第67話 ジンクス
「おい、またかよ、クソ」
わかりやすく苛々とした調子で低い声を出したのは、パーカー少尉だった。
パーカーは、吸っていた煙草をへし折り、手持ちの屑入れに捨てた。
寄りかかっていた兵舎の壁から億劫そうに離れ、目の前の整列した団員たちをじっと眺め回す。
この場にギブソンもブライアンもいないため、兵団を主導するのは彼になる。
「……セオはどこだ」
セオ――セオドア・マクレーン軍曹。
第六近衛兵団の中では火薬銃を使った戦闘を得意とする兵だが、彼の特徴はむしろ遅刻癖である。
パーカーは彼の所在を団員たちに尋ねたわけだが、兵たちは目をうろつかせるだけで黙っている。
場所自体は想像がつく。武器庫で銃を触っているか、自室で寝ているかだろう。
今、アルスも分隊長として一般兵たちと共に整列に並んでいるのだが、どうにも気まずい空気だ。
結局、口火を切ったのはギルバートだった。
「今日のセオドア当番、パーカーだろ……」
「ああ⁉︎」
「怒んなよ。だってもともとモーガンだったけど、団長に付いていって、ひと足先に南部入りしたじゃん。その仕事引き取るって言ったのパーカーだろ?」
「……」
記憶を思い起こしたらしい。
政権が変わり、新しい首相就任に騒ぐ現下の情勢は、第六近衛兵団にも影響を及ぼした。
南部の反乱軍の動きに警戒を強めて、第六近衛兵団も遠征に出る。
ギブソン他数名は既に現地入りしており、後発で向かう他の団員たちは準備に追われていた。
パーカーは、先程までよりさらに苦い表情を浮かべて苛立ちを露わにしている。
「――おい、チビども。ブライアン大尉が来る前に呼んでこい!」
それを聞いて、クリスが赤い紅を引いた唇を尖らせ舌打ちをした。
度々パーカーとぶつかる彼は、女性的な見た目の異質さはあるものの若い兵の面倒見がとてもいい。
自分の落ち度を棚上げし、ギルバートとチャーリーへ指示をしたパーカーの態度が癪に触ったようだ。
「なにそれ。あんたが行きなさいよ。あんたの仕事でしょ!」
「あ? お前――」
「俺が行く」
アルスが割り込んだ。この状況で二人に喧嘩などされたらたまらない。
「頼む。俺が行くから、いちいち揉めるな! そうこうしてるうちにブライアンが来る!」
* * *
古ぼけた赤煉瓦で組み建つ、兵舎のさらに奥。
武器を格納する石造りの建物は、重々しい木製の扉に立派な閂がついていた。
そしてそれは当然、アルスの予測した通り開放されていた。
扉をあけると、窓の少ない暗がりのなか、ランプに浮かぶ影が見える。
「セオドア」
鉄の蝶番が大きく軋んだ音に気づき、一人の男がこちらを振りかえっていた。
「あれ、なんで分隊長がここに」
「お前、集合時刻とっくに過ぎてる」
「ああ……すみません、つい。この場所鐘の音が入りにくくて」
気だるげに返してくる彼は、表情の変化が人より乏しい印象の青年だった。
そのくせ、銃について語り出すと止まらない。
何度言っても遅刻癖が治らないあたりからも、興味のないことは徹底して意識が向かないのだろう。
もはや悪気も感じられないため、彼の実力も相まって周囲も許容し始めていた。
アルスはセオドアがいる机の前に近づいた。
今すぐ皆の元へ引きずっていかねばならないのだが、彼が座る前に並ぶ部品や工具を見て、興味が勝った。
「すごいな、銃の中身ってこうなってるのか。何をやってるんだ」
「整備」
端的に返したセオドアは、発言後、答えが雑だと自覚したのか説明を加える。
「つまり、火薬の粉末とか錆とか細かく掃除してやらないと詰まる。あとは油差して、動きをよくしたり……遠征に出るんできちんとしておきたくて」
分解済みの銃の部品を、じっと追い続けるアルスの視線に気付いたようだ。
セオドアが目を瞬かせた。
「もしかして、やりたいです? まあ、分隊長はいつも真面目に俺の話聞いてくれますもんね」
他人に関心の薄そうなセオドアにすら指摘されてしまった。
自分はそれほどわかりやすいのかと少し気まずくなり、話題を変える。
「そういえば、お前魔法銃について詳しいか? 知人が魔法銃を使うんだが、仕組みが気になる」
「……分隊長、それ俺に聞きます?」
セオドアが困ったように唸った。
ぼんやりとした表情だが、困惑が伝わってくる。
火薬弾の銃を主に使う意味。
今でこそ科学兵器の導入も受け入れられるようになってきたものの、リンデル王国では実質の魔法不能者であるという宣言に近い。
配慮のなかった自身の発言を反省し、慌てて取り繕う。
「悪い。その、銃というし詳しいかと思って」
セオドアはあまり詳しくないと前置きしつつ、語り出す。
「魔法銃って道楽の武器じゃないですか。おもちゃに近いと言うか。そのくせ難しくて、上流階級ならではの遊戯というか、飾るためだけに取得する人もいるらしいですね。確かにあれはあれで造形美もなかなかなんで一つ手に取ってみたくはありますが」
アルスは、徐々にうっとりとした声音に変わるセオドアの様子を眺めた。
結局、魔法銃であっても好きは好きらしい。
「魔法銃は、こめる魔力が少なければ弾として撃ち出せないし、多過ぎれば銃身が耐えきれず暴発する。精細な制御能力を訓練したい魔法使用者の武器として使われることもあるらしいですよ」
アルスはそれを聞き、ふと思い出す。
テッドは魔法の研究者だという話を耳にしていた。
「ほんとにそれ武器にしてんなら酔狂ですよね。めちゃくちゃ魔法できるのにあえて使うんだから」
テッド自身、大人しいわけではないのだが、他の人間の補助に徹してきている印象だった。
それに隠れて目立たずにいる魔法制御の能力の高さは、周囲が考えている以上なのかもしれない。
「で、とりあえず終わったんですけど、なんでしたっけ?」
一丁の銃の整備を完了させたセオドアが、ようやくアルスの方へまともに向きなおった。
なんのためにここまできたのか。
アルスは慌てて指摘する。
「だから集合時間過ぎてる。お前もう少し時間守れよ。携帯する時計は持ってないのか」
「持ってますけど……部屋の引き出しに」
「使えよ」
脱力し、ため息をついたアルスをみたあと、セオドアが眉間に皺を寄せて黙った。
アルスが怪訝にその反応を窺うと、しぶしぶといった様子で説明してくる。
「……レオポルド中尉からもらったんで、なんか使いにくくて」
アルスもすぐに言葉を返せない。
「中尉がいた頃も、散々遅刻で呼び出されて。まさか形見になるとは思ってなかったなあ……。いや、よく考えればその時計、実は分隊長に渡したほうがいいんですかね」
「なんでそうなる。お前がもらったんだろう。使えよ」
セオドアの視線は寂しげに遠くを見ている。
アルスもつい、胸元の翡翠のタイリングに目を向けた。
一呼吸おいたアルスは、しんみりとした空気を切るように、思いついた提案を持ちかける。
「どうしても使えないのなら俺が別の時計を準備する」
「いや、いいです」
セオドアの否定は早い。
「はあ?」
「……嫌じゃないですか。もらった後、分隊長にまでなにかあったらさすがに」
自分では思い至らなかった発想にアルスは笑った。
同時に、セオドアの中に自分の存在もしっかり居座っている嬉しさも感じる。
「そういうところ気にするんだな」
「そんなもんでしょ。軍人だからこそ、こういうジンクスにすがるものですよ」
セオドアは微笑して椅子から立ち上がった。
「――こんな仕事、いつ死ぬかわからないんだから」
静かなセオドアの呟きに、アルスは動きが止まる。
今回の遠征は、第六近衛兵団としてもちょっとした警備の手伝いで戻る予定であるし、アルスは帯同しない。
気楽に考えていたし、思わず連想した不安はきっと正しく杞憂に終わるだろう。
それでも、ぐっと飲み込んだ唾の感触が苦く残り、しばらく喉の奥に張り付いていた。




