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第四部 第三章 作戦計画

第三章 作戦計画


 軍務省で今計画されているのは同盟国であるアッパース帝国から要請のあった帝都バクダート奪還作戦の支援計画だ、もちろんユーグがタダでそんな支援を引き受ける訳は無く、ユーグはアッパース帝国を支援する代わりに、全盛期のローマ帝国の領土で、今は東ローマ帝国の消滅とともに主が不在となり、アッパース帝国領、ブワイフ帝国とその属国や保護領、東ローマ帝国を自称する城塞都市などが混在する、ボスポラス海峡の東側『アナトリア(小アジア)』と、200年程前はウマイヤ帝国領で100年前にアッパース帝国領だった、地中海を挟んだ対岸『マグリブ(日没の地)』『マシュリク(日の出の地)』……この地域は今は西からイドリース王国、ミドラール王国、ファーティマ帝国、イフシード王国と言う一神教拝火教を信仰する国がある……の領有を認めさせる事だった。 アッパース帝国にとっては遠い昔の領土ではあるが今はもう他国だ、帝都バクダート奪還と天秤にかける価値も無い土地なので、支援を要請してきた当時のアッパース帝国皇帝(カリフ)の全権大使アル・ムッタキーは二つ返事でこれを了承した、このアル・ムッタキーは前カリフ、アル・ラーディーの病死に伴いこの年カリフに就任している。

 古代ローマ帝国の版図を取り戻すと言う皇帝ユーグの意思は魔聖ローマ帝国の国是になっており、既に帝国の北方と西方では、それを実現して更に上回る版図を獲得している、残るのは東方と南方なのだが、その為に軍務省では、アッパース帝国支援と同時に、アナトリアとマグリフ・マシュリクへの侵攻計画が練られているのだった。この計画には帝国が、ここ数年の平和な時代に蓄えた富と兵力、兵糧と国力全てを投入する大攻勢になる予定だった。

 

 自分の執務室に入ったユーグは侍従にゴブレットに入れたワインを全員分持って来させた。

ワインと言っても現在のワインとは違いアルコール度数も低く、当時は水代わりに飲まれていた物だ。

なので朝から酒盛りをする訳では無い。

 ユーグはまずジョルトに『魔弩弓』の説明をしてその威力を話した。

ジョルトは、エルベールに目で確認をすると、エルベールは頷く。

「さて、これで貴卿らもこの弩弓の威力は理解して貰えたと思う」

「はい陛下」

三人は声を揃える。

「なので、早速帝都の武器職人達を総動員して、この魔弩弓を大至急量産するつもりだ」

「ですが陛下、魔弩弓には何やら魔法的な仕掛けがある様ですが、それは量産可能な物なのですか?」

ジョルトが聞く。

「ああ、この二つの宝石の事だな、これは宝石に土魔法で魔紋を刻み込んだ物だ、土魔法の使い手ならコツさえ掴めば誰でも刻印可能だし、このガーネットもペリドットも帝国内で多数採掘可能な宝石だからな」

「なるほど、と言う事であれば、今各王国で訓練をしている臣民の歩兵部隊に随時配布すると言う事でよろしいですか?、それまでに兵達には既存の弩弓で使用方法を教えておけば良いですな」 

「そういう事だ、その歩兵達が実戦で使える様になれば、魔術師達は防御に専念できる、つまりこちらの被害を減らして敵に打撃を与える事ができるし、攻撃魔法を温存して上級魔法を使う時間稼ぎにもなる」

「誠に、それは素晴らしい、戦場での戦術を根本から覆す事になりますな、まさかお二人の王子の発見が

これ程の効果になるとは」

これはエルベールの本音で、彼としても自分の愛弟子の功績が嬉しいのだ。

「我が軍団には魔術師が少ないですからな、これは朗報です」

とダークナイトは賛同した。

「おい、それはお前さんが自分と相性の良い騎士ばかりを集めた結果だろう」

とエルベールが茶化すと、その場は笑いに包まれた。

「まぁ冗談は置いておいて」

とユーグも笑いながらその場を締めた。

「ジョルト殿、まずは弩弓装備の5000の歩兵部隊を二部隊揃えて欲しい」

「は、陛下」

「その内、一部隊はジョルト殿の指揮下におく、もう一部隊はダークナイトに任せる」

「はい陛下」

「それとな、それぞれの部隊の指揮官にはユーグ2世とロベールに任せようと思うのだが、エルベールどう思う?」

「陛下が初陣なされたのは、10歳になられた頃でしたな、お二人には騎士としての心構えは叩き込んであります、いきなり5000人の指揮とは少し多い気がしますが、熟練の副官を付ければ問題無いでしょう」

「成程、我らが初陣の介添と言う事ですな、承りました、早急に二部隊の編成を急ぎます、ダークナイト、誰か優秀な副官を選んで私の所に出頭させてくれ」

「はい、義兄上」

 ダークナイト・ユーグは直ぐに頭の中で人選を始めたが

「あ、その件は妹と良く相談してくれ」

と追加で言われて苦笑いをした、確かに自分の頭の中に浮かぶのは、全員が自分と同じ剣の達人の戦馬鹿ばかりだったからだ」

「ではこれで解散する」

とユーグは告げた、三人の王達はローマ式の敬礼をして席を立ったが、ジョルトだけは何かあるらしく部屋に残る。

「ジョルト殿、何かあるのか?」

「はい陛下、転送魔紋の件ですが、やはり思い直してはいただけませんか?」

 ユーグは当初、軍の移動にこの転送魔紋を使用するつもりでいて、帝国内の主要都市や特に東と南の国境周辺の町には既に魔法教会の庭に大規模な転送魔紋を設置してある、だがこの事を皇后マロリッツアに相談すると、マロリッツアには反対されたのだ。

 この魔聖ローマ帝国にとって『戦争』は一大公共事業なのだ、数万の軍が移動する、その事だけで街道沿いの宿場町は大きな収入が有り、途中の農村では余剰作物が売れて農民達が豊かになり、軍に付いて行動する職人や商人達は武器や装備の生産、修理で生計が立ち、パン焼き職人や料理人は食事の提供で潤い更に娼婦まで含まれる幅広い商売、経済活動が付帯している。

 転送魔紋で移動してしまうと、これらの経済効果が全て消滅してしまうし、街道沿いの宿場町や商人、職人にとっては死活問題となる。

 なので、この移動方法は極力避けるべきだと言うのがマロリッツアの主張だった。

もちろん以前のヴァイキングの様に食糧や物資は全て略奪による現地調達と言う場合もあるが、帝国内の移動でそんな蛮行をする馬鹿はいない……東フランク王国や西フランク王国の時代では、自国内で略奪をした王や領主も多数存在したが、その末路は悲惨だった……戦争なので負ければ多数の生命や資源が失われる事は当然だが、弱肉強食のこの時代に戦争は悪だなどと言う寝言を言う物は存在しないし皇帝ユーグの軍隊はここまで無敗だ、この事が帝国臣民から圧倒的な支持を受けている理由だった。


 また、馬車が主体の陸上の物資の輸送には『兵站限界』と言う物があり、距離が長くなるほど人夫や護衛の兵士の食糧、馬の馬草等の消費が増え、前線に届けられる物資が減る。この効率が0になる距離が『兵站限界』でこの時代では100km未満だった、つまり軍の移動には最大でも100km以内に補給用の物資の集積場が必要となる、大軍を運用すると、この集積所の設置がきっかけになり、後に宿場町や街道沿いの要衝の町と発程して行く事も多いのだ。

 ユーグの軍は西フランク王国の時代から、この事を徹底しており、それが国民や商人、地方領主の支持に繋がり、実際に占領した東フランク王国の旧領やブリタニア、イスパニアでのスムーズな統治につながっている。

 帝国内ではここ数年平和な時代が続き、各地で畑の開墾よる作物の増産も進み、更に軍制改革によって馬の需要が増えた事から飼料用作物も増産されている。

そして、この事は帝国内の出生率の大幅な上昇につながって、将来の人口増も期待できるのだった。


 このマロリッツアの進言を受けて、ユーグは転送魔紋での移動は、皇帝一族と、各国王や王妃達、伝令兵、許可を得た者に限り、軍の移動での使用は皇帝親衛隊に限ると言う決定をしている。当然運用管理は親衛隊の管轄になる。

 だが一方で、軍の運用を考える軍務省としては、大軍の移動にかかるコストや時間を考えると転送魔紋はどうしても使用したい技術なのだ、もちろんジョルトとしてもそんな事は承知の上で、ユーグに再考を求めているのは軍としての効率を考えた結果だった。

「すまんな卿の気持ちはわかるが、やはり国の経済を殺す様なまねはできん」

「そうですね、そう仰るとわかっていました」

とジョルトは納得した……と言うより最初から納得していたのだが、作戦を立案する幕僚達の士気もあり

あえて一度皇帝に確認をすると言う態度を示したのだろうとユーグは推測している。


 軍務省の作戦室に戻ったジョルトはそこで幕僚達に皇帝の勅命を伝えて、新たな武器の威力の事を話す。

「そうなると、作戦計画の大幅な見直しが必要ですな」

と言うのは副大臣のアクィタニア王のサンシュ4世だ、その横で全軍の兵糧や物資を管理するトゥールーズ公爵が頷いている。

「しかし、さすがは陛下のお子ですね、私も魔法を熟知したつもりでしたが、弓や弩弓の可能性には全く気がつきませんでした、しかもこれは海の上でも非常に有効です、そうですねネーデルラント侯爵」

 グレート・ブリタニア王のウィリアムは帝国の海軍司令官という立場にあるネーデルラント侯爵ブライスに同意を求めた。

「はい、ウィリアム陛下の仰る通りです、これは海軍にとっても大きな戦力になり、特に艦隊戦で効果を発揮できるでしょう」

 この頃帝国では、各地の王が所有する軍船を纏めて海軍として運用する訓練が行われている。

一隻の船同士の戦いでは圧倒的な力を発揮するヴァイキングの船団だが、集団の艦隊行動となると話は別になる。魔法歴の890年代に当時のイングランド王アルフレッドがヴァイキングを退けたのは、個々の戦力では劣るイングランドの軍船が集団行動でヴァイキングの船団を撃破した為である。

 ブライスは元イングランドの貴族であり、アルフレッド王の孫であるアゼルスタン王の幕僚としてイングランド海軍を率いていた事もあり、その事を熟知している、一方でウイリアムは現ブリタニア王として、イングランド各地の歴史や戦史を研究して、アルフレッド大王の海軍の実績を学んでいる。

 この二人が下した決断は、個々の戦闘では圧倒的な威力を誇るヴァイキング船団にイングランド式の艦隊戦術を教え込むと言う事で、この事はすぐに皇帝ユーグの許可が降りてウィリアムの弟分と言う感じになっているデーンラント王エリクも賛成し、さらに地中海やエーゲ海、アドリア海の軍船を持つ諸侯達の勢力も糾合して、帝国は歴史上最大の海軍力を持つ事になった。

 しかしそんな海軍も問題点がある、軍船には最低二人の魔術師を乗せて、一人が攻撃、一人が防御という事になっているのだが、その魔術師が圧倒的に不足している上に、せっかく揃えた魔術師が天候によっては海の上で全く役に立たない事が判明してしまったからだ、魔法の威力は魔術師の精神状態や体調に比例する、つまりこれまでの人生で船に殆ど乗った事の無い、大陸出身の魔術師達は船酔いと言う大敵に苦しめられているのだ。

 これにはウィリアムもブライスも対策のしようが無い

「ウィリアム陛下は治癒魔法の使い手でもありますが、何か船酔いに効く魔法は無いのですか?」

「すまない、残念だが聞いた事も無い、私は幼い頃から父と一緒にヴァイキングの船に乗っていたからなぁ、船酔いなど経験した事が無いんだ」

「こうなると、船に強いブリタニアやヴァイキング達の魔術師を養成するしか無いですが……」

「それでは次の戦に間に合わない、困った」

 と言う状態だった、本来の計画ではこの海軍で地中海やポントス・ユークサイナス(黒海)の制海権を確保して、魔術師が海から城塞への攻撃を加えると言う予定だったのだが、この方針が船酔いと言う事で大きく停滞していたのだ。

 二人が困っている所への今回の弩弓の話である、二人が飛びつくのも当然だ、ヴァイキング兵の中には今だに狩猟の為に弓や弩弓を使う者が多く居る、彼らは当然船酔いとは無縁だ、その彼らが魔術師と同等の長距離攻撃力を持てば、これまで頭を悩ませていた問題が一気に解決するからだ。

 しかもウィリアムは

「弩弓と同じ原理で、バリスタを強化できるのなら、船に搭載して使えるのでは無いか?」

と早速、実用実験に入る事に決めている。


 この頃の弩弓はまだ単純な木製で、製作には一日から二日で完成する、つまり木工職人と鍛冶職人の数を揃えれば量産可能と言う事だ、軍務大臣ジョルトは直ぐに帝都とその周辺の町や村に布告を出して

職人を多数集めた。これにより、皇帝ユーグの要求した10000の弩弓は二週間でその数を揃えて、さらに海軍にも普及していく事になる。

 

 臣民の歩兵達から選抜された、最初の5000名の弩弓部隊が編成されると、それぞれ副官が任命される

事になる。ジョルトは、腹違いの兄レヴェンテの子で武勇と知略に優れた甥の弱冠18歳のアールモシュを帝都まで呼び寄せてその任に当たらせた。

 最初は弩弓を持った臣民の歩兵の指揮、しかも副官と言う地位に対して異を唱えたアールモシュは、魔法を纏った魔弩弓の威力を目の辺りにして、考えを変えた、自らも武器を魔弩弓に変えて兵達と訓練に励む事になる。

 一方でダークナイト・ユーグの方は、その妻マーリカの

「そう、皇帝陛下の皇子のお守りと新式武器の……、ではその役目は当然私ね」

と言う一言に何の反論もできずに了承した、マーリカも帝都で自分で魔弩弓の威力を確認して、その運営方法を甥であるアールモシュと共有して訓練に励む、ちなみにアールモシュに剣を教えたのはマーリカであり、彼にもまた拒否権は無かった。

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