第四部 第五章 レコンキスタ
第五章 レコンキスタ
軍務省の指揮室では、ユーグ以下主要な幕僚と王達が集められて緊急の会議が行われる。
「意外だな、敵が先に動くとは、しかもイドリース王国軍とは予想もしていなかった」
「はい陛下、開戦の準備にはあと二週間は欲しかったのですが、致し方ありませんな」
「それにしても今朝の話がもう帝都で聞けるとはな、時代は変わった」
と言うのはエルベールだ。
「戦が始まった以上、ここから先は我らの当初の計画通り進める以外なかろう、『レコンキィスタ作戦』を発動する、全軍出陣せよ」
「はっ」
と全ての王と幕僚達は立ち上がり、ローマ式の敬礼で答えた。
魔法歴942年、魔聖ローマ帝国は旧ローマ帝国の版図を奪回するべき『レコンキィスタ作戦』を発動した。
レコンキィスタ作戦の布陣は以下の通りだ。
第一軍 地中海方面軍 地中海の西側から海を渡りマグリブを制圧して東進する軍。
アクィタニア王サンシュ4世が率いる、アクィタニア王国軍とイスパニア王国軍、、レオン公爵の軍もこれに加わる。またイスパニア王国は、老齢の国王エルベールでは無く総督のロタリンギア公ウードが指揮を取り、副官としてその弟のヴェルマンドワ公爵アルベールも参戦する事になる。
第二軍 アナトリア方面軍 この軍が魔聖ローマ帝国の本隊となる。
ルテニア王ジョルトが率いる軍で、ルテニア王国軍と、ダークナイト・ユーグのスロバニア王国軍
ビザンツ王アンリのビザンツ王国軍が参加する、もちろんこの軍には、二人の皇子ユーグ2世と、ロベールも其々5000の兵を率いて従軍することになる。
第三軍 連合艦隊 こちらが表向きの本隊で、
『ヘレスポントス海峡』『プロポンティス』(マルマラ海)から『ポントス・アクセイノス』(黒海)までの海域の制海権を握り各地の沿岸都市を制圧、その後地中海東岸沿岸を経て『ダマスカス』経由で、アッパース帝国のバクダート奪還作戦を支援する事になる。
艦隊総指揮官はグレート・ブリタニア王ウィリアム、分艦隊指揮官としてイタリア王アルベリーコ、デーンラント王エリク、艦隊参謀長にネーデルラント侯爵ブライス、連合艦隊の総数は補給用の貨物船を含めると軽く4000隻以上、兵員は75000を超える。
一番移動に時間がかかる第二軍は、それぞれの駐屯地から馬車で合流予定地の『カペーウルプス』まで向かう事になり、ローマ式の舗装道路が完備された魔聖ローマ帝国内の移動とはいえ30日以上の行軍という事になる。そしてその30日の前に、連合艦隊は 『ヘレスポントス海峡』を押さえる必要があるのだった。第一目標はブワイフ帝国領となっている港湾街、『カリポリス』(ゲリボル)だ。ここは東ローマ帝国皇帝ユスティニアノス2世の時代に対ウマイヤ帝国の要塞が築かれた街で要塞は現在もヘレスポントス海峡を通過する船を厳しく監視している。
この重大な任務にあたるのは、イタリア王アルベリーコとその麾下の艦隊……以前のアドリア海のイタリア諸侯の軍船と、新たに帝国領になった、エーゲ海のギリシア等の軍船の混成部隊だが、既に統一された艦隊としての訓練を終えている。以前のイタリアやギリシアの船は小型から中型のガレー船だったが、今はヴァイキングの大型船に変わっており、その内の500隻には、ウィリアムとブライスが製作させた『魔バリスタ』が搭載されていて、既に実験では城壁に対して圧倒的な攻撃力を示していた。
「アルベリーコ、任せたぞ」
「は、皇帝陛下、必ずや御期待を兼ね得て見せます」
とアルベリーコは転移魔紋でローマに戻り、かねてから準備をさせていた、麾下の艦隊全てを出撃させる。 帝国の内海となったアドリア海を出て、エーゲ海の東半分を支配するブワイフ帝国の軍船を一掃する必要があった。
イスパニア王エルベールは老齢と言う事で帝都の留守役となり、帝国内の治安維持にあたる。
ユーグは宮殿の自室で、エルベールに向かって
「新武器の状態も気になるので、ネコアの戦場を視察に行く、後は頼んだぞ」
と告げると、軍装を整えて三人の皇妃を伴い、宮殿内の皇帝専用の転移部屋に向かった。
この部屋は、皇帝直轄領のパリ、プラハ、コルドバへの転移魔紋が設置されている部屋だ。
ユーグ自身が転移魔法を使用する場合には、まだ距離の制限があるが、魔紋の場合はその制限が無い。
つまりダイレクトでコルドバまで飛べるのだった。
転移先はコルドバの総督府で、ここは元の拝火教の大聖堂だった建物だ。
ユーグはこの大聖堂を接収はしたが、拝火教自体には何もしていない、禁止もしていないし市内にある拝火教のその他の聖堂や神殿はそのまま放置している。
魔聖ローマ帝国はローマの十二神を崇めてはいるが、その他の神の存在を否定していない。
元々が緩い多神教の国なので、否定する必要が無いのだ。だから帝国内の魔法教会にはローマ神々以外にも各地の土着の神やヴァイキングの主神オーディンの神像まで飾られているし、ユーグ自身もローマの神とは関係の無い『大天使ラジエル』の名前を付けた聖堂を建てている。
転移の間のドアを開けて外に出ると、警備の兵……ユーグの親衛隊……が敬礼をする。
「総督はどこに居る?」
「只今は、執務室の方で会議をされております」
と言う事なので、ユーグは総督の執務室(旧大神官執務室)に向かった。
「皇帝陛下、皇妃殿下がお越しです」
と警備の兵が、ドアを開けながら中に声をかけると、全員が立ち上がってユーグに礼をする。
その中の商人達は全員が両膝を付いて頭を深く床まで下げる様な仕草だ。総督の元親衛隊長のアンハルト侯爵もまた恭しく形式通り片膝を付いて礼をしようとするのをユーグは手で制した。
「皆の者良い楽にせよ、総督忙しい所に邪魔してすまんな、物資の調達は順調か?」
そう聞かれた総督は立ち上がり、ユーグに椅子を勧めてから
「はい陛下、ここにいるコルドバ商人組合の方々のおかげで順調でございます」
と答える。紹介された商人組合の者達はアラブ系、ペルシャ系、エジプト系、それに東洋系の大商人達だ。
アンハルト侯爵もまた生粋の武人で、政治や経済には興味が無い人物だった。だが彼は柔軟な思考の持ち主で、コルドバの有力商人や職人達にこの巨大都市の自治を任せているのだった、彼は治安の維持と
不正の取り締まりのみを自分の職務としてかってのコルドバ帝国の帝都を見事に収めている。
「そうか、皆もこの度の戦の事を存じておるのだな、皆の祖国との戦いになるやもしれん、祖国に帰りたい者は今の内に帰っても構わんぞ」
とユーグが言うと、
商人達を代表して、一番年上らしいペルシャ系の商人が流暢なラテン語で答えた。
「皇帝陛下、我らは皆祖国の混乱を避けてこの街に逃げて来たのです、今更戻る気などございません」
と言う事の様だ。
「混乱?とはどう言う事か、余の認識では彼の地はブワイフ帝国の統治の元で纏まっていると聞いているが?」
「恐れながら陛下、それは形だけの事でございます、確かに元々我ら拝火教の民はカリフの元で一つに纏っておりました、それがアッパースのスルタン(王)がカリフを名乗り、次はブワイフのスルタン、今ではファーティマ王国スルタンまでが帝国と呼称しカリフを名乗る始末、そしてカリフを名乗る者同士が争っております、これではどのカリフに従えば良いのか誰にも分かりませぬ。
幸いこの街の中では、総督閣下のおかげで、どのカリフに従おうと同じ拝火教の民、争いは許されぬと言う事で静かに暮らしていけますが……」
と言う事らしい、
『つまりローマ教皇を勝手に名乗る者が数人いてそれぞれが争っていると言う事か』
とユーグは解釈した。
「なるほど、それは難儀だな、では貴殿達には今まで以上に総督に協力を期待できると言う事だな」
ユーグがそう言うと、全員が頷いた、そして
「皇帝陛下、総督閣下では私たちは物資の準備を致しますのでこれで失礼させていただきます」
とまた流暢なラテン語で挨拶をして執務室から退出をして言った、執務室から出た大商人達の顔が一様に笑顔なのは、彼らが今回の戦争の為に帝国が購入する食糧や軍事物資で多大な利益を上げられるからと言う事も大きいのだろう、商人達にとって儲けさせてくれる主君が理想の主君なのだから当然だ、そしてその商人達の利益は総督府に税金として還元されるので、必然的にこの街は帝国内でももっとも裕福な街である続ける事になるのだ。
ちなみにこの街の法では脱税は財産没収の上、一族が奴隷の身分に落とされると言う事になっており
総督統治下では、ある中規模の商人がその罪に問われている。
「馬鹿な奴だ、小銭を惜しんで全財産を失うとは」
と言うのがこの街の商人達の感想だ。
「総督、見事な政治手腕だな」
とユーグは総督を誉めるが、
「は、誠にありがたきお言葉なれど、恐れながら皇帝陛下、そろそろ現役に復帰をさせていただきたく」
と頭を下げるアンハルト侯爵だ。
「そうか、ではこの戦いの後に貴卿を帝都に呼び戻してやろう、それまで辛抱するのだな」
「は、ありがたき幸せ」
とアンハルト侯爵は片膝を付いて最敬礼をした。
「堅苦しい挨拶はよせと言っているだろう」
ユーグは苦笑した。
「失礼いたしました、時に、皇帝陛下此度の御来臨の目的を伺ってもよろしいでしょうか?」
「ああ、向う岸の戦況が気になってな」
「そうでございましたか、陛下がおいでになる前に向う岸の事情に明るい商人より色々と興味深い話が訊けました」
「ほう、それはどんな話だ?」
「まず、イドリース王国軍には騎兵がおりません、代わりに駱駝部隊と言う物があるそうです」
「駱駝? 確か古代ローマの『アレクサンドリア戦記』にその様な生き物の名前があったな」
「流石は皇帝陛下です、良くご存知で、はいその駱駝で間違い無いと思います、そして更に『戦象部隊』と言う物もあるそうでございます」
「待て待て、戦象と言うのは古代のカルタゴの将軍ハンニバルがローマを攻めた時に使ったと言うあの戦象か?……うーん、これは見てみたいな、その昔のカルロス大帝がアッパース帝国のカリフから象を贈られたと言う話も聞いた事がある」
「はい、その様です、私もどの様な物か是非見たいと思っております。
「ネコアではそろそろ戦闘が始まる頃なのか?」
「はい、ですがまだ伝令からの報告はございません」
その頃、ネコアの町では見張りの兵が、デーンラント王エリクの船の旗……父の『剛勇のビョルン』由来の熊が戦斧を担いだ紋章……を見て歓声を上げた。
「エリク王だ、エリク王が来たぞ!!」
その声は、町中に響きわたり、ネコアのヴァイキング達の士気はここで一気に上がった。
上陸したエリクは、そのまま領主の館で、トール以下のヴァイキングの族長達と軍議に入る。
「……成程、敵はイドリース王国軍の約20000という事か、この町は海側には城壁があるが内陸部には板壁のみなんだな」
「はい、その通りです陛下」
領主ジャアファルは、まさかデーン人の王が自ら救援に来るとは思わなかったので緊張している。
「トール族長、こちらの今の兵力は?」
「へい、ざっと35000、ノース人達も来てくれてますのでまだまだ増えるかと」
「氷の魔女は何人居る?」
「各部族に二人程ですので、全部で30名位ですかね」
「そうか、では……」
ここでエリクは一息付いた。
「全軍で、町を出て迎え討つ、魔女達は防御に専念する様に、俺が左翼、中央はトール族長、右翼を任せられる族長は居るか?」
「ノース人ですが、良い男がいます」
「ではそいつに右翼を任せよう、街の板塀を背後にこういう形で展開して、布陣が終わったら全軍前進する」
至って簡単だが、効果的なヴァイキング伝統の包囲殲滅戦の布陣であり、ヴァイキング兵なら皆戦い慣れている戦法だった、なので誰も異を唱える事は無いし、戦の華である中央を任せれるトール族長は改めてエリク王の器の大きさを確信して
「さすが伝説の王『剛勇のビョルン』の息子だ」
との思いを高めた。
そしてそれから、数時間後に、ネコアの郊外では、守備側のヴァイキング達とイドリース王国軍との最初の遭遇戦が始まる。
「あれは何だ?」
駱駝の存在はベルベル人が乗っているので見た事があり、その事を知っているヴァイキング達でも、流石に『象』を見たのは初めてだ、そして彼らは古代ローマ時代の戦記など読んだ事も無いので『戦象』と言う兵器化された象の事は当然知らない。
騎馬では無く駱駝に乗った兵士と、戦象からなるイドリース王国軍姿に、最初は唖然と見つめるしか無かった、だがそこで一人のヴァイキング兵が
「駱駝って馬より美味いの知ってるか? 俺はこの間食わせてもらったけど少し歯応えがあるが噛めば噛むほど美味いんだ、あのでかい獣も美味いのかな?」
と大声で同胞達に言った事で、全員が俄然やる気が出た様だ。
そしてその後に戦闘よりは商売に詳しい族長の一人が、
「あの獣の牙は『エブル』(象牙)では無いのか?」
と言い出した声が広まり、ヴァイキング達は目の色が変わった、エブルは『アーフリカ』が原産で古代ローマの時代から貴重な資源で高値で取引されている、エブル一本でヴァイキング船1隻と同じ価値だと言われている位だった。
宝が向こうから向かって来るのだ、こうなるともう陣立も作戦も関係無くなり、族長達を先頭に全員が戦象部隊に突撃を敢行する事になる。
エリクが指揮官として非凡なのはここだ、彼は作戦を無視して突撃をする各族長を止めるどころか煽った。
「エブルの所有権は象を倒した部族の物とする!!」
と自陣に居る貴重な風魔法の使い手に声を増幅させて戦場に流したのだ。
ヴァイキング兵からは大歓声が上がる。
初手で敵の攻撃手段を破壊するのは戦術的に正しい、エリクはそれを肌で感じて味方の戦場の勢いに乗ったのだ。




