第四部 第十三章 アンゴラ
第十三章 アンゴラ
翌朝、『アナスタシウスポリス』に入った魔聖ローマ帝国軍は、街の惨状に驚く事になる。
街の中心広場はほぼ白骨化した遺体の山で、広場から城壁までの通り沿いの石造りの家屋は全て焼けこげている。そこに将兵達の幕舎が散乱して、唯一使用可能だった神殿も、昨夜の夜襲で再度崩れて悲惨な状況になっている。
「酷いなこれは、再建するなら一度更地にした方が早くないか?」
と言うのは、数々の戦場で破壊された街を見てきたダークナイトだ。
「皇帝陛下が以前使った、あの風魔法で町中を綺麗にすると言うのはどうでしょう?」
とアンリ、
「確か『ヴェンティ・クラーマーレ』と言ったか、マジェリトの街の城壁を一瞬で消滅させたと言う魔法だな」
ジョルトはその光景を見ていないが、話には聞いて知っている、確かにこのほぼ全壊した街を再建するならその方が早いかもしれないし、何よりここは東西を結ぶ街道と北へ向かう街道の交わる場所で、交通の要衝で有るだけでは無く、古代には『ラガニア』と呼ばれ東ローマ帝国の皇帝アナスタシウス一世がこの地を気に入り、自らの名を冠したと言う街だから、放棄する訳にはいかないのだ。
「アンリ殿、その魔法使えるのか?」
「我が軍の魔術師達は全員使えます、一日あれば全軍の魔術師に教えらますが?」
「そうか、その手で行くか、ではまず最初にあの遺体を何とかしてからだな」
そして魔術師総出で広場を囲み、炎の魔法と呪法を発動して更に風魔法で空気を送り炎を超高温の竜巻に変えて、遺体を一気に灰にしてそのまま風で街の周囲に散らした、これは街周辺の畑にとっては貴重な肥料代わりになるのだった。
そして翌日、今度は風魔法と水魔法の複合魔法の『ヴェンティ・クラーマーレ』の出番で、城壁の上に
陣取った魔術師達が一斉に魔法を発動して、焼け残った石作りの街並みを塵に変えて行き、最後に街の中心の神殿も綺麗に塵と化し、『アナスタシウスポリス』は城壁だけを残して更地になった。
ここからは土魔法の出番で、街路、簡単な家の枠組みが次々と作られていき、街の中心には魔法教会の
土台が作られた。あとは木の呪術師と大工達が、屋根を葺き壁を仕上げて建物を完成させる、勿論建物の中は空だが、それはこの街の本来の領主であるヨハネス・ピロポノスの仕事になる、完全な再建までには数ヶ月から一年はかかるだろうが、廃墟から再建するよりは早いだろう。
ジョルトはこの街(廃墟)に数日滞在しただけで、1000名程の警護の兵を残して全軍をアンゴラに向けて出陣させた。
アンゴラの街は、ローマ時代から防衛の要衝として城砦が築かれて、二重の城壁に囲まれた城塞都市だ
最盛期には人口は20000程度だった、東ローマ帝国総督レオン5世が父であるレオン4世からこの地位を引き継ぎ、現在も街に君臨している。
既にレオン4世の時代から疫病で滅亡した東ローマ帝国の各都市を教訓として、徹底的な人の往来の統制、城壁内にサカルヤ川の支流アンゴラ川とチュブク川を取り込み水の手を確保して畑を作り、兵士は平時にには農民として畑を耕す屯田制を取り入れ、自給自足の徹底と籠城戦の備えがあり、三年以上の包囲戦に持ち堪えるとも言われている。街の各地には赤字に黄金の鷲と月桂樹の紋章の東ローマ帝国旗が翻っている、魔聖ローマ帝国が使用しているローマ帝国旗とほぼ同じ意匠だが、中央の黄金の鷲が双頭の鷲になっている所だけが違う。
これは、東ローマ帝国が、ローマとコンスタンティノープルを支配するという意味の意匠だと言われている。更にアンゴラ軍は東ローマ帝国以来の伝統的な土と風の魔術師も秘匿しているので、魔法防御も完璧で相手が攻撃特化の炎の魔術師しか存在しない、拝火教の各帝国相手には難攻不落の街だったと言って良いだろう。
今回の疫病の流行も、アンゴラは城門を固く閉ざし、難民や病人の一切の流入を認めていない。
その為、城門の前は難民で溢れ、まるで難民の街が城壁を取り囲む様になっている。
当然ながら、この難民達の中には罹患している者が多数いて、毎日の様に死者が出て火葬の煙が上がっている地獄の様な状況だ。
「全く、ブワイフ帝国の軍勢が去ったと思ったら、今度は難民に包囲されるとは、なんとかならんものか?」
と嘆くレオン5世だが、この状況を打破する方法は全く無いのは本人が一番良く知っている。
文献によれば前回の疫病の蔓延の時も同じ状態で、難民達が疫病で死に絶えるまでこの状況は続くとの事だった。そしてその後は城壁の外側の死体を焼却する煙と悪臭が何ヶ月も続いたと言う。
「なんとも気が滅入る話だな」
とレオン5世は幕僚達に話している。
「伝令、物見塔よりこちらに近づいて来る軍団を発見、数およそ60000」
との緊急報が入った。
「60000とは、ブワイフの奴らも懲りぬな、東と南の門の守りを固めよ」
「総督、それが敵は西からとの事です」
「西だと、先頃包囲していた敵がまた戻って来たと言う事か、だが兵は20000程だった筈、援軍でも揃えて戻って来たのか、愚かな」
「伝令、敵の旗を確認しました、ローマ帝国の旗です」
「なんだと? ローマ帝国の旗?」
レオン5世は総督の間を飛び出して、自らが物見塔に登った。
「フォカス将軍、どう見る?」
「あの旗は確かにローマ帝国の旗ですな、ですが我らの旗とは違います、あれは東西に分裂する以前のローマ帝国の旗かと」
「すると何者かが、ローマ帝国を偽っていると言う事か?」
大軍の接近に、西の門の周囲にいた難民達は、蜘蛛の子を散らす様にその姿を消した。
これは先のブワイフ帝国の皇子イッズの軍が包囲戦を行った際に、難民達に無差別攻撃を行なって焼き払ったからだ。
「総督閣下、白旗を掲げた騎士が二名近づいて来ております、いかがしますか?」
「ふむ、何者かは知らんが話だけは聞いてやろう、将軍頼めるか?」
「かしこまりました」
と歴戦の雄であるフォカス将軍は部下を二人だけ連れて、西門から外に出た。
「そこで止まれ、我が名はフォカス・プラヌデス、貴様らは何者か?」
「将軍、お久しぶりでございますアナスタシウスポリス領主ヨハネス・ピロポノスの子イオアンネスです」
とイオアンネスは馬から降り、兜を脱いでローマ帝国から伝わる騎士の挨拶をした。
「おう、なんだイオアンネスか、お父上はご健勝か?」
この将軍は、イオアンネスが少年時代に剣を教わった師匠でもあるのだ。
「はい、おかげさまで、将軍こちらは魔聖ローマ帝国ビザンツ国王アンリ・ポワトゥー陛下です、総督に
皇帝ユーグ・カペー陛下からの信書を持参しております、お取次をお願いできますか?」
「魔聖ローマ帝国だと?西方の蛮族がその名を名乗ったとは聞いておるが、良いだろう着いてまいれ」
と将軍は、二人を街中のアンゴラ城内の総督府へと案内した。
「この男、かなりの手練だな、しかも珍しい双刀使いか」
とアンリの値踏みも忘れていない。
総督はアナスタシウスポリス領主ヨハネスとは知古であり、ヨハネスがブハイフ帝国に降った後もその交流関係は続いていた。
アンゴラ城内の謁見の間で、総督は二人を謁見すると、初めにヨハネスからの信書を読み次に皇帝ユーグからの信書に目を通した。
「なんとヨハネス殿が……信じられぬ、戦いもしないで蛮族に降るとは、そしてこちらの皇帝を自称する
ユーグとやらの信書には、魔聖ローマ帝国とやらはブリタニア、ガリア、ゲルマニア、イスパニアを統一し更にローマも抑えて以前の西ローマ帝国以上の版図を持ち更に我が東ローマ帝国の領地イリリグム、トラキア領して、死の都と言われたコンスタンチノープルを浄化しただと……」
「はい総督閣下事実にございます、我が父の領地の疫病も既に浄化されて、 ここより西のブハイフ帝国の勢力は既に一掃されております」
「まさか、そんな事が信じられん」
「総督、将軍その旧東ローマ帝国の領地は、かってのコンスタンチノーブルを含めて私がビザンツ王国として皇帝陛下よりお預かりしている、ついでに言えばコンスタンチノーブルは皇帝陛下の魔法により浄化されて今は『カペーウルプス』と名を変えているがな、さてどうする?、この程度の城壁都市など我が軍の力で消滅させる事は簡単だ、だが陛下はそれを望まれておらん、総督がローマ帝国を後継する我が帝国に帰順するならば、その地位を保証すると仰せだ」
とアンリは堂々と主張した、将軍や総督が帝国を西方の蛮族呼ばわりをした事については剣にかけて謝罪させるつもりだが。
「ふん、蛮族の小僧大きく出たな、男なら口では無く剣で語るが良い」
と将軍は腰の剣、ローマ時代から伝わる伝統の剣スパタを抜いた。
「良いだろう、こうで無くてはな、イオアンネス殿、怪我をしない様に後ろに下がって、しかしこの部屋はごちゃごちゃとして戦うには狭いな」
とアンリは背中の二刀を抜くと、左の剣に風魔法を纏わせて一振りして、謁見の間の余計な装飾や家具を
吹き飛ばして見せた。
「これで少しスッキリしたな、老人どこからでも掛かって来い」
と双剣を構えた。
「まさか、剣士が魔法を使うだと、しかもこの威力?」
「おいおい、俺は風魔法が苦手でな、しかも手加減しているんだ、本来の魔法はこれだ」
と今度は得意の土魔法を発動させて、謁見の間の総督の後ろの壁を軽々と破壊して見せた。
こうなると使者として謁見をしに来たと言うより、武力を見せつけて脅迫をしに来たに等しい。
「さて老人、掛かってこないならこちらから行くぞ、安心しろ魔法は使わぬ」
とアンリは一瞬で間合いを詰めて、右手の剣を振るった。
将軍はかろうじて左手の盾で受け止めるが、この一撃で盾は破壊されている。
「片手で、我が盾を砕くとは、恐ろしい威力よな、だがワシとてローマの将軍、遅れをとらん」
と今度は両手で剣を握ると攻勢に転じた。
「ほう、老人にしてはなかなかだな、だが甘い」
とアンリは将軍の剣を二本の剣で受け止めると、そのまま弾き飛ばした。
「もう良い、辞めよ」
顔面蒼白になった総督が、そこで二人を止めた。
「爺さん、いやフォカス将軍、残念だあんたとは10年早く立ち会いたかった」
とアンリは剣を収めた、アンリなりに老将軍の腕を認めたと言う事だろう。
「若造、大口を叩きおる、だがワシの負けだ、ワシが10年若ければもう少しまともに戦えたのだが残念だ」
と将軍は素直に敗北を認めた。
「さて、総督閣下、返答は如何に? 一日の猶予を与えると我が軍団の軍団長殿は言っているので、それまで待つ事にしよう、それと、明日の正午までに回答がなければこの街の城壁を全て消滅させるのでそのつもりで、イオアンネス殿、では戻りましょうか」
とアンリは唖然としているイオアンネスを連れて謁見の間から悠々と退出した。
「恐ろしい男だ」
「確かに、しかしあの男が味方なら、なんと頼もしい事か、それより閣下、あれだけの男が軍団長では無いと言う事は……」
「ああ、そうであるな、その軍団長とやらは更に強いと言う事なのだろう、戦えば滅亡は間違い無いな、それにこの皇帝が求めているのは降伏では無く帰順と言う事も興味深い、将軍一考の余地があるのでは無いか?」
「そうですな、周りで青い顔をしている我が軍の将兵では太刀打ちができないのは明白でしょう」
とアンリの武威を目の当たりにして震えている守備隊の将達を見た将軍は総督に答えた。
文官達も交えて相談した結果、アンゴラ総督レオン5世は魔聖ローマ帝国に対して帰順を決定して、その日のうちに都市の西の大門を開けて白旗を掲げた。
翌朝、魔法歴942年冬、魔聖ローマ帝国軍は整然と隊列を組んで、アンゴラに入城する。
ただし、殆どの将兵は城内に入る事なく、周辺に多数存在する難民の救済と浄化と治療にあたる事になる。
城壁の物見の塔に登った、総督レオン5世は城外の城壁の外で白い光が輝くのを目撃して、隣に立っている、アナトリア方面軍司令官の魔聖ローマ帝国・ルテニア国王ジョルト・アールパードに
「あの光が伝説の浄化魔法なのですか?」
「そうです、皇帝陛下は浄化魔法をこの世に再現されました、これで疫病の心配はもうありません」
「それで、陛下がこちらに向かっておられるとのお話でしたが、いつ頃到着されるのでしょうか?」
「そうですね、昼前にはこちらに来られるでしょう、ローマ時代からの伝統を受け継ぐこの街を見学するのを陛下は楽しみしておいででしたから」
それを聞いて総督は、皇帝ユーグが、アナスタシウスポリス周辺のどこかに陣を貼って待っていたのだと考えた、だがその考えは、西の空に浮かぶ金色の船を見て驚愕と共に消え去る事になる。
その黄金の船は、『アウグストゥス・ローマ神殿』の前にゆっくりと降りた、周囲を取り囲む魔聖ローマ帝国の将兵から一斉に
「ヴィヴァート・マギカ・ローマン・インペリウム、ヴィヴァート・インペラトーレ!!」
の声が上がり、総督や将軍達も、それぞれの祖父や曽祖父の時代の歓声を聞いて、ローマ帝国が本当に復活したのだと言う思いを持った。




