幕間 誕生日
※16話〜19話の古代遺跡後くらいの話。
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冬も間近となり、寒さが身に染みる日が続いている。視線を横切らせると、久々に清々しい晴天の朝焼けが窓の外に映っていた。
無理やり熱い紅茶を流し込み、眠気を吹き飛ばそうとするアルスの横では、いつものようにジャックが忙しなく動き回っている。
「アルス様、ご確認ください」
朝食の準備が済んだあと、ジャックは銀盆に乗せた手紙を差し出してきた。
「今日は少し数が多いですね……っとすみません、つい」
主人の事情に口を出してしまったジャックは慌てて口を押さえる。
「誕生日だからだろ。お前、今さらその程度のこと、口出すくらい躊躇うなよ」
「一応立場はわきまえておかないと……って誕生日ですか!?」
「……」
アルスは顔を顰めて目を背けた。
さらりと流そうと思ったが、そうはいかないようだ。
「言ってくださいよ! いや、待て、その程度の情報仕入れてない俺が悪いのか!?」
「たかが誕生日だろ。もう子供じゃないんだ。いちいち騒ぐことでもない」
「だって、誕生日ですよ?」
ジャックが腕時計を確認し、ぶつぶつと今日の予定をつぶやきながら慌てている。
「いいから、普段通りにしろ。ここ数年誕生日なんて大したことをしてきていない」
「いや……しかし……」
アルスも、ジャックの気持ちは素直に嬉しい。嬉しいのだが、それだけでは済ませられない事情もあった。
「気持ちはありがたいが、母の亡くなった日でもあるから大仰なことはくれぐれもするな。悪目立ちする」
アルスは十歳になったその日、魔力の暴走事故を起こして母を亡くしている。
ジャックはそれを思い出し、はっとした顔を見せると、そのままばつの悪そうに目を伏せた。
その姿を見て、アルスはもう少し配慮した伝え方はなかったのかと自省する。
「……お前は?」
「え?」
「お前の誕生日だよ。いつだ」
「ええ……」
ジャックが明後日の方向に目を泳がせ言い淀む。
「なんだ、人の誕生日にこれだけ騒いでおいて自分はだんまりか」
「あー……。その、一昨日、でした」
「……いや、お前言えよ」
「言うわけないでしょう。従者が誕生日を主張してどうするんです」
「だって、誕生日だろ? なにかしらの労いくらいは用意するし、特別な食事や外出だって許可を出す」
「ええ……。この歳でいまさら誕生日で浮かれないですよ」
ジャックは自分のこととなると途端に声の調子がしぼんでいく。
——この話題はお互い忘れてなかったことにしよう。
そうアルスがいいかけたとき、ジャックがぱっと明るい笑顔で口を開く。
「じゃあ、こうしましょう! 一週間後にあらためて、特別な食事を準備してお祝いする方向で!」
「え……」
「諸々の手配もこれで余裕ができます」
満足げにジャックは頷き、考えをまとめていく。
「俺も誕生日ということでおこぼれに預からせてもらおうかな。料理人に頼んでちょっといい食事残しておいてもらえたら、その日の夕飯それで得しますし。——別に祝われるの嫌ってことではないでしょう?」
「あ、ああ……」
「よし、そういうことで準備進めておきますね」
そのまま口を挟む隙なく、ジャックは朝の従者としての仕事を終え、ばたばたと忙しそうに部屋を出ていった。
* * *
早くなった日の入りにため息をつき、執務机のランプをつける。
手紙を書いているアルスに、ジャックが紅茶を運んできた。
邪魔をせぬよう静かに去ろうとしたジャックの後ろ姿を、アルスは呼び止める。
「ジャック、受け取れ」
差し出したのは書き上がったばかりの立派な封蝋付きの手紙。
「あ、はい。えっと郵便ですか。出しておきますね」
「お前にだよ」
「はい?」
ジャックは戸惑いながら訳も分からず、とりあえずと受け取った。
その手紙の宛名は、確かにジャックに向けたものである。
「誕生日の食事、一人で豪華な料理を食べたところで味気ない。それなら、かの有名なレオポルド家の次男を食事に招待するくらいは構わないだろう」
ジャックはしばらく惚けた表情で黙っていたが、ふっと顔がほころんだ。
「……服装、どうしましょうね」
「お前の得意分野だろ。自分のものと俺の分、考えておけ」
——ただし、あまり窮屈で格式張ったものは遠慮したい。
そうジャックに伝えたところ、アルスは上流階級の社交においてのあるべき準備や振る舞いについて、しばらく小言を聞く羽目になってしまった。




