第四部 第六章 初戦
第六章 初戦
イドリース王国軍の戦象部隊の後方で一番大きなアフリカ象に乗り全軍を指揮するウマルは、予想外の展開に驚いている。
戦象部隊の戦術とは基本的に、後方から炎の魔術師が敵陣に攻撃をしている間に戦象を走らせて敵陣でその速度が頂点に達する様にして、横列陣の敵陣に対して突撃と言う戦法だ、そして敵の陣の乱れを突いてそこに駱駝部隊が突入すると言う、ある意味ローマ時代からの古典的な『戦車』の運用方法と同じだ。
所がこの敵は戦のセオリーを無視して、全軍が「象」に向かって攻撃をして来るのだ。
あっという間に混戦になり、炎の魔術師達も攻撃ができず、しかも、敵の弩弓の矢が当たると象でも……戦象部隊の主力はアフリカ象よりずっと小柄な『シンリン象』だ……一撃で横倒しになる位で、倒れた所を多数の兵に襲われて、象達は次々と狩られていく。魔術師達は混戦になるともう逃げる事しか出来ず200名程いた魔術師部隊はその2/3を失って杖も投げ捨てて全力で後方に走り出している、開戦からわずか数時間で虎の子の100頭の戦象部隊を失ったウマルは撤退を決意して、後方に下がろうとするが、彼の乗るアフリカ象は小回りが効かない、そして不幸な事に象牙が一番立派なのだ、そんなウマル……ウマルと言うよりは象だが……をヴァイキング達が逃すわけも無く、ウマルは倒れた象の下敷きとなり死亡、ウマルの横で別の象に乗っていた弟の大神官カーシムは配下の魔術師達の逃亡をなんとか食い止めようとしたが、彼もまた倒れる象から投げ出された所で首を切られてやはり死亡、指揮官を失ったイドリース王国軍は壊滅敵な打撃を受けて総崩れになり敗走していく。
勝利したヴァイキング達の中には象牙を巡って争う者も居たが、エリク王の大音声の一喝で争いは終わり、全軍の勝鬨が戦場に響いた。
そして、その場で部族毎に固まって駱駝や象の解体が始まるが、そこに駆けつけたのは土着民のベルベル人達だった、彼らは勝利の祝いとしてイチジクから作った伝統の蒸留酒を持ち込み、駱駝や象の料理方法を披露して、勝利の宴が始まった。
「なるほど、これが駱駝の肉か確かに美味い!、こっちの象はちょっと硬すぎるな、焼くのでは無く煮込めば美味いかもしれないな」
と言うのはエリクの感想だ、そしてベルベル人のヤサア・アイトと名乗る族長から、イドリース王国は元々がベルベル人の国だったが、アラブ人に国を乗っ取られたと語り、イドリース王国と敵対しているミドラール王国もまたベルベル人の国で、その国は、ファーティマ帝国のアラブ人達の支配下にあると言う、ベルベル人達はアラブ人達を追い出してくれるのならいつでも味方になると言う話を聞く事になる、その上で彼ら自身は征服者達が自分達の事をベルベルと呼ぶ事に対して心良く思っていずに、本来『アマジク』と言うのが正式な部族名だと言う話をしてくれた。実際、この地域の人口の半分以上が『アマジク人』なのだが、彼らは本来が遊牧民の為に部族毎に分裂している、その為に征服者であるアラブ人達からセカンドクラスの人種として扱われていると言う事だった。
エリクは自分が以前にルーシー王国でヴァイキングの血を引く者達が、同じ様な扱いを受けていた事を
体験している、なので他人事では思えなくなってしまう。
「アマジク人と同盟を結ぶと言う事なら喜んで応じたいが、それを決めるのは魔聖ローマ帝国の皇帝陛下だ、すぐに帝都に使いを出すので、その話はしばし待って貰えないだろうか?」
と言う返事をして、酒に酔いかけた頭を水を被ってスッキリとさせた。
「さて、これからどうしよう?」
勢いでネコア防衛戦に参加したが、本来の任務は軍需物資の輸送で、その後に兄貴分のブリタニア王ウィリアムの指揮下に入る予定だったからだ。
コルドバのユーグは、食事のあとで市内の工房に視察に来ている、
ここでは、ユーグの指示で『船』を建造中なのだ。
「まぁ黄金の……綺麗な船ですね」
とイングランド生まれで船には少しだけ詳しいハトヴィヒが言うと、ルクレチアとエディルドも同意した。
船は一見すると船首にドラゴンの意匠を取り入れた、ヴァイキングの大型の平底船のロングシップに見えるが、良く見ると様々な部分で違いがある。
まず、メインマストはロングシップの物よりずっと小型で、帆は無く魔聖ローマ帝国の赤字に黄金の鷲と月桂樹の旗と青字に金の百合の皇帝旗が掲げられている。
そして、舷側には本来有る筈のオール用の穴が無くオールも搭載されていない。
「ほう、ほぼ完成しているのだな見事な物だ」
とユーグが工房長に言うと
「はい陛下の御指示通りに建造いたしましたが、船大工達はこの船では海を走れないと言っておりますが?」
「ああ、良いのだ、それで船内に頼んでいた物は取り付けてあるか?」
「はい、もちろんでございます、全て陛下の御指示通りになっております、こちらへどうぞ」
ユーグは工房長に案内されて船の中に入った。本来は100人以上が乗れるスペースがある船内では、まだ大工達が船室を作る作業をしている。元々のヴァイキングのロングシップには船室が無く、乗組員は皮や布を被って雨や波を凌いでいた、だからユーグは船の上に馬車のキャビンの様な船室を作らせたのだ。
この船の船内には、舳先、船尾、胴体の左右と全部で四個の魔紋入りの風属性の宝石エメラルドが埋め込まれていて、中央には転移魔法専用のブラックオニキスが埋められている。
そして船尾の舵板は無く、中央に取り付けられた一回り小型エメラルド四個とブラックオニキスが埋められた宝石板を使って操船をする事になる。
この魔紋でユーグはこの大型船を軽々と空に浮かべて高速で飛ばせ、更に長距離の転移もする事ができる様になった。これまで帝都の工房で小型の船から試作を繰り返して、その結果の集大成がこの船と言う
事なのだ、空に飛ぶ船は皇帝専用の乗り物としては、今まで使用していた馬無しの馬車よりも更に視覚的にも政治的にも効果のある物になるだろう。
わざわざ帝都を離れた遠くの街コルドバでこの船を作らせたのは、船の外装を飾る彫金や彫刻の優れた職人が多かった為で、外装に金箔を貼り黄金に輝くこの船は、まさにヴァイキングの神話の神々の船の様に見える
「陛下、この船には名前があるのですか?」
「ああ『スキーズブラズニル』と名付けた、ヴァイキング達の神話の船の名だ」
「素敵ですね」
というルクレチアに微笑んだユーグは
「工房長、良くやってくれた、最後の仕上げを頼むぞ、明日の朝には出港したい」
と声をかける。
「はい、陛下かしこまりました」
と工房長は今夜は徹夜で作業だなと覚悟を決めた。
満足したユーグは総督府に戻り、総督府内にある自分専用の豪華な客室でその夜は過ごす事になる。
ちなみに、この頃既に皇妃の内ルクレチア、エディルドの二人は30歳を超えているので、この時代の風習として、日本の大奥で言う『お褥御免』と言う状態になっているので、今はユーグの夜の相手をするのは皇妃ではハトヴィヒだけだ、帝都に居る時には、皇后がどこからか見つけてきた若い女中の中から選ばれた者が相手をする事になっている。
翌朝には皇帝ユーグの下にネコア防衛戦の結果が届けられ、ユーグはその報告に朝から満足している。
「エリク・ビョルンソンか、拾い物だったな、マロリッツアの言うとおりデーンラント王にして良かった、彼を帝国に連れてきたジョルト殿には感謝の言葉も無い」
と思っている。
そして『スキーズブラズニル』は全ての艤装が完成して、工房から庭に引き出されている。
ユーグは古代ローマから伝わる風習に習って船の舳先に赤ワインを掛けた。これで船に命が宿った事になる。
「皆の者ご苦労であった。見事な船を作ってくれて礼を言うぞ、船の建造に関わった全員に報酬の他に褒美として金貨5枚を授ける、総督その様に取り計らってくれるか?」
「はい陛下、仰せのままに」
「では出かけるか、みんな乗ってくれ」
とユーグは皇妃達に声をかける。この時代の船にはタラップの様な物は無いので、乗船するには外付けの梯子や渡し板が必要だ、だが皇妃達は全員が浮遊魔法と飛空魔法を使えるので全く問題が無い。
三人が空に浮いて船に乗るのを見た大工や職人達は全員が驚くと共に、この四人がマジェリトの街を攻略した時に見せたと言う、空に浮いて炎の竜巻を出現させたと言う逸話を思い出して身震いをする。
「では行ってくる、後を頼むぞ、それとイスパニア総督に『急げ』と連絡をしておいてくれ」
「は、陛下かしこまりました」
こうしてユーグも飛空魔法で船に乗ると、船は風魔法を纏って空に浮き、そのまま上昇していく。
地上の職人達は全員が度肝を抜かれてそれを唖然と見送っている。
彼らはこの船が、戦勝パレード等に使う山車の様な儀式用の船で、水に浮かべる事も殆ど無いだろうと予測していたのだった、だがその船が空に飛ぶのを見て、改めて皇帝ユーグの魔法力を認識した、そしてそれはコルドバの市民達も同様で、皆、空を指差しながら
「見ろ、黄金の船が空を飛んでいる」
「俺はあの船が総督府から飛び立つ所を見たぞ」
目の良い者は船のマストの旗が見えるので
「魔聖ローマ帝国の旗と皇帝旗が見えるぞ、あれに乗られているのは皇帝陛下だ!」
船……ユーグはこの船を『飛空船』と呼ぶ事にしている……は騒然とする市街上空を抜けるとそのまま
転移魔法を発動して、空に消えた。
魔紋の効果で実はこの船を浮かせるのは魔法が使えなくても可能だ、理屈は転移魔紋と同じだからだ。
魔紋を刻まれた宝石が配置された宝石板に手を翳せば良いだけだ。
だが、実際の操船には感覚的に浮遊魔法と飛空魔法の経験が必要で、転移魔法も位置の指定などに必要なので、運用できるのはユーグと皇妃達、それにウィリアムやジョルト、アンリなどの魔法力に優れた王達に限られるだろう。
飛空船『スキーズブラズニル』はヘラクレスの柱の港町、『アルヘシラス』上空に転移をする。
そして町の中心部の広場に向かって降下を始めた。
「凄いですね、飛空魔法で飛ぶ船、そして長距離転移も可能なんですか?」
「ああ、そうだ魔紋のおかげで、殆ど魔力を消費しないからね、楽だよ」
「良いですね、ずっと魔法を使っていると疲れますから」
「そう言う事だ、しかも空の上に転移するから、大まかな場所で構わない」
そんな話をしていると、飛空船の存在に気が付いたアルヘシラスの町では大騒ぎになる。
「おお、空から船とは神の奇跡か」
とこの町にも多い拝火教の神官が祈り出したり、
「まさかヴァルキリアの船か?」
と恐れるヴァイキング兵が居たりする、そんな中でも冷静な者もいて
「見ろ、あの旗を我らが魔聖ローマ帝国の旗だ、しかも皇帝旗もある、皇帝陛下の御来臨だ」
と跪く。
飛空船は、広場の中央にフワリと着陸して、ユーグと三人の皇妃達が地上に降りる。
この町に居るヴァイキング兵の中にはユーグと一緒に戦った者も居たので直ぐに、
「皇帝陛下!、皇妃殿下!」
と跪いた、それに倣って広場の者全員が跪く事になる。
「皆表をあげよ、騒がせてすまんな、誰かこの街の責任者を呼んで来て貰えぬか?」
とユーグが言うと、直ぐにヴァイキング兵の一人が立ち上がって、アルヘシラスの領主、ガルシア・アストゥリアス伯爵を呼びに言った。
伯爵は旧アストゥリアス王家の血族を自称していてその為、アストゥリアス姓を名乗っている。
イスパニア王国総督のロタリンギア公ウード公爵よりこの地の領主として任命されてから二年になる。
ユーグがコルドバ帝国を滅亡させた時には、現レオン公爵ガルシアの麾下で、ユーグに従って転戦した経験がある。
息を切らしながら駆けつけたガルシア伯爵は、ユーグの前で跪くと
「皇帝陛下におかれましては……」
と形式ばった挨拶をしようとして、ユーグに静止された。
「堅苦しい挨拶は良い、ガルシア久しぶりだな、現状はどうなっている?」
「は、イスパニア王国軍の集結に備えて街の外に野営地を設けました、海峡を渡る船の方は、ヴァイキング船を1000隻用意してあります、ですが先日その内の1/3程が兵を乗せて対岸に渡ってまだ帰還しておりません」
と伯爵は緊張のあまり言葉に詰まりながらも答えた、全身が震えるのが自分でもわかる。
「そうか、ネコア防衛戦の結果は私も報告は聞いている、引き続き渡海の準備を任せたぞ、必要な物が有れば遠慮無く帝都の軍務省に使者を出せ」
「は、陛下」
「では私は、ネコアに視察に行く、皆乗船せよ」
とユーグは皇妃達に声をかけ、また船を空に浮かべた。
広場に詰め掛けた、街の住人やヴァイキング兵達は全員が唖然としてその光景を見つめている。
「我らの皇帝陛下は、もしかして大神オーディンなのでは無いか?」
と言う古参のヴァイキング兵の呟きに賛同する声もある。
歓声に見送られた飛空船が姿を消すと、ガルシア伯爵はガックリと膝を付いた、まだ全身から震えが止まっていない、伯爵がここまで皇帝ユーグを恐れるのは、4年前にそれまで戦を共に戦って来た仲間のアストゥリアス王国の騎士達の一部が皇帝ユーグに弓を引き、首謀者だった友人のカルロス・ヒロン男爵は皇帝が召喚した悪魔に生きたまま全てを喰われて消滅した。更に旧アストゥリアス王国、王都レオン王宮が即位したばかりのまだ9歳の王オルドーニョ3世とその母で前国王の王妃アドシンダ共々に一瞬で瓦礫と化した所をその目で目撃しているからだ。
伯爵は立ち上がると、直ぐに市庁舎に戻り、自らも兵を率いて渡海する準備をすると共に、続々と町に詰め掛けて来る、イスパニア王国の将兵と、レオン公爵の将兵の受け入れと渡海の手配にかかる。
伯爵にとっては皇帝ユーグは地獄の魔王に等しい存在だった。




