第三章「戦術と距離」(3/3)
俺は別の列の棚に行った。歴史の資料を探していた——父さんの本に出てきた地名が、いくつかの歴史書に一致するかどうかを確認したかった。見つかる可能性は低いと思っていた。教会が封印した歴史は候補生棟の図書室には置かれない。ただ、探す、という行為自体が、今の俺には必要だった。
七分ほど経って、セリアの気配が近くなった。
俺がいる列の一つ隣を歩いていた。棚を挟んで、二人がそれぞれ本を探していた。声は出さなかった。出す必要がなかった。
しばらくして、棚の向こうから彼女の声がした。
「次週のヴェラ先生の課題は、地形不利の章です」
俺は本から顔を上げた。棚の向こうにいる気配がある。声は低かった。図書室の静けさに合わせた声量だった。
「なぜ教える」と俺は言った。
間があった。棚の向こうで、ページをめくる音がした。
「あなたが標準的な解釈とは違う読み方をすると思うから」と彼女は言った。「それを見たい」
俺はその言葉を処理した。彼女が「見たい」と言った。感情の温度が低い言葉だったが、温度が低いことと意味がないことは別だった。俺の読み方を見たい、というのは、俺の読み方を価値のあるものとして扱っている、ということだった。
「地形不利の章を標準的に読むと何が問題か」と俺は聞いた。
また間があった。今度は少し長かった。考えているのではなく、言葉を選んでいる間だった。
「標準的な解釈は、地形のデータが正確であることを前提にしている」と彼女は言った。「あなたはそれを疑うと思う」
「地形データが不正確な場合がある」
「どんな場合に」
「古い地図を使っているとき。川が流路を変えた後、崖が崩れた後、洪水で地形が変わった後。地図は描かれた時点のものだ。地形は変わる」
棚の向こうが静かになった。本を閉じる音がした。
「辺境ではそれが日常的に起きる」と彼女は言った。確認するように言った。
「そうだ。春の終わりに地図通りに動こうとすると、道が川になっていることがある」
また静けさが来た。ただしこれは考えている静けさだった。言葉が出てくる前の、内側で何かが動いている静けさ。
「王都では地図が変わらない」と彼女は言った。「建物が変わることはあるが、地形は変わらない。私は地形が変わらないことを前提に育った」
俺は何も言わなかった。彼女が自分の前提の根拠を言葉にした、と思った。戦術学の授業で「情報が揃っていることを前提にしていた」と言ったときと同じ種類の言葉だった。自分の思考の土台を分解して、それを他人に見せている。なぜ俺に見せるのかが、まだ分からなかった。
そのとき、棚の向こうからジオが現れた。
俺が驚いたのは、ジオの存在ではなく、ジオの目だった。彼は棚に本を戻しながら、俺を見た。一瞬だった。何かを知っている目だった、と思った。知っている、というのが具体的に何を知っているのかは分からなかった。ただ、彼の目の中に、この会話に対する評価のようなものがあった気がした。
セリアも同じ瞬間にジオを見た。三人の間で、半秒か一秒、何かがあった。ジオは何も言わなかった。本を棚に収めて、次の棚へ移動した。足音がほとんどしなかった。
セリアが俺の列に来た。棚を挟まずに向かい合う形になった。初めてのことだった。図書室では常に棚を間に置いていた。それが今日はなかった。
「あなたの父親は研究者だった。」と彼女は言った。
「そうだ」
「どんな研究を」
俺は少し考えた。「歴史と、いくつかの理論的な問題を扱っていた。具体的な分野は……複数にまたがっていた」
「エルスタ出身だと言っていた」
「そうだ」
「エルスタには優れた研究者が多い」と彼女は言った。「その中の一人が辺境の村に来て、そこで生涯を終えた」
俺は彼女を見た。これは質問ではなかった。情報の整理だった。彼女は父さんについてのデータを、声に出して整理していた。なぜ今それをするのかを考えた。答えが出なかった。
「なぜ」と彼女は言った。「分かるか」
「分からない」
「分からないのか、言わないのか」
俺は少し驚いた。その区別を直接聞いてくる人間は少なかった。「両方だ」と俺は言った。「知らないことと、まだ話せないことが混在している」
セリアは俺を見た。その目に、何かが来て、去った。名前をつけられなかった。ただ、何かが一瞬そこにあった。
「そういうことがある」と彼女は言った。独り言のように言った。
それで会話が終わった。彼女は棚に視線を戻して、本を一冊抜いた。今度は棚に戻さなかった。それを持って、出口に向かった。
扉のところで、振り返らずに言った。
「来週、見せてもらう」
地形不利の章の読み方を、ということだった。それだけ言って、出ていった。
俺はしばらくその場に立っていた。
ジオが棚の間から出てきて、俺の近くを通った。何かを言うかと思ったが、言わなかった。ただ通り過ぎながら、一度だけ俺を見た。その目はさっきと同じだった。何かを知っている目。何を知っているのかを、俺はまだ聞けていなかった。
いつか聞く必要があるかもしれない、と思いながら、俺は探していた本を見つけられないまま図書室を出た。
消灯後、部屋が静かになってから、俺は天井を見ていた。
エヴァンはもう寝ていた。トールも寝ていた。デインだけが机でまだ何かを書いていた。ろうそくの明かりが机の上の小さな円の中にあって、その外は暗かった。デインが書いているものが何なのかは見えなかった。見ようとも思わなかった。
今日起きたことを、俺は順番に並べていた。
戦術学の三回目。セリアが「私は情報が揃っていることを前提にしていた」と言った。
訓練場でデインに負けた。指先が冷えた。音が遠のいた。
図書室でジオの目。セリアの「そういうことがある」という独り言。
三つが別々にあった。ただ、別々にあるのに、何か共通の輪郭を持ちそうだった。霧の中に形が見えそうになっているような感触。名前がつきそうで、つかない。
机の上の本が、暗がりの中にあった。
父さんの本を最後に開いたのは、九歳のときだった。
あの頃は意味が分からなかった。最初のページの一文——影は悪ではない。ただ、誰も引き受けたがらないものを引き受けているだけだ——を読んで、言葉として理解したが、意味として受け取れなかった。言葉の意味は分かる。何を言っているのかが分からない。子供だったからだと思っていた。
今は子供ではない。あの一文が何を言っているかを、たぶん理解できる。ただ、理解することと、受け取ることは別だった。
俺は起き上がった。音を立てないように。デインのろうそくがまだついていた。
机まで行って、本を手に取った。
革の表紙だった。父さんの手がここに何度も触れていた、と思った。この表紙を開いて、閉じて、また開いて。それを何年も繰り返した手が、今は土の中にあった。
表紙の感触は、記憶の中のものと同じだった。少し硬くて、端が擦れている。中の紙が重さを持っていた。薄い紙ではなく、厚みのある羊皮紙だった。父さんが選んだ紙だ。長く残るものを選ぶ人間だった。
親指を表紙の端に当てた。
開けた、と言えば嘘になる。開こうとした、が正確だ。親指が端にあって、開く動作の最初の部分まで来た。そこで止まった。
止まったのは恐怖ではなかった。
今日、三つのことが起きた。戦術学でセリアが自分の前提を言葉にした。訓練場で指先が冷えた。図書室でジオが何かを知っている目をした。この三つは別々のことに見えて、同じ何かを指し示している気がした。その何かに、俺はまだ名前をつけていない。
本を開けば、名前がつくかもしれない。
名前がついたとき、それは取り消せない。知ってしまったものは知らなかった状態に戻れない。父さんは知っていた。知って、エルスタを離れて、辺境の村で残りの人生を過ごした。知ることが何をもたらすかを、父さんは分かっていた。それでも本を残した。俺に読ませるために。
お前がこれを読んでいるなら、力が出ている。俺が恐れていた通りだ。
まだ読んでいない後半のページに、そう書いてある気がした。根拠はない。ただ、父さんならそう書くと思った。
今夜じゃない、と思った。
ただし今回は、それだけではなかった。
今夜じゃない。でも、もうすぐだ。
その感触があった。今まで「今じゃない」と思うたびに、次はいつなのかが見えなかった。今夜は、輪郭が見えていた。霧の中の形のように、まだはっきりしていないが、確かにそこにある。
本を机に戻した。元の場所に。
ベッドに戻りながら、指先を見た。
暗がりの中では何も見えなかった。当然だった。見えるものは何もない。ただ、訓練場で感じたあの冷感が、記憶の中でまだ残っていた。再現できる感触として。名前がつけられないまま、手帳に書いた言葉として。
シャーン・ルヴィが言った言葉を思い出した。標準的な四属性の外にある力に親和性を持つ個体が存在する。 古い文献に。不完全な文献に。数百年前の研究に。
父さんの本は、その「外にある力」について書かれているのかもしれない。
考えすぎかもしれない。灰色の適性と、指先の冷感と、父さんの研究が一つに繋がっていると仮定するのは、繋がりを見たい側の人間が繋がりを作る、という典型的な誤りかもしれない。
ただ、父さんは繋がりがあると思っていたから、本を残した。
それだけは確かだった。
デインのろうそくが消えた。部屋が完全に暗くなった。四人の呼吸が、それぞれのリズムで部屋に積もった。
俺は目を閉じた。
眠れるかどうか分からなかった。ただ、眠れなくても、今夜は前の夜と違った。今夜は、何かが近づいてきている、という感触があった。遠のいているのではなく、近づいている。
それが何なのかを、俺はまだ知らなかった。
知る日が来る、とは思っていた。
その日が、思っているより近いかもしれない、と今夜初めて思った。




