聞いてもいいか」
「お前はジーナのお気に入りじゃからなぁ! それにリタも、ジーナはああ見えて相当に気に入っておる。嫌悪しておるなら、口も利いてくれぬぞ?」
「…………ありがたく!! 走れ、はあっ!!」
さあ、ワン公も去ったところで……。そろそろ、本命へ向かうとしようかのう……。
「…………くっふっふっ!! テテロッティ!! あの日、お前を殺すと決めたあの日!! ようやくその日がやってきたなぁ……? さぁて、どうしてやろうか……」
暗殺者教団のアジトは全て潰し終えた。このシンボルの反応を探知したところ、王都内の残党はせいぜい20匹弱、王城に30匹強……。テテロッティが頼れる存在は、もうほぼ存在しておらぬ。
ナーンジェイとして集められた連中には、記憶操作の魔法を使って全てをさっぱり忘れて貰った。王侯貴族への強い怒りというのも、暗殺者教団によるでっち上げ……。森の侵略すらも、あのクソムシ共がテテロッティと共謀して腐った貴族を扇動した自作自演じゃった。
暗殺者教団に唆されていない王侯貴族には、腐った者など殆ど存在しておらんかったのじゃ。まあ、全員とはいかぬようじゃが、それがまた人間というもの……。
「それにしても、よくもまあアレだけの香辛料に武器、毒にも薬にもなる植物、洗脳やら秘匿の魔導具まで……。どれだけ東の帝国から支援を受けておったのやら」
ん? そうじゃなぁ、ちょうどよい……。テテロッティ、歓べ!! お前の処刑方法が決まったぞ!!
くっひゃっひゃっひゃ……!! さあさあ、楽しみに待っておれよ、テテロッティ……。待ちに待ったメインディッシュなんじゃからなぁ、お前は。
たぁっぷりと、妾の可愛い可愛いジーナの受けた苦痛を癒しておくれ。そして…………。
そしてこの――――大魔王サタンの生まれ変わりである妾を、愉しませておくれ。




