010 おこ。
昨日は満腹だったのと忙しかったのとで気が付かなかったけど、王都に自分の工房があるのに、どうして満月の魔狼亭に泊まりにくるんだろう? この問いの答えは、驚くほど早く得られたよ。だってね、工房の外見からしてまず、汚い。
うん、汚い。掃除してないんだなーって一発でわかるこの感じ、埃っぽさ。漆黒ししょーが見たら絶対にブチギレると思う。漆黒ししょーは昔大きな病気をしたことがあって、それから清掃とか清潔とかには凄く厳しくなったって言ってたもん。ここの主も多分、何か病気になる前なんだと思う。
『ジーナちゃん、本当にここなの?』
「うん。女将さんのメモだと、ここだって」
『きたな~い。ジーナちゃん、せっかくおめかししてきたのにね』
「服が汚れちゃうかも」
ししょー達に買って貰った服は数百着を超える。全部異空間収納に入れてあるから、勝手に劣化したり汚れたりしないけど、出来ればいつも綺麗に保っておきたい。ししょー達から貰った大事なお洋服、ゴシックロリィタっていうんだっけ? 凄く可愛い、神の服だって言ってた。こんなことなら、作業用の可愛くないやつでも良かったかも。
「……魔力防壁」
『あ、ズルい! 僕も~!』
「ん、魔力防壁」
『ありがと~!』
とりあえず、魔力で体全体を防御してから入ろう。本当に、こういうのは汚くて無理。新技術が眠っているかもしれないけど、なんだかなぁ~……。ここにくるまでは楽しみだったのに、急にテンションが下がっちゃった。よっぽど凄い技術じゃない限り、この下がりきったテンションは元に戻らないと思う。
「……ごめんくださ~い」
『わふっ……』
「ん、くちゃい」
『ぴぃぃ~……』
魔力防壁すら破ってくるこの異臭は、何? とりあえず臭い。本当に、勘弁して欲しい。
「あぁ~……? うちには別に珍しいもんはないよ。帰んなよ~……」
「じゃ……」
奥に何か居た気がするけど、帰れって言われたら帰りたくなる。本当に、生理的に厳しいところがある。
「あ……? あ!? ま、待って、ねえ待っでぇええ!! ロリっ娘!! ロリっ娘!? ねえ、お嬢ちゃんくぁいいねぇ~!? うへ、うへええ……!!」
「あ、ゾンビ」
『ぴゃう~っ!?』
ゾンビだ。絶対にゾンビだ。不死者よ去れ、あの世に帰れ。
「浄化水、不死払い」
「うわっぶ……。ひどぉい、水ぶっかけなくても良いじゃなぁい……」
『ジーナちゃん! このゾンビ、効いてないよ!!』
「これで倒せなかった不死者は5体目。なかなか、やる……!!」
「死んでなぁい!! 死んでないのぉおお!! ねえねえ、お願いギュッとさせてぇ、頭撫でさせてぇ!! なにその服可愛い、可愛いの化身? お人形が歩いてるみたい!! ねえねえねえねえ!!」
うう、酷い臭い……。もしかして、この人が異臭の原因? しかもこれ、生きてる人? ゾンビじゃないの?
ゾンビじゃない、つまり不死者じゃないなら確かに不死払いは効かない。じゃあ悪魔とかその類の可能性もあるし、広範囲浄化で対処すれば良い。
「浄化水、悪魔祓い」
「ぎぇええええええええ眩しい~!! ぎょえええええ~!!」
『あ! ジーナちゃん、部屋が綺麗になっていくよ!』
そして思わぬ副作用。浄化水を使った悪魔祓いって、なぜか汚れとかそういうのにも効く。これで一気に掃除が出来るから一石二鳥。ん、やっとまともに息が出来るようになった。王都に来てから一番手ごわい相手だったかもしれない……。本当に、これだから悪鬼とか悪魔とかは……。これだけやってもまだ汚いって、どれだけ汚いのこの工房は。
「綺麗になった……。綺麗になってるぅうう!! ねえ、実験に失敗して以来最悪の汚さだった工房が、綺麗になってるよぉ~!!」
「……倒せて、ない?」
『ジーナちゃん、今気がついたけど、もしかしたらこれって人間かも!』
「人間……? この、黒くて汚いのが……?」
「ねえ、ひどぉい!! 人間だよ!? 僕、人間!! お姉さん悲しいなぁ~……。あ、でもロリっ娘に罵倒されるのはご褒美かもぉ、ぐへっ……」
あっ……。き、気持ち悪い。ちょっと、別の意味で生理的に無理かも、この人……。というか、人だったんだ……。
「ねえねえ」
「さ、触らないで。近寄らないで。まず、綺麗にしてきて。私はこの空間をもうちょっと綺麗にするから、お願いだからあっちいって。お風呂入って。こっち見ないで。消えて」
「…………アッ……! オフロ、イッテクル、マッテテ……」
「早くいって。シッシ」
信じられない。こんなに汚い空間のなかで生活してたなんて、本当に信じられない。
絶対に工房の奥も汚い。そうに決まってるんだ、こういうタイプの人は徹底的に汚くしてるに決まってる。ほら、汚い!! お掃除してない!! 洗い物も溜まってる!!
あああああ、最悪!! こんなところにおめかししてきたのが、本当に最悪!! 女将さんの紹介だから無下には出来ないし、あああああああっ!! もう~!!
「綺麗にする。徹底的に。ストレス、発散」
『ジーナちゃん……アレを、使うんだね……?』
「やる。この王都にきてから、初めて本気を出す。この場所は赦せない」
こうなったら徹底的に浄化する。多分これだけ汚れてたら、魔物が発生する原因となる瘴気が溜まっててもおかしくない。本当にそんなレベルの劣悪環境。
実験に失敗してからって言ってたけど、普通失敗したらすぐに片付けるでしょ? そもそも、家中が汚くなるような実験ってなんなの? ああもう、考える余裕がない。汚くて、汚くて、汚くて!! イライラする~っ!!
「不浄なるもの、害あるもの、悪しきもの。退き、朽ち、この世を去れ。我、一切なる穢れを赦さず。聖域展開!!」
詠唱込みの完全なる浄化魔法の発動。この聖域内で私が穢れと判断したものは存在を赦されず、全てが浄化されて塵も残さず消え失せる。
消えろ消えろ、汚染の原因物質。誇りも黒いなんか気持ち悪いのも、食器の汚れも腐った食べ物も、全部消えてしまえ~!! ついでに建物に染み付いた悪臭も消えろ~!! 全部全部、気持ち悪いものは消えろ~!! ヤダヤダヤダヤダヤダ!! もう汚れも黒いのも食べ物に湧いた虫さんも全部消えろ~!!
「うわぁあああ~ん!! 汚い!! これを展開してもまだ抵抗を感じるぐらいに汚い!! ひっ……! ひっぐっ……!! ううっ……!!」
『ジーナちゃん、泣かないで!! もうちょっと我慢して!!』
「やだやだやだやだ!! 汚いのは本当に嫌いなの!! やぁ~だぁ~!!」
うわぁああああん、もうやだぁあああ!! お家帰りたい!! お家帰る~!! 満月の魔狼亭に帰る~!!
◆◆ 落ち着いてね、ジーナちゃん ◆◆
「反省して。家中汚いままにしたのも、こんな状態の工房を開けたままにしてたのも、自分の存在も、生まれてきたことも、全部反省して!」
「はい……生まれてきてごめんなさい……。本当に……」
『ジーナちゃん、それは言い過ぎだから……』
「事実!!」
「はい……。事実です……」
我慢の限界にきた私が、癇癪を起こして泣きながらフルパワーで浄化した工房は、やっと綺麗な状態になってくれた。ここまでしないと浄化出来なかったのは、黒光甲虫王の巣窟を一掃した以来だったかもしれない。つまり、この工房はそれと同格だったってこと。今の今まで、近隣住民から苦情が出て取り壊しにならなかったのが奇跡だと思う。
「あの、その、素敵な幼女様は、ここに何をされに……?」
「…………私、ジーナ。満月の魔狼亭の女将さんが、不思議なものを作る人が居るって、紹介してくれた。こんなに汚いと思わなかった。怒りで今にも全て吹き飛ばしたい気分。以上」
「そ、そうなんだぁ……。あの、僕は……お、オパールって、錬金術師で……」
あ、錬金術師だったんだ。黒魔術師とかの類かと思った。
「何をしたらこんなに汚くなったの?」
「いやぁそれが、スライムを使った実験をしてたんだよね……。こう、スライムに掃除とかを覚えさせられないかなぁ~って……あ、あは、あはははは……」
「あははははは」
「あははははは!! そう、面白いよね!!」
「全然」
「あ、あは……あは……」
うん、やっぱり黒魔術師だった。ここまで汚くなる前に、掃除ぐらい自分でやるべき。
「工房が汚すぎて、スライムが先に死んだ?」
「いや、あのね……。汚れを覚えて、上書きされて、どんどん広げられてぇ……」
「…………制御不能に陥った?」
「これはヤバいと思って対処しようとして、スライム殺しの薬を作って撒いたら、覚えた汚れを撒き散らしながら死んでぇ……」
「馬鹿なの?」
「はい……。事実です……」
思ったよりもとんでもないお馬鹿さんだった。ダウナーな感じで胸が大きい、綺麗にしてれば黒髪が素敵な美人さんって感じの人なのに、清潔にしようとする努力をしない人。本当に信じられない程にズボラ。生活能力が終わってる。だから満月の魔狼亭へたまーに来て、綺麗な部屋で過ごして帰るっていうことをしてたんだ。自分で掃除が出来ないから。
「…………でも、スライムに何かを覚えさせようっていう発想は、確かに面白いかも」
「でしょぉ!? ねえ、そうだよねぇ!? 私ってほら、錬金術ギルドのセイルを5年連続下して、錬金術コンクールで優勝し続けてる天才なワケ!! まあそれもこれも、セイルがカス過ぎて張り合いがなくて、やることが思いつかなくてなんの面白みがないんだけどさ~……。もう殿堂入りってことで、コンクールでは審査員側になっちゃったしぃ~……」
「その天才が掃除すらまともに出来ない。最低」
「アッ、アッ、それは、また、別の話だからぁ……」
「言い訳しない」
「はい……。事実です……」
オパ……オプ……? おっぱる? おっぱるさん……?
この人は多分、錬金術に全ての能力を振ったような、そういうタイプの人間なのかも。そうでなければ、スライムに掃除を覚えさせようとか思いつかないし。でも、その発想自体はかなり面白い。
「魔法とか、魔術への理解はどの程度ある?」
「え? うーん、あんまり……?」
「じゃあ、ゴーレムとかの作り方は知らない?」
「…………あっ」
もう気がついたみたい。そう、その発想は既にゴーレムで実現可能になってる。
ゴーレムっていうのは、魔物の核である魔石に、命令を忠実に聞くように術式を刻み込んで、それを土人形とか鉄人形とかに組み込んで動かす魔導人形。当然、掃除だって覚えさせれば完璧にやってくれる。
それをわざわざスライムでっていうところがね、こういうタイプの人が紙一重の存在なんだなって。車輪の再発明って言葉を教えてあげたい気分。
「僕の研究、もしかして、あの……」
「無駄」
「む、だ……」
「ただ、掃除を覚えさせるのは無駄ってだけ。他の用途は、あるかもしれない」
でも、私は今の話を聞いて、スライムに命令を与えるとかそういうところに可能性を感じた。スライムに何かをさせる、何かを手伝わせるっていう方向性は、アリかもしれない。
「スライムは液状の魔法生物だけど、擬態能力があって何かを真似したり、属性を持てばその属性の魔法を使うことだって出来る。更に魔石とか従魔契約とかを上手く組み込めば、おっぱるの言うお手伝いスライムが出来るかもしれない」
「おっぱる……?」
「名前、おっぱるだったよね?」
「…………うん、おっぱるでいいや」
『オパールだよ~……』
おっぱるのやり方は、魔法生物に魔術的制御をかけなかったから暴走しただけ。なら、きちんと魔術的制御を施したスライムなら、やりようがあるはず。
これを利用すればもしかしたら、長年考えていたあることが実現可能になるかもしれない……。やってみる価値はあると思う。
「私はゴーレムの作り方とかなら詳しい。スライムを作ったことはないし、作り方も知らない。だから見せて、教えて」
「え? 錬金術、出来るの!?」
「出来なかったらもう帰ってる。おっぱるのことなんて放って、満月の魔狼亭でキングボアのとろとろシチューを食べて寝てる」
「食べたいんだけどそれぇ!? ねえ、今から――ほげぇええ!!」
「駄目。ここでスライムを作る。私に、教える。この工房とおっぱるを綺麗にしたのは、誰?」
「…………はい。ジーナ様です。僕はジーナ様の下僕です」
「よろしい。では早速やり方を教えて」
『ああ、ジーナちゃんの怒りが収まるまでは、暫くこのままだ~……』
怒ってる? 私、怒ってないよ。おっぱるが悪いだけ。だって、あの超絶不潔生物の黒光甲虫王と同レベルだったんだよ? 冒険者ギルドにおっぱるの討伐依頼が出るのも時間の問題だったと思う。討伐されずに綺麗にして貰ったんだから、私に感謝すべき。
「……お、怒ってるんだ」
「怒ってない。怒ってな~い~!! 怒ってな~い~も~ん!!」
『これは怒ってる時のだね』
「ひぃぃい……!」
とにかくスライム。まずはスライム。やると決めたらさっさとムーブ!! ムーブムーブ!! はりーあーっぷ!! 私は、怒ってな~いも~ん!!




