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第四部 第七章 降伏の使者

第七章 降伏の使者


 飛空船の航行速度は海を行くヴァイキング船より遥かに早い、ヴァイキング船が3時間かかる距離を1時間かからずに飛んで目的地のネコアの上空に着いた、時速にすれば50km程度だろうが、まだ全速力では無い、この距離を転移しなかったのは単にユーグが地中海とヘラクレスの柱の見事な景色を楽しみたかったからだ。皇妃達も歓声をあげて絶景を楽しんでいる。

「生きていてこんな景色が見られるなんて、なんて幸福なんでしょう」

とルクレチアは涙まで浮かべている。


 飛空船が高度を下げると、ネコアの町の海側城壁の監視塔の兵が、大声を上げる

「大変だ、空から金色の船が降りてくるぞ!」

「何を寝ぼけた事を言っている、さてはお前、まだ酒に酔っているな」

と監視塔の同僚に言われた兵は

「馬鹿野郎素面だ、あれを見ろ」

と指を指す。

 空を飛ぶ船を見てパニックなった監視兵の一人が、敵襲を知らせるヴァイキングの角笛を吹き鳴らす。

昨夜の酒がまだ抜けて無く、町のあちこちでだらしなく行き倒れ状態になっていたヴァイキング兵達が

飛び起きた。

 角笛の音は街の外で野営していたエリクの耳にも届き、彼もまた飛び起きた。

「敵襲、全員起きろ!!」

と大声で怒鳴った後に

「敵?どこから?」

と我に帰る。

 ネコアの周辺の海には味方のヴァイキング船しかいない、だから海からの攻撃はあり得ないし、町の陸側はこれもヴァイキング兵達が町を取り巻く様に野営をしている。

「エリク王、これは見張の者が寝ぼけましたかな?」

と近くにいた族長が笑いながら話しかけてきて町の上空の空を見て固まった。

「なんだどうした?」

とエリクも空を見た

「まさか、ヴァルキリアの船?」

 ヴァイキングの信じる北欧神話では、戦場で敵と戦って命を落とした勇士は戦士としてヴァルハラに登る、その時にヴァルキリアが船で迎えに来ると言う事になっている。ヴァイキング達の船葬のルーツなのだが、当然誰もヴァルキリアの船など見た事は無い。

 船が徐々に高度を下げてくると、マストの旗が視認できる様になる。

「帝国の船だ、皇帝陛下の船だ!!」

と歓声が起こり、全員が船が降りるであろう町の中心広場に向かう事になる。

 エリクが広場に着くと既に船は地上に降りていて、その上に皇帝ユーグと三人の皇妃が浮いている。

「皇帝陛下!」

エリクは人混みを掻き分けて前へ出ると跪く、エリクの隣にはこの町周辺に入植している族長トール、そして、アマジク人のヤサア・ミドラール族長が並んだ。

 ネコアの領主ジャアファルは既に町の主だった者と一緒にユーグの前に平伏している。


「デーンラント王、エリク・ビョルンソンご苦労だった」

「は、陛下」

「初戦の大勝利は幸先が良い、戦象はどうだった?」

「はい陛下、肉は美味いのですが、少し固い様です……」

その答えを聞いて三人の皇妃が笑い出した、ユーグも苦笑している。

 エリクは、そこで肉の味では無く兵器としての象の評価を聞かれた事に気がついた。

「は、大変失礼いたしました、最初はあの大きさに驚いたのですが、足を止めてしまえばタダの大きいだけの獣、敵ではございません、魔弩弓なら一矢当たれば、簡単に倒せます」

と本来ユーグが求めていた答えを述べた。

「そうか、しかし美味いのか、食べてみたい物だな、所で其方はトールだな先の戦で引退をしたのでは無かったのか?」

とユーグはエリクの横にいるヴァイキングの族長に声をかけた。

「は、新天地移住の話を聞きまして、共に戦った仲間達とこの地に入植いたしました」

 族長トールは元々が故ノルマンディー公ロドルフの元で1000人隊長の地位にあり、引退して族長の地位を息子に譲っている、その息子はグレートブリタニア王ウィリアムの麾下で5000の兵を率いる将になっている、一度は引退してノルマンディの公都カーンの町で船大工をしていたのだが、皇帝ユーグのイスパニア遠征に、現役を退いたヴァイキングの老兵達を率いて参加、多大な戦果を挙げて恩賞を貰っていた、そして地中海入植の話を聞いて温かい新天地で老後を暮らそうと入植したのだった。

 今回の戦に参加したヴァイキング兵のうち正規の兵はエリクが連れてきた兵だけで、残りの20000人以上はみんなこのトールと同じ老兵達だったのだ。

 つまりイドリース王国軍は魔聖ローマ帝国の正規軍と戦って負けたのでは無く、寄せ集めのヴァイキングの老兵達に完敗した事になるのだ。

「それで、 トール、隣に居るのはどなたかな?」

ユーグの問いかけにエリクが変わって答えた。

「皇帝陛下、この者はアマジク人族長ヤサア・アイトでございます、笑らと同盟を結びたいと申しております」

「アマジク人?その肌の色はムーア人では無いのか?」

「我らはアマジクの民、コルドバ帝国ではムーア人やベルベル人と言う蔑称で呼ばれていた」

 とヤサアは胸を張って堂々とラテン語で答えた。

「そうか、ムーア人が蔑称と言うのは知らなかった、すまない、これからはアマジク人と呼ぶ様に改めさせよう、それで同盟を結びたいと?どの様な条件を希望するのか……いやこれはここでする話では無いな。誰かこの町の領主を連れて参れ、市庁舎か領主の館を借りるとしよう」

 地面に平伏していた領主領主ジャアファルはそこで自分の事が話題になっていると気付き、顔を挙げた。

「恐れながら皇帝陛下、領主ジャファル御前にございます」

と冷や汗をかきながら、答える。

 彼もまた、皇帝ユーグがレオンの町の旧王宮を一瞬で破壊したと言う話を伝え聞いている、こういう伝聞での話はだんだん大きくなる物で、彼の聞いた話では皇帝ユーグは気に入らない町や人を瞬時で消滅させる事ができる事になっていた、そんなユーグが空を飛ぶ船で登場したのだから、怯えるのも当然だろう。

「其方が領主か、一つ聞きたいが、この町は何処の国にも属して居ないと言うのは真か?」

「はい、陛下その通りでございます、以前はコルドバ帝国領でしたが、帝国が消滅したので何処の国の領土でもございません」

「なるほど、それでイドリース王国に狙われたと言う訳か、では領主に問う、我が魔聖ローマ帝国の保護化に入る意思はあるか?」

 ジャアファルは考えた、もし断ったら自分も町も一瞬で消滅させられるだろうと、そしてそれとは別に

元々が商人であるジャアファルは町を訪れるコルドバのや他の町の商人達から、コルドバ帝国の時代と違い魔聖ローマ帝国の統治が公正で税金も安いと言う事も知っている、なので

「は、我らネコアの者一同、皇帝陛下に臣従をお誓いいたします」

と答えた、ジャアファルの側に居る町の主だった者達もその答えに異議を挟むものは居ない。

「そうか、それは重畳、ネコアの領主ジャアファル、其方を帝国伯爵に任ずる、以後は帝国の法に基づいてこの町を統治せよ、ルクレチア、この町の目立つ所に手分けして帝国の旗を掲げよ」

「はい、陛下」

 ルクレチア以下三人の皇妃は飛空船の中から帝国旗を何枚か取り出すと、監視塔や市庁舎、その他の主だった建物に帝国旗を掲げるために空に舞う。

「おお〜」

と町の住人やヴァイキング達から歓声が上がった。 

「さて、ではすまんが市庁舎か館に案内してもらえるか?」

「はい皇帝陛下、ありがたき幸せ、こちらでございます」

といきなり帝国の伯爵位を得たジャアファルは喜んで、市庁舎に皇帝ユーグを案内したのだった。


 この頃、内陸のイドリース王国の王都ファースでは、王国軍敗走の第一報が早馬ならぬ早駱駝によってもたらされた、だがその報告は時間が経過と共に深刻な物となっていく、第二報では、王の二人の伯父の戦死、第三報で王国軍はほぼ壊滅敗走中で、生存者は20%にも満たないと言う衝撃的な報告が届く。

「まさか、これ程とは……ヴァイキングはそれ程恐ろしいのか」

 イドリース王国の『暗黒の海』(大西洋)側の町には、ヴァイキングが略奪に来た事が何度もある、だが彼らは海から来て一方的に略奪するとまた海に帰って行く、つまり王国ではヴァイキングと争った事はあるが戦った事は無かった、サルタンアリーの目論見では、主戦派の叔父二人がネコアの町を攻撃して、多少の被害を受けて帰ってくると言うシナリオを予想していたのが、王国軍の壊滅と言う結果になってしまった。しかも伝令の話では、ネコア郊外の戦闘では魔聖ローマ帝国デーンラント王の旗が上がっていたとの事で

「まさか、『ライオンの口に手をいれた』と言う事か……」

 アリーは両手で顔を覆った。

「陛下、ここは直ぐにでも使者を送り魔聖ローマ帝国への恭順と降伏を願うべきかと思いますが」

「あ、ああ、そうだな、直ぐに使者をおくれ」

とだけ言うとこの哀れなサルタンはそのまま心労から寝込んでしまった。

 だが、この時既に西のバーガワタ首長国の大首長と東のミドラール王国のスルタンには、イドリース王国軍大敗との一方が届いていて、両国ともこの機を逃さず王国へ侵攻しようと軍の準備を始める。

 宰相アフマドは直ぐにスルタンの近衛隊長である息子ハムザ を呼び、旧知の領主ジャアファルに宛てた手紙を託す。

 アフマドの ベンナーニ家は商人の家系であるが、その最大の商品は情報の配送業だった、王国では最速の駱駝を多数飼育していて、早駱駝による『サーイー』(手紙の配達、使者業)として王国内や近隣諸国にもそのネットワークがあった。

 ハムザは乗換用の駱駝を連れて、直ぐにネコアに向かう、250km近い距離を駱駝を乗り換えながら二日で走破して、領主の館に到着した。

 ジャアファルは直ぐに手紙の内容を滞在中の皇帝ユーグに伝える。皇帝ユーグはこの異国が気に入った様で数日滞在して、飛空魔法と転移を使って、空から皇妃達とイドリース王国とその隣国の様子を観察していたのだ。特にユーグが気になったのは広大なサハラ砂漠とこの砂漠を超えて交易をするアラブ人やアマジク人達のキャラバンだった。

 後でジャアファルに聞くとその商品は金や塩、コーラナッツと言う。

嗜好品のコーラナッツは置いておいて、金は帝国でも不足している重要な物資だ。

これでユーグの中でこの地方の征服後の統治方針が決まったと言って良いだろう。

 ネコアの町の近郊では、渡海して来る各国の将兵で溢れる様になり、入れ替わる様に当初応援に駆けつけたヴァイキングの老兵達は恩賞と戦果の象牙を持って入植地に帰還して、本来の任務である将兵と物資の輸送に取り掛かっていた。


 ちょうどそんな時にハムザが到着したのだった。

皇帝ユーグは、ジャアファル宛の宰相アフマドからの手紙を一読して、隣に居るエリクに渡した。

「どう思う?」

「恐れながら陛下、王の許可を得ずに20000もの軍を率いて重臣が勝手に出撃した等と言う世迷言は到底信じられません」

 エリクは断言する。

「そうだな余もそう思うし、もしそうだとしたらそれはもう国としての体裁を成してはおらんな」

「はい、仰せの通りでございます」

「皇帝陛下、彼の国の王は軟弱で平和主義者……戦も出来ない無能と言う意味……でした、察するに先の戦いで強硬派の王の親族が戦死でもしたのだと推察いたします」

ジャアファルとしては一応知古の宰相アフマドを弁護したつもりだ。

「愚かだな、世の臣民に攻撃などせねば、帝国の公爵として家は存続出来て居たかもしれんのに」

 これはイドリース王国のスルタンアリーへの死刑宣告にも等しい。

その一方で、使者のハクザは帝国への弁明と取りなしを頼むジャアファル宛の手紙を皇帝自ら読んでいると言う光景に土下座の状態で頭を下げたまま震えていた、そして二日間不眠不休で駱駝を駆った疲れもあり、使者ハクザは自分の使命が失敗した事を知りここで気を失った。


「この者不眠不休で駆けて来た様だな、誰かこの使者殿に治癒回復魔法をかけて、休ませてやれ」

ユーグの後ろに控えていた、皇妃達の中からエディルドが一歩前に出て、ハクザを治癒する、そしてエリク麾下のヴァイキング兵二人がハクザを抱えるようにして、そのまま領主の館の客室に連れて行った。

 疲労困憊と精神的ショックを受けたハクザが目を覚ましたのは、それから二日後で、その時にはすでに

皇帝ユーグから命を受けたジャアファルの使者が父の宰相アフマドの元に旅立った後だった。


 皇帝ユーグは、この方面を指揮するアクィタニア王サンシュ4世とイスパニア王国総督ロタリンギア公ウードの到着を待ち、軍議を行う、そこで新たに帝国に臣従を誓ったアマジク人族長ヤサア・アイトにこの地域のアマジク人を束ねさせて、イドリース王国攻略に同行する様に指示をした。

 攻略の後には、この地域は帝国の属領となるがアマジク人達にはイドリース王国の版図を含めたマグリブ地域で、ヤサア・アイトを王とした独自の国を建国する事を認める。

 これを受けてヤサアは遊牧の民アマジク人の中でも大きな勢力を持つバーガワタ首長国を取り込むべくすぐに行動に移り、使者をバーガワタ首長国のタメスナの街に送った。

 ユーグはエリクには本来の任務に戻る様に伝えて、簡単な指示をしてから、皇妃達と共に飛空船『スキーズブラズニル』を駆って帝都に帰還する。

誤字脱字などの指摘をいただきありがとうございます、推敲してますが見落としが結構あるみたいです

全部自動で治してくれる無料のAI無いかなw

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