噛み合わない歯車
シュネー視点です
「ルウクス……ルウクスねぇ……」
チャポ、と乳白色の湯船の表面を波立たせながら私は深く考えていた。
明らかに変だ。何故彼は、否、フルーリュンヌの人々は私を"エイラ"として見るのか。そして何故私はあの時"私"ではなくなったのか。
私の中の、その"もう1人"は誰なのか。
ーーわからない。
私は一度ぐちゃぐちゃした脳内を整理するため、その事を考えないようにした。
が、どうしても忘れられない。
「ああ、全くもう…!」
苛立ちながら白い湯に頭まで潜ってみたが、やはり頭から離れない。水面を破って酸素を口から取り込む。
そして、目を瞑ってみた。頭をぼうっとさせるためだ。
すると、口から甘いメロディが漏れ出した。
そうだ、これもよくわからない。何の曲だろう。
聴いたこともないのに歌えるのも不思議だが、だんだん懐かしさを覚えていくのだからもはや理解不能だ。
謎は広がるばかりであるが、一旦心は落ち着いた。
もういいや。のぼせるからもう出よう。
浴槽から上がり、タオルで全身の水滴を拭ってから代わり映えのしないワンピースを纏う。そして、銀色のペンダント。片面は鏡みたいなのに、その裏は傷だらけだった。戦で傷付いたのだろう。私はそうやっていつもみたく自分を納得させた。
特に何も考えなかった。
そのまま自室に向かえばいいのだが、どうしてだか遠回りをしたくなったのだ。
浴室から大広間を経由していこう。
単純に歩きたかっただけかもしれない。別に深い理由はなかった。
ぼーーっと城内を進む。
薄暗いのはどこも同じだが、廊下は冷える。
風呂上がりの火照った体に最初は快かったものの、だんだんと熱を奪われ始め、それでも私はルートを変えなかった。
気付けば大広間の前の荘厳な扉についていた。
最近の一件で私は疲れているのかもしれない。
ほんの少しの出来心、悪戯心が沸々と湧き上がってきた。
誰も見ていないのを確認し、耳に扉をつける。
誰か人がいれば話を盗み聞き、誰もいなければ独り占めの空間で自由に跳ね回って踊ろうかと思ったのだ。
耳はいい方だと自負している。
人の話し声が耳に届いた。
もっと聞いてやろうと、ちょっとだけ扉に隙間を作り、音を拾った。
「陛下、何か考えでもありますか?」
フロストだ。"陛下"は父以外ありえない。
何よ、2人(1人と1羽か)で作戦でも考えてるの?
指揮を執る私抜きで?
乗り込んでむくれ顔をつきつけてみようかと思ったが、そこは抑えた。
声の方にまた集中する。
「最近運が悪いんでさぁ。気晴らしに森に行けば残党の女に危うくバレそうでしたし。」
……あのルウクスと何やらって言ってた人のこと?
危うく、って何よ、フロスト。確かにあの時変だったけど。
「なに、無事始末しただろう。それもあの娘の手で」
……父上様?『あの娘』は流石にひどい言い方でなくて?
どうして!何でフロストも父上様も様子がおかしいの?
私は先程とは違うパニックに陥った。
それでもまだ、いや、だからこそだろうか。
彼らの話に集中する。
「それはそうですけど…。ただ、あのルウクスって奴はヤバイ状況になったみてぇで、殺さなかったんです。今まで平気に人を殺ってたくせして。逃した獲物をそのまま見逃すなんてやっぱり何かーー」
「そうか」
父の声は冷たかった。
「あの小僧はかなりの強者であると噂を聞いていた。我が国に敵対すれば確実に不利益を被る。」
「だからって、アイツを使う必要があったんですかい?アイツが全部思い出すリスクが高かったテェのに!勝手に記憶を無くして、メリットだらけだったんですがねェ…。」
全部思い出す、ですって?
勝手に記憶を無くしてメリットだれけって、一体どういうこと?
私は父の娘じゃないの?
私は誰なの?
全部思い出したら、私は一体誰になるの!?
「フロスト」
父上様、今のは嘘だと叱ってください。
何だそれは、って。
…今思えば、遠回りをして自室になんて考えはこの時のためだったのかもしれない。
盗み聞きしようだなんて性に合わない事を思いついたのも全部。
低い声が鼓膜を震わせた。
「私はあの青年には特別な力を感じてね。それで考えてみたのだ。『彼がこの世界で最も大切な存在であるはずであった少女』に、彼を殺させようと。多少の過去を思い出そうとも!想定内の範囲だ。
あの青年も、己の愛していた者に殺されて本望だろう。
生き別れたはずの、『エイラ・ヴィットレイ』に」
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しばらくは完全幾慧ターンです




