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第四部 第四章 イドリース王国

第四章 イドリース王国


 ジョルトから部隊の編成が終了したと報告を受けた皇帝ユーグは、玉座に二人の王子を呼ぶ。

玉座と言う事で、公式に何かがあると察したユーグ2世と弟ロベールはその前で片膝をついて、頭を下げた

「皇帝陛下、お召しによりユーグ、ロベール参上いたしました」

と公式の態度で挨拶をする。

「両名とも御苦労、同盟国アッパース帝国の要請により我が魔聖ローマ帝国はボスポラス海峡を渡り『アナトリア(小アジア)』に侵攻する事となった、両名には新たに編成した弩弓部隊5000ずつを与える、ユーグ2世はルテニア王ジョルト殿の軍と行動を共にせよ、ロベールは、スロバニア王ダークナイト・ユーグ殿と行動を共にせよ、ジョルト殿とダークナイト殿の言葉は我が言葉と心得てその指示に従え、良いな」

「はい皇帝陛下」

二人はそう声を揃えてお互いに視線を合わせた。二人ともいよいよ待ちにまった初陣だからだ。

「なお、初陣の祝いとして二人にはこの弓を授ける」

と二人は、ユーグが職人達に作らせて、魔紋を刻んだルビーとエメラルドで装飾された弓を渡された。

二人を代表して、ユーグ2世が

「ありがたき幸せ、この弓で敵を蹴散らして陛下と帝国の威容を示して参ります」

と返礼した。

 愛弟子の立派な振る舞いに列席しているエルベールの目には涙が光っており、それは二人の母親である皇后マロリッツアと皇妃ルクレチアも同様だ。

 他の王や諸侯達も帝国の若き王子達の初陣に期待をしている。

そんな中で王子を預かると言う重責にジョルトとダークナイトだけは緊張をした顔をしていた。


 この日からユーグ2世とロベールは、宮殿では無く、それぞれの軍の駐屯地で生活する様になった。

当然自分の部隊の将兵達の訓練の為だ、どちらの部隊も二人が着任する前に二人の副官によって見事に鍛えられていて、二人はその成果を確認するだけだ、むしろ二人の方が初めての軍隊生活を学ぶと言う方が正しいのかもしれない。

 ただどちらの部隊の兵達も、自分達の指揮官が王子であると知った瞬間にその士気は大きく上昇した。なにしろ皇帝ユーグか彼らが子供の頃から戦場で不敗、西フランク王国を魔聖ローマ帝国に発展させた英雄だからだ、当然二人の王子にもその英雄の息子としての態度が兵達から求められる事になり、二人共率先して訓練に励む事になる。

 駐屯地の二人の王子の様子を見に来たジョルトとダークナイトは、将兵達に混じって汗を流す二人の王子の姿を見て安堵すると共に、二人にそんな訓練をさせているマリカに対して

「おい、あまりやりすぎるなよ」

と声をかけた。

「あら、男の子は若いうちに鍛えないとダメって兄上も旦那様も普段から言っていたでしょ、何を言っているの」

とマリカに言われて無言になる、それを見たもう一人の副官アールモシュは叔父も剣聖と言われる義叔父も叔母に対して無力な事を知り、二つの王国の真の実力者が誰かを悟るのだった。

「この叔母には絶対に逆らってはいけない」

と。 

 

 帝都で次の戦いの準備が進んでいる頃、地中海の『ヘラクレスの柱』(ジブラルタル海峡)を挟んだ対岸に有る国、イドリース王国では、コルトバの商人達からの情報を受けてスルタン(国王)アリー・イブン・イドリースは重臣達を招いて連日の会議に明け暮れていた。

 イドリース王国は魔法歴788年にウマイヤ帝国から分離独立を果たした国で、アラブ人とベルベル人がその主要な民族であり、当然国教として一神教の『拝火教』を信仰する国だ。

 建国の父である初代スルタンはベルベル人の『イドリース・ブン・アブド・アッラーフ』そして二代目スルタンが『イドリース2世』で、この二代目スルタンの時にイドリース王国は最盛期を迎えた。王国は王都を『ファース』に定めて繁栄する、だが三代目スルタン『ムハンマド・イブン・イドリース』の時代になると王国内のベルベル人が離反して、一度は隷属していた王国西部の大西洋岸のタメスナ(バーガワタ)地域が王国から独立、領地が激減した王国は、やがて分裂して、ヤフヤ1世、ヤフヤ2世とスルタンとは名ばかりの王の時代が続き、アリー・イブン・ウマールによって再統一を果たすが、ヤフヤ3世に敗退、そのヤフヤ3世もヤフヤ4世との争いに敗れて、更にヤフヤ4世は東方のファーティマ帝国に追放されると言う混沌とした中、現在のスルタン、アリー・イブン・イドリースは対岸のコルドバ帝国の同盟国と言う名の保護国扱いの元でやっと勢力を維持している状況で、この時地中海側の要衝ネコアの地をコルドバ帝国に明け渡す事になってしまった、さらに隣国である東のファーティマ帝国が傀儡国のミドラール王国を使って、イドリース王国を奪還する為に虎視眈々と狙っている状況になった、その状況で宗主国であり王国の後ろ盾だったコルドバ帝国が魔聖ローマ帝国により滅亡させられて、その魔聖ローマ帝国がヘラクレスの柱を超えて攻めてくると言う知らせを受けたのである。

 この地はかって中東で誕生したアッパース帝国が全盛期に版図に収め、更にここを足がかりとしてイスパニアを征服したと言う地だ、ここを今度は逆にイスパニア側から魔聖ローマ帝国が攻めると言う事になる。アッパース帝国がここまで強大だったのは拝火教の火の魔術師達の功績が大きい、だが後継国となったコルドバ帝国も今のアッパース帝国でも火属性魔法の進歩は滞っていた、その結果魔法力に勝る魔聖ローマ帝国に敗北したのだが、その事情はこのイドリース王国でも同様だった。


 会議の意見は二分した、早々に魔聖ローマ帝国に降り、臣下の礼をとって属国として生き延びるか、

徹底抗戦して戦うかだ。

 スルタン・アリーの本心としては、自分に初代や二代目のスルタンの様な力が無い事を良く知っており王国が存在できるのなら、魔聖ローマ帝国に降るのもやむを得ないとの考えだ。

 だが、帝国の軍権を預かる伯父のウマルと拝火教の大神官であるもう一人の伯父カーシムは徹底抗戦を主張している。

 特に同じ拝火教の国だったコルドバ帝国を滅ぼした魔聖ローマ帝国は拝火教にとっても敵であり、これと戦うのは『聖戦』だと言うカーシムの主張にはスルタンであるアリーも逆らえない、しかもカーシムは仇敵でもある隣国ファーティマ帝国と同じ拝火教徒として同盟を結ぶべきとまで主張している。 

 またウマルの方は、旧コルドバ帝国の支配地で、今は何処の国にも属して居ない、地中海南岸の港湾町『ネコア』を直ちに接収するべきだと主張している、だがこの町と周辺には、ここ数年でヴァイキング5000人が軍船100隻と共に既に入植していて、ヴァイキングの強さはウマルも承知の筈だった。

 

 会議を終えてアリーは頭を抱えて側近に愚痴をこぼす

「何故に伯父上達はあれ程強行なのか、我が王国には強大な魔聖ローマ帝国と戦う力は無いのは明白だろうに」

 スルタンの側近で元商人と言う経歴を持つ、宰相アフマドは少し悩んだ末に素直にスルタンの問いに答えた。

「お二人は熱心な拝火教徒、同じ拝火教とは言え、以前のウマイヤ帝国やアッパース帝国と比較すると現在のブワイフ帝国のカリフ(皇帝)は専制的で異教徒を排除する姿勢が強いですからな、その影響か神殿の神官達も今は異教徒を敵として攻撃をする姿勢を強めている様で困った事です、我が国は以前はコルドバ帝国との交易で成り立っていた国、帝国の滅亡の後は、魔聖ローマ帝国のイスパニア王国と良好な関係である事こそが我が国の取るべき施策と思うのですが」

 スルタン・アリーは我が意を得たとして頷いた、だが、既にこの考えは王国内では少数派で、軍権を掌握している伯父ウマルは絶対に納得しないと言う事も理解していた。

「陛下、いっその事、一度戦わせてみてはいかがでしょうか?」

「何?負けると分かっていてもか?」

「そうです、ウマル殿達の意見を入れて『ネコア』の町に兵を出してみてはどうでしょう」

「成程、一度痛い目に合わねば理解できんと言う事か」

「はい、その通りです」

 こうして、魔法歴941年、イドリース王国軍はネコアに向けて兵を進める事になる、だがこの出兵計画は商人達から当然の様にネコアの領主ジャアファルに伝えられていてジャアファルは直ぐに入植していたヴァイキング達に危機を伝える。

 ジャアファルは領主の館でヴァイキングの族長を待ちながら、ここ数年この町に起きた事を振り返る。

魔法歴936年の初夏、祖国コルドバ帝国が北方の新興国、魔聖ローマ帝国によって帝都コルドバを落とされ、皇帝は帝都を捨てて逃げたが自死をしたと言う知らせが突然届いたのだ、当時の領主は皇帝の親族だったが、この報を聞くと町と領地を捨てて、私財を持って東方に逃げてしまった。

 残されたのはジャアファル以下の商人達だ、そして商人達の寄り合いの結果、町一番の大店と言う事だけで、ジャアファルが新領主と言う事になった。町を守る兵も無く町を捨てて、イドリース王国に向かう者、地中海を渡って対岸の町を目指す物が相次ぎ、人口も2000人以下になってしまった。

それでも、対岸の町や王国の各地との商売は順調だったので、ジャアファルはなんとか町を維持してきた。

 そんな時に海側の城壁の監視塔から、ヴァイキングが来たとの知らせが入った。

この辺りの海沿いの町は昔から何度もヴァイキングに襲われている、だから彼らには水と食糧、金銀に奴隷を何人か差し出せば何事も無く帰って行くと言う事をジャアファル達は熟知しているので、今回も上陸してきたヴァイキングの族長に、要求される物は全て差し出すのでそれを持って退去して欲しいと交渉をしたのだが、その族長は笑いながら、物資を強奪に来たのでは無い、町の外に空き地……逃げた領主の土地で今は荒地になっていた……に入植したいと言う、兵力の無いネコアではその申し出に応じるしか無かった。

 最初はいつ彼らが町に攻めてくるのかと心配をしていたが、彼らは荒地を耕し作物を育て、海で漁をして、周辺で狩をして獲物を得るだけだった、その内に余剰作物等を売りに来る様になり、気がつくと町の外を取り囲む様に、ヴァイキングの町が出来ていて、その数は5000人を超えるまでになっていた。

 更に、その頃には対岸の町を経由して、魔聖ローマ帝国の商人達や旧帝都のコルドバの商人達も訪れる様になり、町は賑わいを取り戻して、以前よりも栄える様になったのだった。

 ジャアファルはヴァイキングの族長トールと友誼を結び、トールは町の防衛を引き受けてくれる事になった。

 

 この地域に入植していたヴァイキングはノルマンデイから来た族長トールとその部族が初めだが、直ぐにスェーデンから来たデーン人達も入植している、彼らは気候が良く作物も多く取れて狩の獲物も漁場も豊富なこの地域を既に自分達の第二の故郷と思っている、そして周辺で遊牧をしている土着民である『ベルベル人』とも良好な関係にあり、お互いが片言のラテン語で意思疎通ができると、物々交換で作物や魚などの取引をする様になっている。

 また宗教的にもベルベル人は征服者だったアラブ人によって拝火教徒に改宗させられているが、まだ彼ら本来の自然や太陽、星を神として崇める宗教も捨て切ってはいない、そんな彼らにとって多神教で主神オーディン以下太陽神ソールや夜の女神ノート等の話は唯一神のゾロアスターより彼らに馴染み易かったのか、ヴァイキング達が本来は彼らの土地に小さな神殿を建てる事も全く気にしていなかった。むしろヴァイキング達と一緒になってソール神殿に供物を捧げる事もある位だ。


 そんな訳で、ジャアファルの呼び出しに応じた、ネコアとその周辺に入植していたヴァイキングの族長トールは直ぐに対岸のイスパニア王国各地に入植しているヴァイキング達に使いの船を出して、共闘を呼びかけた。

 この事は入植事に事前にグレート・ブリタニア王ウィリアムとデーンラント王エリクから連名で『非常時には全てのヴァイキングが共闘して敵に当たる事』と言う通達もあり、付近に入植したデーン人やノース人達が軍船を率いて応援に駆けつける事になり、ネコアの町の周辺は2000を超えるヴァイキング船と、30000以上の兵で溢れる事になる。

 そして歴戦の族長トールの指揮の元で、彼らは20000のイドリース王国軍を待ち受ける事になった。


 同じ頃、地中海には皇帝ユーグの指示で、事前に保存の効く食料等の補給物資を戦略拠点となる二つの都市『アルヘシラス』『カペーウルプス』に運搬する大輸送船団が居た、地中海、アドリア海、エーゲ海の制海権はすでに魔聖ローマ帝国が抑えているが、エーゲ海と『プロポンティス』(マルマラ海)を結ぶ『ヘレスポントス海峡』やその先の『プロポンティス』から『ポントス・アクセイノス』(黒海)は、未だブワイフ帝国の勢力も強く、当然の様にこの輸送船団はヴァイキング兵を多数乗せた重武装の輸送船になる。

 この船団の指揮を取るのは、デーンラント王エリクとその兵達で、ヘラクレスの柱を越えて、イスパニア王国の港湾都市である『アルヘシラス』に入港したエリクは港でイドリース王国軍襲来の情報を聞くと、即座に伝令兵を帝都に派遣し状況を報告すると共に、その日のうちに船団警護の軍船のうち半数の100隻に、自分の兵とアルヘシラスに駆けつけた古参のヴァイキング入植者兵達を率いて、対岸のネコアに向かう事になる。

 この100隻の軍船のうち10隻は舳先に『魔弩弓』と同じ原理の、ウィリアム達が実験的に作成した『魔バリスタ』が搭載されていて、兵達には魔弩弓が配布されていた。

 伝令兵は当然転送魔紋を用いて、帝都の軍務省に到着、ウィリアムの報告書は直ぐに皇帝ユーグに届けられる事になる。

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